これはまた、摩訶不思議な鏡の世界へようこそ、といった壮大なエンターテンメントだ。
テリー・ギリアム監督の、イギリス・カナダ合作映画だ。
幸せとは何かという問いかけを込めて、無限大の人間の想像力が、世界を救う可能性を持つことを、いまの時代に示唆するものだろうか。
主演のヒース・レジャーの撮影半ばでの急逝で、一時は製作中止とまでいわれたが、彼の友人たちによる豪華なキャストの実現で、奇跡的に救われたいきさつがある。
人間の持つ夢のまた夢、願望を追い求めた、幻想世界を描く。
それは、めくるめく饒舌と騒擾の、常識をくつがえす、まさにスーパーファンタジックな世界だから驚く。
現代のロンドン、石畳の舗道・・・。
1000年の時を生きた、パルナサス博士(クリストファー・プラマー)の率いる、劇場仕立てのいまにも壊れそうな馬車が巡業していた。
座員は、博士の美しい娘ヴァレンティナ(リリー・コール)、彼女に思いを寄せる曲芸師アントン(アンドリュー・ガーフィールド)、頭の切れる小人パーシー(ヴァーン・トロイヤー)たちであった。
パルナサス博士一座の出し物は、不思議な鏡によって、客自身の欲望を具現化した、幻想の世界を体験できるという「イマジナリウム」だった。
博士の鏡をくぐり抜けると、摩訶不思議な迷宮が待っている。
その気になれば、世界を動かす力だってあるのに、博士は元気がなかった。
かつて博士は、“不死”と引き換えに、娘が16歳になったら、悪魔のMr.ニック(トム・ウェイツ)に差し出すというとんでもない約束をしていたのだ。
博士は、娘を守れるのだろうか。
ヴァレンティナはといえば、彼女は普通の家庭に憧れ、いつか一座から逃れ出したいと願っていた。
16歳の誕生日が近づいたある晩、ヴァレンティナは、橋の下に吊るされた記憶喪失の青年トニー(ヒース・レジャー)を助ける。
そのトニーが巡業に加わったことで、一座はにわかに活気づくのだが、そこにMr.ニックが現れ、博士に賭けを持ちかける。
鏡の向こうの世界に、先に5人の観客を‘獲保’したら、娘を渡さないでもいいというのだ。
それを聞いて、機転をきかせ、博士のピンチに協力するトニーだった。
それから、次第に彼の真の姿があらわになっていくのだが・・・。
・・・幻想の世界に入場した観客に、悪魔の歪んだ欲望の道か、博士の節度ある道かを選択させるのだ。
鏡は、魔法の鏡だ。
鏡をくぐり抜けると、迷宮が待っている。
トニーは、次から次へと女性客を鏡の中へ誘導していく。
実は、もうこの時トニーの記憶はほとんど戻っていた。
そして、橋の下で自分を殺そうとした男たちの姿に気づいた彼は、客と一緒に鏡の中へと逃げ込んだ・・・。
めまぐるしく変わる舞台、饒舌なドラマの展開、荒唐無稽なバラエティのような騒がしさだ。
トニーに変身する男たちの、変わり身に気づく暇もない、ドラマのテンポに遅れそうだ。
どこまでが現実で、どこからが幻想なのか。
鏡を抜けるたびに顔が変わる、謎の青年トニー・・・。
彼を演じたヒースと、ジョニーデップら3人の友人たちの演技も見逃せない。
変幻自在、欲望を映す迷宮「イマジナリウム」をかけぬける、トニーの正体は誰なのか。
トニー役のヒース・レジャーが、撮影半ばで急逝したことから、客と、トニー自身と、ヴァレンティノの三人の願望を形にしたトニーを、ジョニー・デップ、ジュード・ロウ、コリン・ファレルらが演じていて、もう誰が誰だか分からないほど賑やかなのだ。
これは、人間の欲望、願望を描く、奇跡の世界というか、異次元の幻想世界なのである。
テリー・ギリアム監督の作品「Dr.パルナサスの鏡」は、現代のロンドンを行く旅芸人の一座をめぐる、世にも奇怪なブラックファンタジーというべきか。
妖しい幌馬車、ファンタジックな衣裳、趣向の限りをつくした世界観に加えて、不死を得た老人や悪魔、そして、彼らをとりまく人たちの皮肉な運命に、何やら奇抜と風刺と諧謔が絡み合って、しばし、この騒然とした映像世界に翻弄されっぱなしとなる。
まあ、登場人物たちの熱き気迫の伝わってくる、話題作ではある。