実際に起きた連続殺人事件をもとにした、衝撃的な作品だ。
剛腕で知られる白石和彌監督は、人間の悪意と狂気に深く切り込み、現代社会の裏側を容赦なく抉り出した。
ごく当たり前の人間ですら、悪の魅力に思わず立ちすくみ、その闇の奥へ呑みこまれる。
映画の方は、ぞっとするようなシーンの連続で、突込みは鋭く、かつダイナミックである。
それもそのはずで、白石監督の恩師は故若松孝二監督だというではないか。
凶悪、非道を描きながら、それをここまで見せてくれると、悪とは一体何だろうかと思われてくる。
庶民を葬り、命と財産を金に換える不動産ブローカーが逮捕に追い込まれた、「新潮45」編集部のドキュメンタリー「上申書事件」を、白石監督がフィクションでドラマ化した作品だ。
凄まじい、社会派の映画である。
全ては、ある死刑囚の告白から始まった・・・。
死刑判決を受けた元暴力団組長の須藤(ピエール瀧)から、雑誌記者の藤井(山田孝之)は、誰にも話していない殺人事件が3件あると聞かされる。
それら一連の事件の首謀者は、通称「先生」と呼ばれる木村(リリー・フランキー)で、自分だけが訴追されたことを恨んでいたのだった。
須藤は、事件を記事にして彼を追い詰めてほしいというのだった。
藤井は、上司から再三取材中止を命じられる。
しかし、須藤の告発に信憑性があることに気づき始めた彼は、まるで憑かれたように真相究明のために事件にのめりこんでいくのだった。
そして、次々と新事実が明るみに・・・。
ドラマは淡々と綴られてはいるが、タッチは冷たく、残虐非道だ。
しかも、罪の意識はなく、善意の感覚も麻痺している。
須藤と先生こと木村は、身寄りのない老人の土地を転売して生き埋めにし、借金を返済できない老人には保険金をかけ、酒を大量に飲ませて殺害する。
ここに描かれているのは、人間の持つ凶悪性であり、野次馬根性だ。
そこに、彼らの凶悪が何によるものかは語られていない。
欲望にただ忠実に、当たり前のように平然と凶行を繰り返すのだ。
奇妙なのは、その一方で家族にだけは優しい人間性を見せることだ。
雑誌記者役の山田孝之は、邪悪な魂に近づくことで、少しずつ狂気に感染していく変貌ぶりは鬼気迫る凄まじさだし、死刑囚の須藤役のピエール瀧は、修羅のごとく、凄んだ次の瞬間には傷つきやすく人懐っこい一面をのぞかせる、ヤクザを演じている。
ドラマの中の殺害場面は、不快な気分にもなるが、それも暴力は暴力としてリアルに、そしてきっちりと完璧に描こうとしているからだ。
リリ-・フランキーとピエール瀧は、役柄をほとんど楽しんでいるように見える。(!)
う~む、ここまでやりますか。
抑制をせず、暴き、とことん描き切る。
背筋が凍りつくようなシーンには、正直参った。
白石和彌監督の映画「凶 悪」は、殺害にいたる場面の悲惨さはともかく、面会室で対峙する須藤と藤井のひりひりするような駆け引き、心の闇、さらには藤井と彼の妻洋子(池脇千鶴)との修羅場までも見せる。
悪と暴力は押し寄せる波のように、観客に襲いかかってくる感じだ。
出演はほかに白川和子、吉村実子らで、正義が暴走するところを演じる山田孝之は際立っている。
余罪が次から次と3件も出てきて、そのどれも社会を切り取り、掘り下げていく努力のあとが見えている。
映画はちょっとたらふく、盛り沢山である。
いや、社会派ドラマなんていうよりは、むしろ社会に切り込むエンターテインメントといった方がいいかも・・・。
面白い映画は、社会をがんがん掘り下げないと作れない。
そういうものだし、その通りだ。
しかし・・・、この陰惨きわまりない(?!)問題作に、まあとてもではないが、素直に共感できないところも多いことを、付け加えておく。
とにかく、大胆不敵な映画である。
[JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点)
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しかもそれが事実だったりするとなお・・・。
むしろ、ひどく苦痛な映画です。
しかし、それも映画だからできるのではないでしょうか。
楽しいばかりが映画ではありませんし、とくに社会派、あるいはそれに近い作品においては、むしろ大いなる苦痛を伴うものが多いのも事実です。
だってそれが、「映画」ですもの・・・、と思っています。