『溶鉱炉の火は消えたり 八幡製鉄所の大罷工記録』(3)
五 長官に会ふ
江戸川の終点で電車を棄て、関口台町に向かつて坂道を登つてゆくと、樹立(こだち)に包まれた屋敷町に、黒板塀を繞(めぐ)らす長官邸は直ぐみつかつた。門を這入ると植込。突当りが玄関。十六七の小娘が私の名刺を運んで奥に消えると間もなく、玄関から狭い階段を二階の客間に導かれた。何の飾気もない、十畳の部屋、中央の四畳敷きぐらゐの敷物の . . . 本文を読む
『溶鉱炉の火は消えたり 八幡製鉄所の大罷工記録』(2)
三 口火を点ずる者
此の年八月十日、「アニキトク」の急電を受けて、私は東京から八幡に帰つた。
瀕死の長兄の枕頭に、また忌中の幾日かを私は懶う(ものう)く過ごした。然し、私は眼を閉ぢてはゐない。労働都市八幡の状勢をぢつと凝視してゐた。
戦争、鉄価の大暴騰、製鉄所は未曾有の活気を呈してゐる。労働者の数は此の二三年間に倍増した。割増、戦時手 . . . 本文を読む
『溶鉱炉の火は消えたり 八幡製鉄所の大罷工記録』
一 死の工都
大溶鉱炉の火が落ちた。
東洋随一を誇る八幡製鉄所、黒煙、天を蓋ひ、地を閉ざしてゐた大黒煙が、ハタと杜絶えた。それで、工都八幡市の息は、バッタリ止つた。
死の工場、死の街。墓場。
広茅(こうぼう)七十余万坪、天を衝いて林立する三百有八十本の大小煙突から吐き出される、永久不断にと誰もが思ひ込んでゐた、黒、灰、白、鼠色の煙が、たた . . . 本文を読む
浅原健三の『溶鉱炉の火は消えたり』は1930年に刊行された。昭和初期の大ベストセラーで、「二十二年」「溶鉱炉の火は消えたり」「仁丹先生」「地底」「炭田を衝く」「香月村血記」「反動狂舞」「屍を野に焼く」「西部戦線乱る」「驟雨一過」「出発」「戦火燃ゆ」の12作品が収録されている。とりあえず、「前書き」を読んでいただこう。これだけでも、1930年当時の雰囲気が伝わってくる。
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今年3月に、岩崎書店から小学生向けの『大研究! 日本の歴史人物図鑑』(全5巻)が発行された。友人から「この本に強制連行のことが書かれている。小学生にどのような解説をしているのだろうか、興味がある」と言われて、石川県内の図書館に検索をかけると、金沢市立図書館が蔵書していた。 . . . 本文を読む
この裁判は正式には、「金沢市の家庭ごみ有料化条令取り消し請求事件」と呼ばれている。この裁判を担当する裁判官は大嶺崇裁判長、磯崎優、戸部友希の3人で、比較的若い裁判体である。この青年裁判官たちは、最高裁から末端にかけて官僚組織でがちがちに固められたヒエラルキーに風穴を開けることが出来るのか。蒼穹の月を射る若者よ出でよ!
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24年ぶりに、政府がしぶしぶ認めた日本軍性奴隷関係資料について 2017年7月
2017年6月27日、アメリカ・アトランタ日本総領事館の篠塚隆総領事は、インタビューに答えて、「日本軍が第2次世界大戦中に、その多くが韓国から来た女性たちを性奴隷としていたとの証拠はない」、(「慰安婦」像につ . . . 本文を読む
7・10志賀原発訴訟口頭弁論
新年度に入って初めての口頭弁論であり、裁判所の構成が全面的に変わり、今日(7/10)は更新手続きがおこなわれた。
最初に、原告団長から原告125人とサポーター3000人を代表して、早期結審を求める意見陳述がおこなわれた。1967年志賀(能登)原発計画の公表から、今日に至るまでのたたかいの歴史を振り返りながら、志賀原発建設の不当性を再確認した。
次いで、原 . . . 本文を読む
最近の小松基地での緊急着陸分析
2015年度
①6月23日 F15 帰投中、警告灯点灯→緊急状態宣言→着陸(新聞×)
②9月8日 F15 進出中、警告灯点灯→緊急状態宣言→着陸(新聞×)
③11月16日 F15 進出中、警告灯点灯→緊急状態宣言→着陸(新聞×)
④11月19日 F15 G空域で××発生→緊急状態宣言→着陸(新聞×)
2016年度
ⓐ 7月27日 米軍F15小松基地に緊急 . . . 本文を読む
7・6小松基地爆音訴訟
新たに着任した3人の裁判官による本格的な口頭弁論がはじまった。とはいえ、ほとんどが裁判前の進行協議(打ち合せ)で決まったことの報告だった。傍聴人にとっては、その結果が原告と国がどのようなやりとりのもとできまっていったのか、国側がどのような態度をとっていたのかが全く不透明な「裁判」である。最近の裁判では密室「進行協議」がよくおこなわれ、「公開の原則」から逸脱しているように . . . 本文を読む