徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「雨にゆれる女」―あの日の雨の匂いが明らかにしていく過去と罪―

2016-12-21 11:30:00 | 映画


 十数年にわたって、ホウ・シャオシェン、ジャ・ジャンクーといった才能豊かな監督たちと、音楽家として作業をともにしてきた、半野喜弘監督初監督作品だ。
 音楽と映画は表裏一体であって、彼が映画の製作に挑戦したのは自然の成り行きだった。
 濃厚な色彩、優美な旋律、登場人物の息づかいなど、いまの日本映画では稀な質感の映像を作り上げた。

 一個人として生きる男がいた。
 その男の前に、突然謎めいた女が現われる。
 隠された過去と罪がめぐり合う、サスペンスに溢れた愛の物語である。








その男(青木崇高)は、毎朝万全の準備を整えて、鏡に向かって自分を見つめる。
「飯田健次」と名乗り、綿密さと精巧さをもって、完璧な別人を演じてひっそりと日々を送っていた。
勤め先の工場では真面目に働いているが、人との関りを拒む彼の過去を知るものは誰もいない。

ある夜、突然同僚の下田(岡田天音)が家にやってきた。
惚れた女が男から逃げたいと言うので、かくまってほしいと言う。
健次はドアを閉めようとするが、下田が粘る。
下田は、一晩だけでいいからここで預かってほしいと懇願する。
ことを長引かせたくない健次は、しぶしぶ女を預かることにした。
・・・工場に警察がやってきて、下田が工場で盗みを働き捕まったことを伝えられる。

健次のかくまった理美(大野いと)と名乗る、その女の正体もまた謎に包まれていた。
どこか危うさを抱えた理美の登場で、静かだった健次の日常が狂い始める。
理美の前では賢治は偽装をやめるようになり、これまで完全に線引きしていた本当の姿と「飯田健次」の境界線が揺らいでいく・・・。

ある罪をめぐって繋がる、出会ってはいけなかった二人だ。
逃れられない哀しい運命を前に、やがて二人は選択を迫られる。
半野喜弘監督は、この作品を、逃れられない喪失を抱えた男女の贖罪の物語として描こうと試みた。
ありきたりの日常を夢見た、男女の苦しみと悲しみを通して、あたり前に存在する日常の豊かさと素晴らしさを炙り出した。

ハードボイルドな設定のなかで、主たる登場人物の男女が哀しくもまたおかしい。
独白のようなセリフ、淡々としていながら繊細な描写と演出が際立っている。
映像も構図も美しいし、生と死について行き着く愛のドラマとしては、これまでのこの種の作品にはあまり感じられなかったものが横溢している。
青木崇高は、2003年「バトル・ロワイヤルⅡ鎮魂歌」で本格的映画デビューし、2007年NHKの朝ドラ「ちりとてちん」でヒロインの結婚相手を演じ、広く顔を知られる役者に成長した。
本作では彼は、別人のように単独で生きる「るろうに剣心」(2012年~14年)などで知られる豪快なイメージとは違い、主人公を繊細な演技で体現した。
健次を惑わす謎の女役の大野いとは、映画、舞台と幅広く活躍中の若手女優で、大人の色気を漂わせている。
この映画「雨にゆれる女」について一言付け加えれば、初単独主演の青木崇高半野義弘監督が、2002年パリでの偶然の出会いからコラボレーションで生まれた、個性的な色合いの強い作品だ。
      [JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点
次回はエストニア・ジョージア合作映画「みかんの丘」を取り上げます。