・・・私を忘れてしまった夫、もう一度、私はあなたに恋をする。
ニック・ファクラー監督の、アメリカ映画である。
ひとり住まいの老人が、ほぼ同年齢の女性と知り合い、ほのぼのとした付き合いを始めるのだが、単に、それだけのやわなドラマではない。
映画に描かれるのは、老いや病の悲哀ではなく、年老いても、病になっても、変わらない愛があるというお話だ。
ニック・ファクラー監督は、自らが始めて恋をした17歳の時に書いた脚本を、弱冠24歳で初めて映画にしたのだ。
これも、若さと純真が描いた、<不朽>の愛の形かも知れない。
夢のような、しかし厳しい現実の物語、切ない大人の寓話なのだ。
アメリカの田舎町で、ロバート(マーティン・ランドー)は独り暮らしをしている。
昼間は近くのスーパーで働いているが、孤独の影が濃い。
彼は、それでも毎日身なりだけはちゃんとしている。
クリスマスが近くても、プレゼントを贈る相手はいない。
ロバートからロバートへ、と自分宛のプレゼントを包んでいる。
クリスマスを間近に控えたある日、ロバートが帰宅すると、家の中に見知らぬ女性(エレン・バースティン)がいた。
メアリーと名乗るその老婦人は、通りの向こうに住んでいて、この家の扉が開いているので、心配になって見に来たのだと言った。
最初は、驚きと怒りでロバートは身構えたが、メアリーに食事に誘われると、まんざらでもなさそうに、戸惑いながらも承諾する。
ロバートは、スーパーの若い店主マイク(アダム・スコット)に相談し、クリスマスの贈り物まで買い込んだ。
メアリーが、自分に行為を抱いていると、彼女の娘アレックス(エリザベス・バンクス)に聞かされ、まるで十代の若者のように胸をときめかせるロバートであった。
何だか奇妙で、どこかしら嘘っぽい。
話が出来すぎている・・・。
やがて、ちょっとしたサスペンスも手伝って、二人の恋が成就する頃になって、真実が明らかにされる。
実は、メアリーはロバートの妻で、マイクとアレックスは二人の子供なのだ。
どうやら、ロバートは認知症で、記憶を喪失していて、妻子のことも忘れてしまっていたのだ。
メアリーとの出会いは、ロバートを愛してやまない家族ぐるみの‘やさしい嘘’だったのだ――。
被害妄想もあれば、突然訪れる夢のような興奮もある。
ロバートとメアリーの、思い出の品である、スノードームに象徴される愛の絆・・・。
クリスマスのイルミネーションが輝く、雪の夜のダンスシーンも、実にファンタジックである。
マーティン・ランドーとエレン・バースティンは、ともにアカデミー賞俳優だ。
この二人の、名優カップル、品のある演技と存在感が、美化された映画の嘘をゆるし、観る者の心を癒してくれる。
ヒッチコックやスコセッシといった、数々の巨匠たちの作品に出演してきた名優二人が選んだのは、まだ24歳の若手監督だったのだ。
しかもニック・ファクラー監督にとって、本作の脚本を書き始めたのは高校時代で、何とこの作品「やさしい嘘と贈り物」で、長編作品のデビューを飾ったのだ。
人生の大先輩である名優を相手に、新しい息吹を吹き込んで、家族のやさしさをみずみずしく描ききった。
妻から夫へ、娘そして息子から父へ、願いをこめて、もう一度向き合えるように家族はやさしい嘘をついた。
どこか切なく、きらめくような時間が、ひとときでも人生を豊かに演出する。
現実は苛酷だけれど、決して人生を諦めてはいけないというメッセージを、この映画は発信している。
孤独な老いに訪れた、ある愛の奇跡を描いており、やがて観ている者たちを優しい愛の再生へと誘ってゆく・・・。
観ても、損のない作品であることだけは確かだ。
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なさそうでありそうな、そんな話でしょうか。
ファンタジーどころではなく、厳しい現実を知ると・・・。