真実は深く、そして美しく眠っている。
愛する者さえも気づかない、哀しい秘密を知ったとき、本当のやさしさが見えてくるという・・・。
新人アンドレア・モライヨーリ監督のこのイタリア映画は、本格実力派の作品として評価が高いといわれる。
北イタリアの、のどかな小さな村が舞台である。
緑の風景の涼やかさが、目にしみるようだ。
その森に囲まれた湖のほとりで、美しい少女アンナ(アレッシア・ビオヴァン)の死体が発見される。
全裸の遺体には、上着がかけてあり、苦しみの表情はなかった。
ただちに捜索が始まる。
ひたひたと高まりゆく、新鮮で静かなサスペンス・・・。
新任のベテラン刑事サンツィオ(トニ・セルヴィッロ)が、湖岸をゆっくりと歩いている。
捜査とともに、殺されたアンナをめぐる人々の姿が浮かび上がる。
アンナを異常なまでに溺愛していた父親、彼女の秘密を知らされていなかった恋人、父親違いの姉、知的障害の息子に激しい愛憎を向ける半身不随の父親ら・・・。
アンナは、ベビーシッターをしていた幼児の死を機に、夢中になっていたアイスホッケーをやめた。
その子の両親は離別し、アンナの絡むしこりのようなものを抱えている。
親子夫婦の葛藤、愛する者を失うことの悲しみ、それらがスクリーンに溢れる。
捜査担当のサンツィオ自身、若年性認知症の妻と思春期の娘を抱えている。
とても、無関心ではいられない。
アンナは、それらの苦しみを何もかも引き受けるように、死に至ったのだ。
こんな小さな村では、どんなことでもすぐに知れ渡ってしまうものだ。
誰もが、秘密などないと思っていた。
しかし、子供を素直に愛せない苦しみや、一方的な偏った愛、間違った両親のもとに生まれてきたと感じる悲しみなど、ひとりひとりが心の奥底に抱える思いは、家族でさえも気づかずにいた現実に茫然とする。
一見、何事もないかのように過ぎてゆく日々の中で、サンツィオを含めた誰もが、一番身近な人にも言えない悩みを抱えて生きていた。
そして、ついに犯人にたどり着いたときに語られる、アンナが貫き通した深い愛と強い信念は、みんなの心の痛みをゆるやかに溶かしていく・・・。
緑濃い風景、静かなサスペンス、快活で美しい少女の悲しい勇気、それらが一緒になって、不思議な感動を呼ぶ作品だ。
登場する、すべての俳優も個性的だ。
原作は、ノルウェー出身のミステリーの女王といわれる、カリン・フォッスムという人だ。
この作品「湖のほとりで」は、イタリア本国では、小さな劇場での公開から、口こみで240館以上に広がり大ヒットとなったといわれるが、日本では難しいのではないか。
このドラマでは、短い出演時間の中で、出演者ひとりひとりが重要な役どころを演じ、普通の人々が抱える日常の苦悩と葛藤を表現している。
この作品が、単なる犯人探しといったドラマではなく、彼らの、日常生活の中での家族のありかたと、心理描写に共感する部分が、本国の観客には受け入れられたということだろうか。
作中の台詞がたったひとつしかない、少女アンナの生前生きてきた環境、取り巻く人々と病める自分との、相関関係の描き方はどうも簡単にすぎる(?!)きらいがある。
いわゆる、世の常なる推理ドラマとは、異質のドラマとして観たほうがいい。
もちろん、説明不足のところもないわけではなく、人間関係が十分描ききれているともいえない。
いかにも渋いつくりだが、映像詩の趣きもあって、上質な雰囲気を漂わせた映画だ。
イタリアアカデミー賞10部門を受賞し、ヴェネチア国際映画祭でも各賞受賞に輝いた。
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単なるサスペンス、単なるミステリーでないことは確かです。
面白さとか、楽しさといった娯楽性(?)を期待したら、裏切られることになります。
機会があったら見てみたいなぁ・・・。