気づいてみれば、二月から僕の心が大騒ぎを始めていた。遠い過去に二度ほどやった精神疲労性の鬱病の症状さえ出ていたのだが、そう気づいたのはやっと最近になってから。初めはただ「もう八一歳、おかしくもなる年だ」とだけ、このおかしさを自分一身に引き受けていた。が、これは勘違いと二か月も時が経って、やっと気づいた。地球の一角で始まった大変な殺し合いを見せられて来たからであり、またこの周辺にいてこれを報道しているその世界大元の人々がこれまた戦争の当事者で嘘まみれ、大本営発表ばかりと知ったからだと、やっと自覚できるようになった。ちなみに、大本営発表とはこういうもの。
「身方はすべて正義。敵はすべて凶悪で、こんなにも残酷」。
二〇一四年の暴力革命による当時の親露ウクライナ政府転覆の背後にはアメリカが居たというのは、すでに証明済みのこと。そしてこの時以来、ロシア人が多いドンパス地域とウクライナ新政府軍との間に重火器も含めた応酬が続いて、延べ一万人を超える死者が出続けて来たというのも、国連が認めていることである。という経過などはすべて省いて、「ロシアが侵攻!」「こんな残虐行為の数々・・・!」から、「(ロシアのお仲間)中国も攻めてくる!」、「日本も本気の国防を!」までと賑々しさの極みになっている。馬鹿じゃないか。戦争という以外に、ウ・ロ戦争と日中戦争と「あれが起こったから、これも起こる」というそんな共通性がどこにあるか? そもそも日本では、暴力革命が政府を転覆させるか? さらには、中国に代わって自衛隊と戦争する国内勢力なんぞどこに居るのだ? さらには、八年で一万人が死ぬような内乱武力衝突が続いてきたか?
ロ・ウ戦争から、日本の敵基地攻撃能力を反撃能力と言い換えてその必要性を説く安倍晋三氏などは、牽強付会の、荒唐無稽、普通の知性の持ち主とは到底思えないのである。日本タカ派、右翼ポピュリストの「戦争論」って、まーそんなものなのだ。