一口で言うと、ドキュメンタリーアートのような作品である。
これは、今年90歳になる新人監督・木村威夫の長編劇映画デビュー作だ。
これまでも、数々の作品で美術監督を担当した木村監督が、彼自身の美学の集大成とも言える作品を創り上げた。
それは、過去、現在、未来をつなぐ人間模様だ。
最初のシーンで、空襲の中を逃げまどう男(永瀬正敏)と女(上原多香子)の姿が映し出される。
二人は、ごつごつしたコブの沢山ある一本の木の根っこ辺りに寄り添って助け合う。
空襲の炎の下で、頼りなくうずくまる人間たちの不安・・・。
・・・これは、主人公の老人の六十数年前の悪夢なのだ。
この木は、あの時助け合った、のちに画家となる女が描いた絵になったりして、この映画の中で繰り返し象徴的に現れる。
木室創(長門裕之)は、映画を専門とする学院の院長に就任した。
その中で、村上大輔(井上芳雄)という、一人の学生を気にかけていた。
大輔は、60年前の戦時中に、自分たちのような若者が、たくさん死んでいったことの不条理さに苛立ちを感じていた。
そして、戦時中を生きた木室に、その思いをぶつけていた。
また、木室の妻エミ子(有馬稲子)も、60年前に大切な人を亡くし、生き残ってしまったという思いから、いまだに抜け出せずにいたのだった。
木室自身も、また過去を背負ったまま、老いて死を迎えようとしていた。
しかし、大輔は精神病を患い、学院を中退した。
彼は、その後木室と交わした手紙の中で、自殺をほのめかしていた。
木室は、大輔の生への魂の叫びを感じ、何とか思いとどまらせようと手をつくすのだが、そうこうしているうちに、小室夫妻にもある変化が訪れはじめていたのだった・・・。
木室と村上の世代を超えた交流、そこに浮き彫りにされる木室と妻、老夫婦の過去・・・。
木村威夫監督自身の、決定的な体験となった戦争を見すえながら、老いと若さ、男と女、生と死を、象徴的に独自の映像美でアートのように表現する。
創り方も、かなり凝っているし、映画美術に対する、感性の確かさはさすがに優れているものがある。
木室と、病をかかえて苦悩する青年村上大輔との出会いに、かつて戦争で散っていった若者たちの命を重ね、失われた青春の慟哭が綴られる。
この作品には、面白いストーリーがあるわけではなく、様々なものの考え方を代表する人物の組み合わせによって、ドラマを展開するというのでもない。
そんなことは、木村監督にはおかまいなしなのだ。
戦中、戦後の暗い谷間を生きた、木村監督自身の思い入れたっぷりの回想録の趣きをなしている。
出演はほかに、観世栄夫、浅野忠信、宮沢りえ、桃井かおりら、かなりの俳優陣が揃っている。
ただ映画「夢のまにまに」は、木村監督の独自の美学へのこだわりが強く感じられ、回想シーンや場面の切り替えも多く、作品の期待のわりには、退屈な部分もあって、観ていていささか重たい。
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そのうちに・・・。
時間をつくって・・・。
また違った発見が、それなりに、必ずあるものです。
違った発見が・・・。