去年2月に46歳の若さで世を去った名優、フィリップ・シーモア・ホフマン最後の主演作である。
遅ればせながら、こんな映画にめぐりあえるとは・・・。
アントン・コービン監督のこの作品は、緊張感漂うドイツの情報戦を描いていて、観客をうならせる。
アメリカの同時テロ以降、世界は本当に変わってしまったのだろうか。
そんなことを強烈に感じさせる作品で、イギリスのスパイ小説の巨匠、「裏切りのサーカス」のジョン・ル・カレの小説を映画化した。
テロとの闘いに執念を燃やす主人公の、悲哀と屈折した心情を余すところなく描いて、胸に迫るものがある。
灰色に塗り込められた陰気な港町、ドイツ・ハンブルグ・・・。
密入国者やスパイの暗躍する町に、チェチェン出身の若者イッサ(グレゴリー・ドブリギン)が密かに入国する。
彼はイスラムの過激派として、国際指名手配されていた。
イッサは、人権団体の所属する女性弁護士アナベル(レイチェル・マクアダムス)を通して、銀行家トミー(ウィレム・デフォー)と接触しようとする。
イッサの父親は銀行に秘密口座を持ち、多大な遺産を残していた。
そのイッサの行動を見張る、極秘のテロ対策チームのリーダー、ギュンター・バッハマン(フィリップ・シーモア・ホフマン)は、彼を泳がせてある大物を捕えようとしていた。
だが、イッサを狙うのはバッハマンだけではなかった。
バッハマンの懐柔戦術に、国内外の諜報機関が入り乱れ、錯綜し、彼は非情な騙しあいの神経戦へと追い込まれていくのだった。
情報機関とCIAをにらみながら、大物捕獲の網を狭めていくのだが、見どころははいっぱいだ。
超ハイテク機能や超人的能力で悪を叩きつぶすのではなく、細い糸をたぐりよせながら、イネッサの正体やイスラム過激派との関係を解きほぐしていく。
去年亡くなったホフマンのいぶし銀の演技は、人間の弱さと情につけこむ、冷徹かつ老練なスパイのもの悲しさを漂わせて、秀逸である。
語り口もスパイアクションものとは異なり、このドラマには、冒頭からいくつもの伏線が散りばめられている。
現代という時代を背景にしていながら、諜報戦の非情な掟の世界に生きる男たちに痺れる。
華やかさと縁のない、プロフェッショナルな男の日々を、極限にまで無駄を削り落として描き切った。
バッハマンは、組織の軋轢の中で、自分の正義と信念に従って作戦を進めようとするが、思い通りに事は運ばない。
裏切られ、無残に打ちひしがれる彼の姿は、あまりにもやるせなく胸に痛い。
そうだ。
正義も、悪も意味をなさない時代に生きている我々を、逆に炙り出して・・・。
いやいや、何とも言えない絶望感をもたらす、ラストシーンであった。
アントン・コービン監督のアメリカ・ドイツ・イギリス合作映画「誰よりも狙われた男」は、重厚な神経戦とともに、登場人物や人間関係がよく整理され、見ごたえ十分の作品だ。
アカデミー賞俳優のフィリップ・シーモア・ホフマンは、さすが存在感たっぷりで素晴らしかった。
[JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点)
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こうしている間にも、世界の裏側ではこういう戦いが人知れず続いている。
頭を使うので、少々疲れますけれどね。
それで、はらはらどきどきですから・・・。はい。