季節は早いもので、晩春を越していつの間にか立夏も過ぎて、もう初夏の勢いである。
この連休中は、映画館もシネコンも大いににぎわったようだ。
さてと・・・。
老いと死を描いたあの「愛、アムール」(2012年)から早くも6年になる。
ドイツ出身のオーストリアの巨匠ミヒャエル・ハネケ監督の、衝撃的な喜劇ともいわれる最新作である。
タイトルはハッピーだが、映画は真逆だ。
この作品には不幸と絶望が渦巻いていて、何とも寒々とした映画なのだ。
登場人物たちの深層心理を読み解いていくと、身も凍るような恐怖を感じると同時に、乾き切った溜息の漏れる悍ましさに痛々しささえ感じられる。
ドーバー海峡を望むフランス北部の大都市カレー・・・。
薬物中毒に陥った母親の入院で、ひとりぼっちになった13才の少女エヴ(ファンティーヌ・アルドゥアン)は、母と離婚した父トマ(マチュー・カソヴィッツ)のもとに身を寄せる。
ブルジョワのロラン家は、三世帯が一緒に暮らしている。
家長のジョルジュ(ジャン=ルイ・トランティニャン)はすでに建築業を引退し、娘アンヌ(イザベル・ユベール)と息子ピエール(フランツ・ロゴフスキ)も専務として母のもとで働いている。
アンヌの弟トマにはエヴの母親と別れた後に再婚した妻アナイス(ローラ・ファーリンデン)と幼い息子ポールがいる。
この裕福な一家を、事件が次々と襲ってくる。
アンヌの会社の建設現場での地すべりで作業員が負傷したかと思うと、祖父ジョルジュが自殺を図ったのちさらに死の機会を探していく。
混乱の中で、家族に伏在した亀裂が顕在化する。
トマもエヴも祖父ジョルジュも、それぞれが秘密を抱えており、いつも同じテーブルを囲んでいるのに誰もが自分のことにしか関心を持っていないのだ・・・。
少女エヴは、バラバラの家族の中にいて、次第に孤独を深めていく。
幼くして父に捨てられ、愛に飢え、死とSNSの闇に取りつかれたエヴの閉ざされた心を、ジョルジュの衝撃の告白がいやが上にもこじ開けるのだ。
現代社会は、容易にいつだって誰ともつながることができる。
それなのに、同居していながらばらばらに隔絶しているロラン家の対比はどうだろう。
そこには重い現実が横たわっている。
愛でなければそれは憎しみなのか。
そうではない。無関心なのだ。ひたすら無関心なのだ。
祖父とエヴの、似た者同士(?)の怖さを感じさせる喜劇(?!)なのだ。
いやいや・・・。
円熟味のこもった、個々の人間描写には頭の下がる思いがする。
上品ぶっていながら、どこか人の悪い、人間階級の痛々しさがのぞかれて、それは滑稽以外の何ものでもない。
フランス・ドイツ・オーストリア合作映画「ハッピーエンド」は、裕福な家族に亀裂が走り、衝撃のラストにはこれまた驚くばかりである。
これを、不気味なサスペンスをともなったブラックユーモアの世界というのだろうか。
この映画の鑑賞後の心理は、複雑の一言に尽きる。
孤独な魂の出会いによって、禁断の扉が開く。
冒頭のスマートフォンに映る動画の場面からスタートして、破滅的な人間心理の内奥を照射して、ミヒャエル・ハネケ監督の力量は確かで、ともにヨーロッパ屈指の並み居る実力俳優の饗宴にはさすがに酔いしれる!
名監督のもとに、素晴しい出演者たちが集まったものだ。
[JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点)
次回はカナダ・アイルランド合作映画「しあわせの絵の具/愛を描く人 モード・ルイス」を取り上げます。
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