徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「牛の鈴音」―老いた農夫と一頭の牛の物語―

2010-01-29 17:00:00 | 映画

ひきつづいて、このドキュメンタリーは、イ・チュンニョル監督による韓国映画だ。
それも、ドキュメンタリーらしくないドキュメンタリーに注目だ。

生きることの素晴らしさと、共に生きるものがいることの素晴らしさを伝えてくれる。
故郷、両親、忘れ去られた記憶・・・、15年の寿命といわれる牛が、40年も生きたなんて奇跡ではないか。

この作品には、ドキュメンタリーの定番であるナレーションがない。
大きな事件も起こらない。
政治的なメッセージもない。
観ているスクリーンに映し出されるのは、韓国の田舎の四季の美しさと、無愛想で頑固なお爺さん、口喧しいお婆さん、山のような薪を背負い働く、一頭の老いた牛である。
よろよろとした足取りで、荷車を引く老いぼれ牛・・・。
その‘彼’が、もうすっかり忘れていた、何かとても温かいものを感じさせるのだ。

79歳になる農夫のチェ爺さん(チェ・ウォンギュン)には、30年間も共に働いてきた牛がいる。
この牛は、40年も生きている。
今では、誰もが耕作機械を使うのに、頑固なお爺さんは、牛と働き、牛が食べる草のために、畑に農薬を撒くこともしない。
そんなお爺さんに、長年連れ添ってきたお婆さん(イ・サムスン)は、不平不満がつきない。
・・・しかし、ある日、かかりつけの獣医は、「この牛は、今年の冬を越すことはできないだろう」と告げる。

チェ爺さんは、毎朝起きたら、牛の顔を見て餌をやり、自分も朝飯を食べ、共に畑へ出ていき、帰ってきて夕飯を食べる。
そんな、単調な日々の繰り返しである。
お爺さんが、牛を手放さなければならないと知って、牛市場へ連れていく。
しかし、老いぼれた牛を安く買いたたこうとする連中に、お爺さんは腹を立て、牛を手放すことを止めた。

その時、本当に、老いぼれ牛の目から涙が落ちたのだ!
本当なのだ。
感動的な瞬間だった。
(聞くところによると、牛も馬も犬も、悲しいときに本当に涙を流すのだそうだ。)

・・・やがて、老いぼれ牛は立ち上がることもできなくなる。
お爺さんは、30年の間ずっとつけていた鼻輪を外し、鈴を外した。
ちりん ちりんと鳴っていた鈴の音が止んだ。

牛の亡骸は、土に還した。
お爺さんは寂しげだ。
横になることも多くなった。
あんたが死んだら、やっていけない。
すぐに、私も後を追うよ。
お婆さんの声は、優しく温かだった。

疲れきった現代人には、こんな生き方もあるんだなと語りかけてくる。
ひたむきに生きるということが、人の心を揺さぶるのだ。
清貧に生きることの尊さも、合わせて心に訴えてくる。
イ・チュンニョル監督の父は、いつも牛と共に畑で働いていたそうで、その父の援助で大学進学の夢がかなった監督が、自分の父親に対する申し分けなさから、この牛の鈴音を作ったのだと語っている。
この映画としては、めずらしく固定カメラの映像が多く、一見ドキュメンタリーらしくないのが成功している。

韓国映画史上、累計300万人を超える観客を動員し、ドキュメンタリー部門で初めて興行成績1位に輝いた。
感動的な小品である。