長いこと閉ざされていた世界から、断絶されていた外界への脱出劇に母子の絆が絡む。
ダブリン出身の作家エマ・ドナヒューの小説「部屋」を、同じくダブリン生まれのレニー・アブラハムソン監督が映画化した。
原作「部屋」は、オーストリアのある監禁事件に着想を得た小説で、脚色もエマ・ドナヒューが担当した。
母と子の愛に満ちた時間が、サスペンスフルに描かれる。
この作品で、主演のブリー・ラーソンがアカデミー賞主演女優賞を受賞したが、主要部門でのノミネートをはじめ、64映画賞を席巻した。
映画は、5歳の息子の一人称目線で語られていく。
希望を語り、人生を肯定する映画だ。
人生で出会う初めての衝撃と感動のドラマが、ここにある。
二十代の女性ジョイ(ブリー・ラーソン)と5歳の息子ジャック(ジェイコブ・トレンブレイ)は、天窓から薄明かりが差すほかは外界と遮断された小さな部屋で暮らしている。
この小さな3.3メートル四方の部屋は、母親にとっては牢獄であり、一方5歳のジャックにとっては全宇宙に他ならなかった。
生活に必要な設備は一応整っているが、唯一の扉には鍵がかかっている。
冒頭、5歳の誕生日を迎えたジャックの姿から始まる。
7年前、ジョイは誘拐され、監禁され、そしてこの部屋でジャックが生まれたのだ。
夜中に、時々オールド・ニック(ショーン・ブリジャース)と呼ばれる男がやって来るが、この男がジョイを誘拐したのだ。
ジャックはジョイとその男の間に生まれた子供であり、ジャックがその世界を知らないまま育ったことがわかる。
やがて、ジャックが部屋の外の世界に興味を抱くようになると、ジャックは部屋からの脱出を企てる。
ジョイは、ジャックが死んだふりをして男に運び出してもらう計画を実行に移す。
脱出は成功する。
・・・そして物語後半、ジャックは5歳になって、生まれて初めてリアルな外界の世界に目を奪われる中、ジョイは肉親の離婚、父親によるジャック無視、マスコミの攻勢など予想外の現実に戸惑い、大きく傷つく。
ジャックは幼い困惑と驚きのただ中で、そんな母親ジョイを見て気遣うが、かつて少女だった7年前の世界から大きく変容した現実の中で、彼女は自分を見失ってしまうのだった。
だが・・・。
特異な状況下での母子の生活、それでも二人を結ぶ強い絆、危うい脱出劇のサスペンスと、緊張感あふれる場面が続き、映画は後半に入ると、救出された後の母子の〈その後〉に重きが置かれる。
このような状況にある心のありようを、母親役のブリー・ラーソンは悲しいほどの情感をたたえて繊細な、わざとらしさを微塵も見せない感じで、存在感のある演技で表現する。
複雑きわまりない心の振幅を表現する力は、さすがである。
子を思う母の愛、母を思う子の健気な姿が感動を呼ぶ。
そして、作品上で全体のトーンを決めているのは、子供のトレンブレイではないか。
ジャックの語りで始まるレニー・アブラハムソン監督のこのアイルランド・カナダ合作映画「ルーム」は、かれの眼差しと、そのあとに現れる外界の世界を丁寧に追いながら展開していくのだが、演じるトレンブレイの、才知を感じさせる一挙一動と澄んだ彼の眼の輝きが、たとえようのない救いとなる。
圧倒的に迫りくる外界、彼の目に飛び込んできた高く青い空の果てしなさ、必死の眼差し、恐怖と恍惚をたたみかけるような演出が観客を惹きつける。
風の強さ、光の眩しさとともに・・・。
社会復帰を目指そうとするジョイが直面する新たな苦悩、それと並行して息子ジャックが未知の世界を発見していく様を、カメラは丹念に映し出している。
子供心の脅えと好奇心にまで、ジャックの眼差しは痛々しい情感をたたえ、一方母親の鬼気迫る闇と・・・、大きく見れば二人の脱出から解放へ、希望から再生へと、映画は、被害者たちの傷ついた心に寄り添いながら、二人が遠ざかっていく後ろ姿をとらえて、見事なラストである。
演出も演技も優れている。
巧みで、驚きの作品である。
[JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点)
次回は中国映画「山河ノスタルジア」を取り上げます。