棚からぼた餅--岩淵龍王丸

信州の山郷での暮らしと、絵本と無縁になってしまった大人に向けた創作絵本や、芸術活動をお話します。

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隠れキリシタン鍔

2017-12-15 11:21:16 | 山郷の暮し
にわか感心者になってから一ヶ月あまり。片っ端からオークションを観ているうちに、それなりに眼も出来てきているのかもしれない。
と自画自賛しても、本物を手にしなくてはダメなことは十二分に承知はしているが、簡単には手元に置けない。
いいなーー、ほしいなーーという代物ばかり。
次々とびっくりするような技巧とデザインの鍔はまるで「根付」の細緻な美しさに通じている。

文明開化以後、海外の一般人が関心を持ったのが浮世絵と根付。大英博物館では根付だけの展示コーナーもあるくらいです。
ガラスケースにびっしりと並んだ、様々な素材の小さな細工物を見た折には「日本人だよなーー」とおもったりした。
にわか鍔感心者が解ったことをいうつもりはないが、日本刀の鍔は基本的には武士のチョット見栄を張ることが出来る装飾品のひとつともいえる。
様々な制度の規制のなかで、さりげなく「おしゃれ」をしたのではないか・・。

オークションの中になんとなく惹かれたものがあった。
直径7センチ弱の脇差用の鍔で、丸棒形体の縁取り(耳)には象嵌が施され、無駄のないデザインだ。
競り落とすことが出来、手にするとどこか上品な趣がある。
これは逸品が手に入ったと嬉しくなったが、ひびがはいり、鉄地が剥がれ割れたようになっている。
それだけに鍛造で鍛えられた製作であることをうかがえるが、どうやって作り上げたのか、またどうして割れてしまったのか・・と疑問が湧いてくる。
  
検索をしている中で、同型のものが「隠れキリシタン鍔」の説明文を見つける。
そおいえば十字形に見えないでもない。

改めて検索をすると、秀吉がキリシタン禁止令を出した1596年を境に、キリシタン鍔と隠れキリシタン鍔 とに分類しているようだ。
手に入れたこのツバはおそらく「隠れキリシタン鍔」であろう。
信仰の証しを脇差の鍔にして守り通した武士は、どんな人だったのであろう。
いま、PCの脇にあるが、簡素な美しさの中にどんな歴史が潜んでいるのか夢想するのも楽しい。

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