2012年、映画の撮影現場でテオ・アンゲロプロス監督は、オートバイにはねられて急死した。
これは、過ぎ行きし20世紀の挽歌として撮られた、その彼の遺作である。
消えゆく世界と、人間の運命の共感は、重く、切ない。
観客は、時間と空間を飛び越えた映像に、引き寄せられる。
前作「エレニの旅」に続いて、20世紀3部作の第2部にあたる。
狂乱と動乱の二十世紀を生きたエレニという女性、そして彼女を愛し続けた男と、彼女が想い続けた男の物語である。
20世紀末、映画監督のA(ウィレム・デフォー)は、自分の両親に関する作品を撮っていた。
Aの母親エレニ(イレーヌ・ジャコブ)、母の恋人スピロス(ミシェル・ピッコリ)、イスラエルの難民ヤコブ(ブルーノ・ガンツ)と、歴史の荒波の中に生きる、一人の女と二人の男の物語が綴られる。
男たちとの別離と再会、放浪と試練の舞台はめまぐるしく変わる。
Aは妻と離婚したところで、思春期の娘の精神不安定に悩まされている。
このAの現在の出来事に、彼の両親の過去が絡み合って描かれる。
エレニは女子大生だった時に秘密警察に逮捕され、収監所に送られてしまう。
その後、恋人のスピロスとソ連領カザフスタンで再会するが、二人とも逮捕され、別々にシベリア送りとなる。
そしてエレニはAを生み、姉の協力でAをモスクワに逃れさせる。
親子3人の別離と彷徨は、さらに続くことになる。
ギリシャ難民の町がある旧ソ連のカザフスタン、流刑地シベリア、ハンガリーとオーストリアの国境、モスクワ、ニューヨーク、そしてAとエレニ、スピロス、ヤコブの3人全員が再会を果たすベルリン・・・。
その再会は言葉に尽くせぬ喜びとともに人生での喪失感をもたらし、Aの娘の自殺未遂という事態まで招くのだった。
彼とても、順風満帆の人生を送っていたわけではなかった。
妻ヘルガ(クリスティアーネ・パウル)との別離を契機に、娘エレニが激しい抑鬱になやまされていたのだ。
そして、動乱の20世紀は、いままさに終わりを告げようとしていた・・・。
過去と現在を行ったり来たりするこの映画のスタイルは、ちょっと見にはわかり難い。
筋書きにも、概して脈絡がないときている。
意識の流れを描いているようなところが多い。
テーマは20世紀だ。
スターリン時代のソ連、スターリン批判、ソ連からの脱走、ベルリンの壁崩壊など、歴史的事件がいっぱい詰め込まれる。
登場人物はキャラクターが半分ぐらい描かれていて、あとは輪郭だけしか残っていない。
そんな感じがする。
二人の男の間で、激動の時代を必死に生きようとするエレニの姿が、監督Aの視点で描かれる。
前作「エレニの旅」は、ロシア革命からギリシャ内戦までを背景にしているが、その物語との連続性はない。
成長したエレニが女優を目指すという、3部作の最終作「もう一つの海」は未完となった。
ギリシャの巨匠テオ・アンゲロプロス監督の「エレニの帰郷」は、政治犯としても辛酸をなめ、激動の時代を生き抜いた、エレニという神話的な女性像を描き続けた作品だ。
その人生はいったん解体され、時代のうねりと軋みの中で再構築され、エネルギッシュな知的映像で綴られる。
時代に背を向けて傷つき、悶え苦しむ人生だ。
それは閉塞の時代を生きた、女の挽歌である。
映像が美しい。
[JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点)