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随筆 僕の育メン・クライマックス  文科系

2024年06月02日 02時09分55秒 | 文芸作品
  娘の結婚式で俺が泣くなんて、思ってもみなかった。これまでただの一度も思ったことがないどころか、涙が出始めるその瞬間まで。あれは、よく作られた娘の演出、その狙い通りの効果の一つだったのではなかったか。それならそれで良いのだ。別に、意地で泣くまいとしてきたわけでもないのだから。

 この式は、娘の友人らによる完全な手作り。チャペル風建物での人前結婚式の司会は、娘の職場である小学校のお姉さんのような人らしいし、受付も進行係も見慣れた友人らがやっている。それどころか、こういう式に欠かせないBGMや披露宴出し物なども全て手作り、生なのである。

 まず、式場へ彼氏が入っていく時は、娘の親友のソプラノ独唱で、マスカーニのアベマリア。次に、娘が俺のエスコートで入場していく時には、友人女性トリオがアベベルムコルプスを高い天井全体に響き渡らせる。披露宴では、彼氏の弟の津軽三味線にのって和服の二人の衣替えご入場だ。その余興にも、もう一人のソプラノ独唱でヘンデルのオンブラマイフ。オーボエの生演奏もあって、これはシューマンの曲だとか。
 総じて「手作りの音楽結婚式」という趣である。横浜国立大学教育学部の音楽科出身で、音楽教師として海外青年協力隊で中米ホンジュラスへ派遣二年間なども経てきた娘らしいと、ただただ感心しながら一鑑賞者としてご満悦であった。まさかこの全てが後で俺に降りかかってくるなんて、これっぽっちも思いもせずに。
 さて、披露宴の終わりである。両親四人が立たされて、二人が謝辞のような言葉を述べ始めた。娘の番になっていきなり「お父さん!」と静かに切り出された話は、最も短くまとめるならこんな風になろう。
「お父さん、私の音楽好きの原点は貴方との保育園往復の日々。二人で自転車で歌いながら通ったよね。『ちょうちょ』とか『聖しこの夜』とか、よく歌ったね。思えば、こんな小さい時から二人で二部の合唱をしてた。私たちも音楽にあふれた家庭にしたいと思っています」
 そこで俺は急遽アドリブでこう返すことになった。とにかく、全く知らされていないハプニングだったので、応答の初めにはもう涙ぐんでいたと思う。

「まさか僕が、娘の結婚式で泣くなんて、思ってもみなかったことです。よりによってあんなセピア色の話を持ち出したから。しかもあの話は、僕の最も弱い場面。さて、君が語った自転車通いは、兄ちゃんが入学した後の二年間のこと。それまでの送迎は確かこうだった。家族四人、車で家を出て、車の中で朝食を摂り、母さんを名古屋市西に横断して、遠くの職場まで送っていく。それから、家の近くの市立保育園まで戻ってくる帰りには、三人でいつも歌ばかり。ここまでの時間は約七〇分以上もあって、それから僕の出勤。お迎えも僕で、また歌っていた。その間に母さんは夕食作り。夕食を食べると僕はまた出勤。こんな保育園送迎七年こそ僕を父親らしくしてくれたんだと思っています。『ちょうちょ』も『聖しこの夜』も今でも低音部を歌えますよ。君のピアノ教室通いの練習なんかにも家に居れば必ず付き合っていたし、君のピアノ発表会にはなんとかほとんど出席してきたし。」

 娘が作ったハプニングを我ながら上手く乗り切ったもので、それだけまた泣けてきたというところ。俺にとってのそういう話を、娘が何の予告もなく振ったのである。彼女の方はちゃんと文章にした物を準備していたから、俺がアドリブでどうこたえるかという、演出なのである。『手作り音楽結婚式のフィナーレ』にぴったりではないか。ちょっと敏感な人ならば娘のこんな解説まで分かるような形で。〈父にはこれはハプニングです。でも父はあのように応えてくれました。これが私たちの間柄なんです〉
コメント
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