1970年代前半、東西冷戦下の時代の、二重スパイをめぐる抗争を描いたドラマである。
スパイ小説の巨匠といわれる、ジョン・ル・カレの原作をもとに、スウェーデン人のトーマス・アルフレッドソン監督が映画化した。
重厚感あふれるサスペンスと、ヒューマンドラマが融合したような、それでいてミステリアスな作品となっている。
タイトルを見ると、あの曲芸団のサーカスに起きた事件ものかと想像されるが、全く違っている。
サーカスとは、英国諜報部のチーム名だ。
その中にいる裏切り者を炙り出すという、はらはらするようなドラマだ。
だが、派手な銃撃戦もアクションもない。
実在の事件をもとに描いているが、じわじわと謎解きを進めていく展開は、まさに心理劇だ。
東西冷戦下、英国情報部M16(通称サーカス)は、ロンドンのケンブリッジに本部を置いていた。
そんな中、リーダーのコントロール(ジョン・ハート)は、組織幹部の中に潜り込んでいる、ソ連の二重スパイ(通称もぐら)がいるとの情報を得る。
老スパイのスマイリー(ゲイリー・オールドマン)は、ブダペストにいる情報源との接触を試みるが失敗し、それにより二人はこの組織を去ることになる。
その直後にコントロールは謎の死を遂げ、引退したスマイリーのもとに、‘もぐら’を探し出せという新たな命令が下ったのである。
いわゆる標的となる疑惑の幹部というのは、ティンガー(鋳掛け屋・トビー・ジョーンズ)、テイラー(仕立て屋・コリン・ファース)、ソルジャー(兵隊・キアラン・ハインズ)、プアマン(貧乏人・デヴィッド・デンシング)と呼ばれる。
スマイリーは、過去の記録をさかのぼり、証言を集め、容疑者を洗い上げていく。
・・・浮かび上がるソ連の深部情報ソース(ウィッチ・クラフト)、かつての宿敵ソ連のスパイ・カーラの影・・・。
白黒(敵味方)の区別もつかない、灰色の世界に生きる男たちの孤独な魂が交錯する中で、やがてスマイリーは意外な裏切り者の正体を見出すのだ・・・。
この映画の鑑賞は、結構な頭脳戦となる。
セリフは極力排し、多くの情報を映像から読み取らなければならない。
時間軸が絶妙にシャッフルされているし、いきなり回想シーンが飛び込んできたりするから、話のつながりを組み立てているうちに、作品から置いてきぼりにされてしまうのだ。
ドラマ全篇が、濃密なミステリーだ。
何といっても、主役の、ゲイリー・オールドマンがずば抜けていい。
彼の表情は、笑いも悲しみも、怒りも失望も見せない無表情そのものなのだ。
そこには、凄みさえ感じられる。
存在感たっぷりだ。
表面は穏やかながら、その得体のしれぬ怖さがある。
わずかなセリフの抑揚と、手指の細かい動きが、心象を浮かび上がらせる。
トーマス・アルフレッドソン監督の、イギリス・フランス・ドイツ合作映画「裏切りのサーカス」は、とにかく上質のサスペンスフルな展開に翻弄される。
登場人物たちの愛や孤独、希望や失意、彼らの祖国への思いなど、重厚な演出に複雑な感情がにじみでている。
イギリス諜報部に潜む、ソ連の二重スパイをめぐって、孤独であることが必然とされるスパイの、哀しい宿命と愛憎の入り交じるヒューマニズムが交錯する騙し合いは、ふと我にかえったとき、すでに敵味方の区別さえもなくなってしまっている。
舞台で見ているようで、その見事な心理映画に、自分までもが、催眠術にかかってしまったような・・・。
[JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点)
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何となく私の日常からはあまりに乖離していて,想像もなかなか追いつかないのですが・・・。
現実には、あまりにも厳しい、男の孤独な生き様が浮かび上がってきますが・・・。
背筋の寒くなるような話です。