フランス近代文学の祖といわれるギュスターブ・フローベールの、古典小説「ボヴァリー夫人」をベースに、現代のノルマンディーを舞台にした大人のストーリーで、ちょっとユーモラスな悲劇を、毒気としゃれっ気たっぷりに綴った快作だ。
まあ言ってみれば、妻子とともに単調な日々を送っている男が、フローベールの名作小説の虚構と現実を取り違えて、いらぬお節介をやいたり、自分の欲望をエスカレートさせていくといった恋愛喜劇でもある。
「ココ・アヴァン・シャネル」(2009年)の、アンヌ・フォンテーヌ監督が映画化した。
フランス西部のノルマンディー地方・・・。
美しい田園風景の広がる小さな村に、稼業のパン屋を継いだマルタン・ジュベール(ファブリス・ルキーニ)が暮らしている。
パリでは12年間出版社に勤務したのち、平穏で静かな生活を求めてのことだった。
毎日の単調な生活で、文学だけが想像の友で、とりわけ読みふけっているのは、ノルマンディーを舞台にしたフローベールの「ボヴァリー夫人」であった。
ある日、向かい側の家に、イギリス人夫妻、その名もジェマ・ボヴァリー(ジェマ・アータートン)とチャーリー・ボヴァリー(ジェイソン・フレミング)が越してくる。
マルタンはこの偶然に驚き、小説さながらに行動する奔放なジェマから、目が離せなくなってしまうのだ。
一方のジェマも、マルタンの作るやさしく芳醇な香りのパンに魅せられていく。
ボヴァリー夫妻と親交を深めるうちに、マルタンの好奇心は単なる文学好きの域を超え、ジェマを想いながらパンをこね、小説と現実の入り混じった妄想が膨らんでいく。
しかし、「ボヴァリー夫人」を読んだことのないジェマは、勝手に自分の人生を生きようとする。
このままでは、「ボヴァリー夫人と同じ運命をたどるのでは?」と心配になったマルタンは、思わぬ行動に出る・・・。
田舎ののどかな風景や、文学好きのパン職人という設定がなかなか面白い。
ドラマとしてのスリルやエロスは少し物足りないが、小粋さがよい。
匂い立つようなジェマ・アータートンのあやしげな所作に、マルタンが骨抜きになる姿には思わず笑ってしまう。
何しろ現実が芸術を模倣しているのだから、と言ってしまえばそれまでだが、映画はボヴァリー夫人の視点からではなく、初老の男マルタンの視点から描かれている点に大いに注目だ。
妄想にかられた初老のパン屋マルタンだから、この人、なかなか味があってどことなく面白い。
頭の中に「ボヴァリー夫人」のヒロインを創り上げ、隣人のボヴァリー夫人ではなく、このパン職人の男が隣人を小説なみのボヴァリー夫人に仕立てて、恋慕しているのだ。
アンヌ・フォンテーヌ監督のフランス映画「ボヴァリー夫人とパン屋」は、午後の紅茶でくつろぐ気分で、憩いのひと時を過ごすには格好な小品だ。
しかし、この新感覚ドラマ(!)の、ラストの意外なあっけなさには驚く。
[JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点)
次回は映画「六月燈の三姉妹」を取り上げます。
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何にしましても、ヨーロッパは多彩ですね。
個性豊かな国が揃って・・・。
飽きることがありません。はい。