徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「木漏れ日の家で」―炎の命の輝きを人生の最後に見つめて―

2011-07-22 16:46:00 | 映画


     ポーランドの森で、ひとり美しく年を重ねた老女は、過ぎ去りし日々を回想する・・・。
     鮮烈なモノクロームの映像が、ドロタ・ケンジェジャフスカ監督自身の脚本で綴られる。
     ポーランド映画珠玉の一作である。
      撮影時91歳の名女優、ダヌタ・シャフラルスカの演技が際立っている。








 







1975年ポーランド・・・。
ワルシャワ郊外の森に、一軒の古い屋敷がある。
91歳になるアニェラ(ダヌタ・シャフラルスカ)は、この家に、愛犬フィラデルフィアとともに長く暮らしていた。
しかも、年老いたいまも、みずみずしい自らの感性を失わず、ひとりで誇りを持って生きていた。

戦前に両親が建てた古い家は、彼女が生まれ、成長して恋をし、夫と暮らしてひとり息子ヴィトゥシュ(クシシュトフ・グロビシュ)を育てた、かけがえのない場所だった。
しかしいま、夫はとうに他界し、息子も結婚して家を出て、社会主義時代に政府から強制された間借人もようやく出ていった。
アニェラは、自分の余生がもう長くはないことを悟るなかで、自分がこれからなすべきことについて静かに考える・・・。

老女アニェラの脳裏には、若き日の甘美な思い出や、息子の幼いころの愛らしい姿が去来する。
その一方で、静かな生活をかき乱す息子夫婦との関係、家をめぐる諍いが・・・。
そんな中で、彼女はやがてある思い切った考えを行動に移すことにした。
のちに思い残すことのないように・・・。

主人公のアニェラを演じる、ダヌタ・シャフラルスカは、95歳のいまも現役を続けるポーランドの伝説的女優だ。
気鋭の女性監督ドロタ・ケンジェジャフスカの夫は、現代ポーランドの最高のカメラマン、アルトゥル・ラインハルトで、ともに長年にわたって、作品を撮り続けてきた二人だ。

ポーランド映画「木漏れ日の家で」は、いまどき珍しい黒白のモノクロームで撮られている。
モノクロの方が、今では手間がかかるといわれているのに、それでもあえてカラーを排したのは、観る側が、想像力による純粋な視点で、作品を鑑賞すべきだとしたからではないか。
このドラマの主役は、何はともあれ、ここに登場する古い家なのだ。
そう思って見るとき、息子と縁を切ったかのように見える老女の無縁社会は、鮮やかに甦るのだ。
ここでは、なるほどワルシャワ郊外の森にある、二階にガラス張りの洒落たテラスのせり出した、古い山荘風のコテージ、その「家」が主役なのであった。
ポーランドで、実際にあった話にインスピレーションを受けて、製作された。
お年寄りが、政府に二つ持っていた家を取り上げられ、ひとつはすぐに取り戻せたものの、もうひとつを取り戻せたのは亡くなる一週間前だったという実話があり、この国では、共産主義時代には国が勝手に持ち主から家を取り上げてしまったり、間借人を置くようにに強制されたことはよくあったそうだ。

この作品には、事件らしい事件はほとんどないので、偏屈で、少し頑固で、でも情に厚い女主人公の日常を淡々と綴っているのだが、心に食い込んでくるようなところがある。
とくに、窓ガラス越しに主人公が外を見るシーンは、一枚のガラスが外界とアニェラの世界を隔てていて、細かいところに目配りの効いた上手いシーンである。
ロケハンで、よくあのような家を見つけたものだと感心する。
映画は、アニェラのモノログに導かれる。
彼女が、家の中をあちらこちら移動していく姿を、カメラが追う。
その主人公の、ほとんど一人芝居とも思える独白(モノログ)は見事に成功している。
古い家と老女の独白・・・、それだけでも見事な作品として結実している。

この映画が製作された三年後に、夫婦で作品を撮り続けていたケンジェジャフスカ監督は、新作の日本・ポーランド合作「明日はきっとよくなる」を完成させたといわれるが、日本で観る機会はあるだろうか。
・・・普段はあまり考えないことだが、間違いなく人生の終焉が近づいたとき、人はどんなことを思うのだろうか。
誰だって、悔いのない人生を全うしたいと思っているが、やり残したことがないかと、おそらく後悔するに違いない。
そのための「老い支度」は、きっと大切だ。きっと・・・。


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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
一度きりの人生 (茶柱)
2011-07-22 23:53:11
少なくとも,「その時」に後悔するような生き方だけはしたくない,と思いつつ・・・。
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恥じ多い・・・ (Julien)
2011-07-27 12:07:16
人生を生きてまいりました。
まことに申し訳ありません。
…といったのは、誰でしたか。
忘れましたが、太宰治さんでしたか。
そんな人生、語るに値しませんものねえ。はい。
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全国ロードショー (さとうのぞみ)
2011-08-21 20:58:33
この映画は是非観たかったのですが、遠方なのでかないませんでした。全国ロードショー無理でしょうか。とても盛況だったのですよね。観たかったと思ってるご高齢者の方々も多いと思います。岩波ホールまで足を運ぶのはちょっと遠いけれど近くの映画館ならばと。
私の母もその一人です。
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さとうのぞみ様・・・ (Julien)
2011-08-22 10:04:05
この映画は、いまもミニシアター系の映画館で全国縦断公開中です。
このブログの、中段初めのタイトル『ポーランド映画「木漏れ日の家で」(下線の引かれた赤字部分)』をクリックしてみてください。
全国の劇場公開情報を見ることができます。

コメントをお寄せいただき、ありがとうございました。
いい作品ですから、是非ご覧になってください。
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