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徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

「かわいそうなくらい、苦労しているんです!」

2008-04-11 16:31:22 | 寸評
福田総理と民主党小沢代表の、党首討論が行われた。
討論は真っ向から対立し、福田総理の嘆きとぼやきに終始した内容だった。
さしもの委員会室でも、福田総理の泣き言に、失笑に包まれたようだ。
この討論、一国の総理の討論としては、醜態をさらして、今の政権の情けなさを見せつけた。

国会が機能しないのは、何故だったのか。
自民も民主も、よく考えないといけない。
ただ、政治の混乱の元凶は、自民党にある。
自民党が蒔いた種だ。

そもそもが、選挙の結果、民意で過半数を制した参議院の野党が、与党と対決するのは、議会制民主主義として当然のことだし、福田総理が野党の抵抗に困って、苦労していると言うなら、辞めるか、衆議院を解散して、どちらが支持されるか、民意を問えばいい。それだけのことだ。
こんな簡単な話はない。
それをしないで、国の最高指揮官が泣き言を並べたところで、何の解決にもならない。
ただただ見苦しい。

前回の、何とも頼りない党首討論からすれば、、今回は、政権に揺さぶりをかける民主小沢代表の心変りも明らかで、福田総理もそのことを批判した。
あのときの、二人の大連立構想は何だったのか。
ついこの間まで、想像もつかなかった変化が、政治の舞台で相次いでいる。
なかなか進まない、「ねじれ国会」への恨み節をよそに、ガソリン暫定税率が失効して、スタンドで満タンに入れるとガソリン代が1200円も安いと、ユーザーは大喜びだ。
これだって、久しぶりの減税である。
先頃、定率減税を召し上げられたお年寄りには、してやったりの思いだ。

既成の古い秩序(?)に乗って、自らの地位保身や利権に関わる人たちが、国民多数の抵抗勢力になるという構図が見えてきた(!)。

奇しくも、参議院の「ねじれ」が、国民を政治に近づけることになった。
それによって、積年の自民政権の「ウミ」が一気に噴き出した。
国会の空白や停滞はあったにせよ、その意味では、この「ねじれ現象」はまことに大きな改革の「意味」をもたらしたといっていい。
ある意味では、民主党の成果でもあろう。

財務省役人の天下りは認めないとして、日銀副総裁を民主党は不同意にした。
自民党は、党利党略だとして怒り狂っているらしいが、実際に財務省幹部の天下り人事は、目に余るほどひどい。
天下りが、財務官僚の既得権益になっていることは、まぎれもない事実だ。

ノーパンしゃぶしゃぶ騒動以降、財政と金融の分離ということが言われ、財務省は一時鳴りをひそめていたけれど、どっこい完全に復権している。
財務省の天下りリストを見てみると、これがまた凄まじい。
大手銀行、証券、生保といった、自分たちの所管業界だけでなく、予算を握ることで他の省庁にまで影響力を及ぼし、あらゆる業界に天下り先を確保している。
宇宙開発や、原子力研究所までもですよ。

そして、実にしたたかに、財務官僚たちは、公取委や金融庁といった重要なポストに返り咲いて、日銀の総裁ポストを自分たちの復権の総仕上げにしようとねらっていたわけだ。
財務省の天下りがなくならないのは、霞ヶ関で絶大な権力を握っている証拠だ。
民主党の幹部でさえ、「本当は、財務省を敵に回したくなかった」とテレビで本音をもらしている。
敵に回すと、何をされるか分からないからだ。
日銀人事は、財務官僚四人も蹴った小沢代表も、覚悟の上のことだろう。
その小沢氏が、そうした財務官僚の既得権益をなくそうとした意義は大きい。
民主小沢代表の余裕の対処が際立った、党首討論だった。
福田総理の泣きに、まるで総理の泣き言が、
 「俺の気持ちも、少しは分かってくれよ」と、昔の未練にすがる嘆きともとれる一幕であった。

党首討論の翌朝のことだった。
いつも乗るバスで、いつもの二人の女子学生に会った。
一人はいつものように、化粧をしながら話していた。
 「ねえ、ニュース見た?」
 「何の?」
 「福田首相と、あの民主党の小沢さんの討論よ」
 「あ、見た、見た。両親が見てたので、あたしも見た」
 「あれさあ、総理大臣がさあ、何だか目下の人にぺこぺこ頭を下げてるみたいだったよ」
 「そう言えば、そうだね」
 「何をお願いしてたの?」
 「権利の乱用をしないでって、怒ってるのよ!」
 「そうよ。福田首相は、自分はかわいそうなくらい苦労していますって、言ってたわ」
 「泣いてた?」
 「まあ、涙声みたいだったわよ」
そう言うと、彼女はまたぺたぺたと化粧を続けた。
もう一人の女子学生も、眉毛をひきながら、鼻先でふふんと笑って言った。
 「まあ、日本の総理大臣て、その程度なのよ。みじめったらありゃしないわ。要する
 に、あれが、日本の政治の姿なのよ、ねっ!」
と、ほ、ほ、ほ・・・!

 猛烈な強風と雨をもたらした、春の嵐が去っていった・・・。

    花に嵐のたとえもあるぞ
    さよならだけが人生だ。
                ( 井 伏 鱒 二 )


頑迷固陋ー暫定税率はどうなる?ー

2008-04-06 12:45:00 | 寸評

景気が悪化している。
株価がどんどん安くなる。
社会不安は増大している。
国政はマヒしている。
・・・国民は、ひたすら耐えている。
福田内閣の支持率は25.6%を切ったと言うではありませんか。

ガソリン代値下げは現実となり、道路国会は次のラウンドに突入した。
今月末、暫定税率復活(?)の衆議院再議決が待っている。
さあ、ガソリン再値上げに踏み切るのか、どうか。
早くも、自民、公明与党内部には、「造反」の動きも出て来ている。
その数、百人を超えた(?)とも言われているが、果たして・・・?
そうでなくても、値上げラッシュの中、ガソリン代まで再び上げる気かと、庶民からは嘆きと怒りの声が聞こえてくる。
造反が出て当然である。

道路特定財源は、自民党の血液であり、動脈だ。だから、やっかいなのだ。
福田総理の、09年度からの「特定財源の一般財源化」と言うツルの一声は、そう簡単に実現できるものなら、とうの昔にカタがついていただろう。
黙っていても、特別会計に10年で59兆円もの財源が転がり込み、それを国会のチェックもなく、道路建設だけに使える特定財源の仕組みは、根本から見直した方がいいに決まっている。
一般財源化すれば、使途が透明になり、マッサージチェアや慰安旅行に横流しもできなくなるし、福祉や教育にだって予算を分配できる。
だが、うまみがありすぎるからこそ、道路族と道路役人は、道路財源の利権を絶対に手放さないのだ。 
それこそ、自民党が壊れなければ実現不可能な荒療治だ。

世論を味方につけた小泉元首相ですら、道路族の抵抗に屈して妥協に走り、ほとんど手がつけられなかったではないか。
安倍前首相は、触ろうとしただけで、猛反発を招いた。
支持率が低い上、道路族に担がれて誕生した福田総理が、党内の反対を押し切って、まとめられるわけがない。
本気でやると言うなら、もっと早い段階で提案し、国民の前で堂々と議論するのが筋というもので、突然切羽詰ってから打ち出したとて、どうなるものでも・・・。
福田総理は、一般財源化について、閣議決定もしていないし、自民党内の総務会の決定だって経ていない。理由は、党内がまとまらないことを知っているからだ。
まるで「担保」のない、総理個人の発言など信用に足らない、空手形なのだ。
前向きに検討する、などと言う言葉に、幾たび国民は騙されてきたことか・・・。
出来なければ、それでお終いだ。
福田総理の発言を、「歴史的な英断だ」と言って持ち上げる、マスコミも如何なものか。
本当に、罪作りな話だ。

今月27日、福田政権になって初めての国政選挙となる、衆議院山口二区の補選が行われる。
ここで、暫定税率維持の是非が問われるが、自民党が落とせば、ガソリンの再値上げは難しくなる。

ガソリンの値下げを待って、スタンドに行った人は、定量の給油で料金が安くなったのを、素直に喜んでいる。
スタンドの係員も、特に困っている様子はない。
福田総理は、国民生活が混乱に陥ると言った。
何が、混乱したか。
麺類、醤油、ビール、電気料と、値上げラッシュの中で、ただのひとつも値下げとなれば、小さいながら明るいニュースだ。
値下げによる、国民の混乱などない。
値下げは、「善政」なのだから。
それを、また元に戻すようなことは、厳に謹んで欲しいものだ。

国民のガソリン税を、湯水のように浪費したあげくに、マッサージチェアまで買い込んで、その怒りを買って暫定税率が廃止されたのだ。
国交省は、反省しているのだろうか。
暫定税率が廃止になった4月1日以降、全国で次々と道路工事がストップしていると言う。
税金が入らないのだから、仕方がない。続行して欲しいなら、与党の再議決に賛成すればいいというのが、国交省の言い方だ。
その結果だろうか、47都道府県の7割までが、新規道路事業を一部凍結したり、入札決定を保留したり・・・。
4月27日の、山口二区の衆院補選をにらんで、全事業がストップしている状態だ。
国のサジ加減ひとつで、どうにでもなるという見せつけだ。
工事中止で、悲鳴を上げる県の道路関連団体が中心になって、道路は必要だ、道路を作ろうというローラー作戦が始まっている。

道路特定財源をもらえないと、地方は困る。
それはしかし、道路を作れないからではない。
借金が返せず、刻一刻、夕張市と同じような状態に追い込まれてゆくからだ。
地方の景気を刺激するためと、身の丈を越えた公共事業を抱えた結果、道路特定財源の8割から9割を借金返済に回している。
このままだと、地方は何処もかしこも借金まみれになる。
この機会に、土建業者を支える利益構造にメスを入れることこそ先決なのだ。
だから、そのためにも、野党は山口補選の与党勝利を許すことは出来ないわけだ。

福田総理は、腕組みをして空を見上げ、弱々しい声で、ぽつりと呟いた。
 「・・・困りましたねえ」
桜の花びらが、はらはらと風に舞っている。
桜吹雪である。
あたかも、散りぎわを知っているかのような・・・。


四面楚歌ー裸の王様ー

2008-03-30 16:01:38 | 寸評

春風駘蕩、のどかな花霞の風景の向こうから、風に乗って聞こえてくる。
それは、呟きともぼやきともとれる、嘆きの声のようであった。
 「困りましたねえ」
孤立無援、日本国国家の最高責任者、裸の王様の声は枯れて、弱々しく、力がなかった。
聞こえてくるのは、幾度も聞かされた、この言葉ばかりである。
 「困りましたねえ」

先頃の、あるテレビ局の世論調査によれば、発足時60%あった福田内閣の支持率が24.7%にまで落ち込んでしまった。
これは、驚愕の事実である。
この内閣を支持しないと答えた人は、53.2%と言うから、これはもう政権の末期症状だ。
「死に体」内閣と言ってもいい。

国会が大きく揺れている。
自民党迷走、漂流する福田政権・・・。
年金、防衛省、日銀、暫定予算等々・・・、あまりにも失政、失策が目につくこの頃だ。
大新聞も、政府、内閣の明らかな無能、無策を真正面から叩いている記事にお目にかからない。

最近になって、道路特定財源の一般財源化が言われ始め、4月からガソリン代の25円引き下げは現実的となった。
25円安くなれば、これとて福田政権の無為無策に窮々としている国民からすれば、願ったりかなったりだし、車を足に使っている地方の生活者は大助かりである。
しかし、これだって衆議院で再可決をすれば、また値上がりすると言うではないか。
いくら憲法で保証されている手続きだからといって、あの奇策をまた使うというのか。
(町村官房長官は、下げた価格を、また値上げさせてくれなんて言っています!)
さあ、一体どうなるのだろう・・・。

国民はうんざりしている。
政権は脳死状態で、国会は機能していない。
世論調査を気にしていたら、政治なんか出来ないと権力者は平然と言ってはばからない。
東京都知事や、神奈川県知事までもが、吐き捨てるようにそう言っていたが・・・。
有権者をどう思っているのか。
「民意」はどうなるのだ。

この時期、国会を解散したり、総選挙に打って出たいと思っている与党議員は皆無だと言われる。
どうして、国民の声を聴かないのか。
国民の信を問わないのか。

道路特定財源と言うのが、政治腐敗の恐るべき元凶の筈だ。
与党の政治家(とくに道路族議員)は、選挙区に道路工事を引っ張ってくることで、地元企業にカネを使わせ、その企業から票とカネという、美味しい美味しい見返りを頂く。
道路役人は、その間に入って上手に立ち回り、道路関連企業に「天下る」わけだ。
だから、絶対にやめられないのである。
政治家への還流は、企業からだけではないようだ。
道路特定財源から、トラック業界の政治団体が、石原元国交相や古賀誠、二階俊博ら道路族に金が渡っていた実態も明らかになった。(赤旗)
要するに、あの手この手で、道路財源を食い物にしているのだ。
こうした「利権」のことなど、おくびにも出さない。
それで、福田総理までが、
 「道路特定財源を廃止すれば、2兆6000億円が予算から消えてしまう」
 「地方は、社会福祉や教育予算を削らざるを得なくなる」と言って脅し、暫定税率維持を頑として引っ込めようとはしないのだ。
そもそも暫定、暫定というけれど、34年も続いている暫定予算て何ですか。
責任は政府にあるはずなのに、都合の悪いことは野党になすりつける・・・?!
「暫定税率をこのまま続けて、道路整備に使うべきだ」と考えている人は、国民のわずかに9%で、大多数の人は反対しているのです。

・・・次から次へと、津波のように押し寄せる難題に、福田政権はアップアップしている。
政治家たちは、誰もが、いまこの国の国民生活の危機をどうするかより、自分たちの都合とか、党利党略しか頭にない。
無責任きわまりない、あきれた政権政党だ。

自民政権の評判の悪さは、いまに始まったことではない。
顔が悪い、口が悪い、性格が悪い・・・のだそうである。
幹事長、官房長官、総理大臣の三人が、距離を置いて、何やらお互いの顔色を窺っている様子がよく分かる。
しかし、腹の底は分からない。
話していることが、とてもいやみに聞こえることから、近頃では「イヤミ三兄弟」と言う人もいる。
これまでの、日本国の最高指揮官の政治判断に誤りはないのか。
あるとすれば、それを正そうとする人はいないのか。
頑迷固陋の人々よ・・・。

参議院の野党支配が続く以上、福田政権は追い込まれていく。
福田総理本人は、不退転の決意で、道路特定財源の一般財源化を表明したのだろうが、暫定税率廃止までは踏み込めなかったではないか。
民主党からは、何も評価されなかった。
それどころか、与党内から「首相の独走」」と、批判の声もわき起っている。
党内でも、裸の王様を露呈してしまった。
だって、幹事長は勿論、自民党の幹部でさえ、今回の福田総理の、会見の中身を知らなかったのだから無理もない話だ。
突然の、総理単独の会見に、「もしや辞任では?」と思ったが、そうではなかった。
福田総理の新しい提案で、事態が大きく動くわけでもなく、指導力のなさだけがクローズアップされる会見となってしまったようだ。
自民党内にも、「もう福田総理ではもたない」という空気も、急速に広まっているようだ。

ともあれ、ガソリンは値下がりして、また値上がりなどないように願いたい。
すべては、国会の怠慢である。
いまのままでは、希望は何も見えて来ない。
春の嵐が吹き荒れるだろう。

日本の空に映える、満開の桜はあんなにも美しい。
その桜も、散る時を、知っている・・・。


「イ-ジス艦よ、何故だ?!」ー弛みきった自衛隊(続)ー

2008-02-25 21:30:00 | 寸評

イ-ジス艦衝突事故の、被害者父子は見つからない。
事故発生から、はや一週間になる。
荒天もあって、僚船による独自の捜索は打ち切られた。
関係者の表情には苦渋と焦燥がにじむ・・・。
前々回のブログ(2月22日付)で、まぐろはえ縄漁船「清徳丸」とイ-ジス艦「あたご」の事故のことを書いた。
敢えて、もう一度同じことを言いたい。

衝突事故が起きた時、漁船「清徳丸」の二人の父子を、イ-ジス艦「あたご」は、どうして救助しなかったのか。
ずっと、そのことについて、いまも疑問を持ち続けている。
イ-ジス艦「あたご」に、救命ボ-トなどの設備(装備)が揃っていない筈はない。
小型の救命ゴムボ-トも、プラスチック製のボ-トだって、有事の際のために装備されていると言われる。
それなのに、今回それらの一隻も救助に出ていない。
衝突事故を起こしたら、直ちに救助活動に入るべきではなかったのか。
何故、救助活動に入れなかったのか。
何をおいても、人命最優先ではなかったのだろうか。

真冬並みの夜明け前の海では、投げ出されたら5分で死ぬということは、船に乗る人たちの常識になっている。
しかし、“救助”が始まったのは、事故が起きてから、何と1時間41分も経過してからだと言うではないか。
一体、それまでの時間、イ-ジス艦は何をしていたのか。
300人もの乗組員がおり、艦橋には10人の見張りがいて、最新鋭の設備を誇るイ-ジス艦は、小さな漁船から放り出された父子二人の命さえ助けることも出来なかったのか。
親族の怒り、悲しみは余りある・・・。
父子が海に投げ出された時、すぐに救出に出ていれば、二人は確実に助かったのではないか。
いや、絶対に助かった筈だ。
だが、イ-ジス艦は何をしたと言うのだ。

イ-ジス艦「あたご」は、漁船「清徳丸」との衝突の危険性に、気づく機会が十分にあったにもかかわらず、衝突の回避措置を取らなかった。
しかも「あたご」は、「清徳丸」と衝突したこと自体、しばらくの間気づいていなかったのだ。

さらに驚いたことがある。
イ-ジス艦「あたご」の乗組員は、「清徳丸」に気づいてもなお、「ぶつからないだろうと思った」「こちらは大きな船だから、向こうが避けるだろうと思った」などと、とんでもないことを言っているのだ。
だから、弛(たる)みきってると言うのだ。
「あたご」の艦長ら乗組員の記者会見はないのか。どうしてないのか。

分からないことが多すぎる。
どう考えても、救助出来るはずの救助が、直ちには、なされなかったと言うことだ。
これでは、助かる命も助かるまい。
声を大にして、イ-ジス艦の艦長に聴きたい。
 「何故だ?」
艦長は、事故直前まで、別室で寝ていたと言うではないか。
それでは応えようもないか・・・。
もはや、「職務怠慢」のそしりは免れない。
言語道断である。
そして、重ねて言いたい。
防衛大臣の責任はきわめて重大だ。

・・・この事故の一報が官邸に届いた2月19日、防衛省も漁協も被害者親族も、関係者は皆情報の収集やら対策に翻弄され続けた・・・。
房総半島沖では、夜を徹して,漁師仲間による必死の救出作業が続けられていた。
一方、その夜、時の福田総理は、東京赤坂の高級料理店で、好きな高級日本酒をぐいぐいとあおり、一人前15000円もする高級中華料理に舌鼓をうちながら、終始饒舌でご機嫌であった・・・。


「あゝ、清徳丸」ー弛みきった自衛隊ー

2008-02-22 17:00:00 | 寸評
春まだ浅く、冷たく暗い海で事故は起きた。
マグロはえ縄漁船「清徳丸」は、海上自衛隊の巨大なイ-ジス艦「あたご」と衝突、漁船は真っ二つに割れて、海に沈んだ。
「清徳丸」に乗っていた父子は、行方不明のまま、まだ見つかっていない。

 「せがれと孫を、生きて帰して下さい」
親族は、涙声で訴えた。
楽しかるべき一家の団欒は、何処へ・・・。
家族の幸せの日々は戻ってくるのだろうか。

二十年前の、潜水艦「なだしお」の事件の教訓は、生かされなかったのか。
排水量で1000倍以上、ダンプカ-と三輪車ほどの開きがある、海上自衛隊のイ-ジス艦と漁船「清徳丸」が正面からぶつかれば、全長わずか12メ-トルのプラスチック船はひとたまりもない。

「イ-ジス」とは、ギリシャ語で「万能の盾」を意味するのだそうだ。
この日本の「盾」は、漁船に乗っていた二人の生命を守ることも出来なかったのか。
目前に、巨大な「軍艦」が迫ってきた時、小船に乗っていた二人の戦慄の恐怖は、想像に余りある。
胸が痛い。

漁船「清徳丸」は、直進してくるイ-ジス艦から逃れようと、必死で回避措置をとったが、間に合わなかった。
イ-ジス艦の回避措置は、衝突の1分前だとも・・・。
この時まで、300人もの乗組員がいながら、イ-ジス艦「あたご」は何をしていたのか。
事故当時、救助措置すらとっていなかったのではないか。
建造費1400億円の、最新鋭の装備を誇る日本のイ-ジス艦が、威風堂々と、小型漁船を蹴散らすように、我が物顔で日本近海を航行している。
イ-ジス艦の乗組員は、事故発生時一体何をしていたのか。
事故だと気づかなかったという説もある。
何故だ?
官邸だの、防衛省だの緊急連絡も勿論だけれど、人命救助はどうしたのか。
何よりも、人命優先ではなかったのか。どうして、直ちに救助措置をとれなかったのか。
艦橋には10人の見張り員がいたというが、寝ぼけまなこでぼんやりしていたのか。
ちゃんと真剣に目配りをしていたのか。
何のための見張りなのか。

海上自衛隊が、目の前を通る小さな漁船すらよけることが出来ないで、そんなことで国家の防衛が出来るのだろうか。
自衛隊は弛(たる)んでいる。驕りがある。
最近、緊張感がなさ過ぎるとの批判噴出もうなずける。
これでは、日本の国防が思いやられる・・・。
防衛大臣の責任は重大である。
「清徳丸」の父子のことを思うと、何とも痛ましい。
 「寒いよ。寒いよ・・・」
・・・どこからか、本当に二人の声が聞こえてくるようだ。


犯人は誰だ?!

2008-02-12 05:30:00 | 寸評

 「日本食品は、偽造、偽装で信じられない」
 「中国食品は、毒入りよ」
 「全くどうなっているのかしら」
 「こんなことでは、安心して何も食べられなくなってしまう」
 「うちでは、子供たち、食べてしまったわ」
 「安くて、手軽だから・・・」
 「止めたほうがいいわ。命には代えられないもの」
中国毒入り餃子事件・・・、日本中が大騒ぎになった。
幼い子供が、危うく一命をとりとめた。

「メタミドホス」「ジクロルボス」・・・、何とも聞きなれない物質だ。
「メタミドホス」なる毒物の混入した餃子を食べ、体調不良を訴えた人は全国で2000人を超えたという。
そしてまた新たに、これとは別に、「ジクロルボス」が同じ商品から検出され、基準値の1000倍以上の数値であることも分かった。
毒入り餃子事件の発覚から、十日余りがたった。

農薬が検出された、中国・天洋食品製の冷凍餃子2商品の回収がはかどっていない。
同じ製造日の27,000袋余りが何と未回収だと言うではないか。
どうなっているのだろう。
回収もままならないと言うことは、すでに消費者が食べてしまったか、自分で廃棄したのだろうか。多分そうかも知れない。

有機リン系の「メタミドホス」と言う農薬は、中国では1本75円位で誰にでも手に入るし、濃度のことなど関係なく、平気で殺虫剤(或いはそれ以外にも?)として使われていると言う。
この農薬が、製造過程のどこかで、「人為的に」「故意に」何者かによって混入された疑いが強いとみられている。

これほどの大騒ぎをふまえて、民主党は、中国産加工食品の輸入禁止について検討するように、福田総理に申し入れたが、今は、中国側の捜査の成り行きを見守っているにすぎない。
日本国の指導者たちは、国民の「食」が危機に曝されているというのに、どこかいたって悠長に見えてならない。
今の自民政権は、福田総理も閣僚も、中国の顔色を窺う親中派が多い。
そのせいか、政府・与党は強行措置に踏み切れないのか。
輸入商社や食品メ-カ-への配慮だというのか。
・・・最近になって、中国は、この事件について、一部の異端分子が起した可能性も否定できないとも言っている。

中国では、農薬については、これまでも幾度も国内で話題に上ったことはあるそうだ。
大新聞は報じていないようだが、江蘇省の太倉市では、1997年頃から数年間にわたり、「メタミドホス」による中毒事故が700件近くも起きて、210人前後が死亡したことが明らかにされている。
当時、相次ぐ死亡事故で、この農薬の使用、販売が禁止された経緯がある。
これはもう、単なる殺虫剤ではない。殺人剤だ。
怖いのは、「メタミドホス」ばかりでなく、中国全土では、農薬による中毒患者だけで年間50万人、死者は毎年1万人以上にのぼるという怖ろしい調査結果もある!!
このことが事実とすると、衝撃的な数字である。
怖ろしいことだ。
・・・仰天である。濃度の強い農薬を、あまりにも野放図に使い過ぎる。

中国事情に詳しい評論家は、こんなことも言っている。
 「毎年、1万人の死者というのは、不思議でも何でもありません。私が香港に住んでいた90年代初めも、毎月のように農薬中毒による死者が出ていました」
そんな国との親密(?)な関係を維持しつつ、日本の水際作戦は効を奏さない。

先日も、新聞に、中国の冷凍枝豆を一粒食べただけで、気分が悪くなった人の話が出ていたし、輸入小麦を使った食材を口にして、喘息に似た症状を訴えた人もいる。
もっともな話である。
まあ、当たり前のことだけれど、米や野菜は有機栽培のものを選んで、調理には農薬を徹底的に洗い落とすことに気を使うことが必要だ。

中国製餃子の中毒事件を受けて、「中国製食品に不安を感じた人」は94%、そして「今後中国製食品は利用しない」という人が76%を占めることが、共同通信の世論調査で分かった。
さらに、この毒入り餃子事件に対する、日本の行政については、過半数が「全く責任を果たしていない」としている。
同感であります。

中国食品の買い控えもあってか、商社の倉庫には在庫が溢れているそうだ。
事件の捜査は、核心に迫っていると言われるが、一刻も早い解決を望みたい。
一体、誰が、何の目的で起したのか。
犯人は誰だ?
当分の間、日本人は「食」の脅威から、自らの身を守るしかないようだ。


ガソリン税が役人の遊興費だって!!

2008-02-01 18:00:00 | 寸評

そんな馬鹿な話ってありますか。
それがあるらしい。いや、あるんですって・・・。
だから、ふざけた話です。
巨大な道路利権の闇の底で、がさごそと強欲にうごめく不逞の一族・・・。

ガソリン税などの、暫定税率の期限を延長しようとする「つなぎ法案」が、一転撤回され、与野党の全面対決は土壇場でひとまず回避された。
まあ、ここは素直にこれでよかったという思いがする。
これで、民主党が目指した、期限切れによるガソリンの値下げは実現しない見通しとなった。
民主党は、値下げを突破口に、衆議院解散を目指していたが、戦略の見直しを迫られることになった。

世論の8割までが、暫定税率は廃止すべきだと答え、維持すべきはわずか2割だった。
これを、あの三分の二の数の横暴の「奇策」でまた強行裁決していたら、国会は大混乱になっていただろう。

ここで、仕切り直しである。
暫定税率のことは、単にガソリンの値段を上げるとか下げるとかの話ではなく、この裏には、10年間で59兆円もの巨額の金を投入するという、政府の道路整備計画がある。
こうした問題を、これまで一体どれだけ議論したと言うのだろうか。
まだ、議論のスタートに立ったにすぎない。
衆参ねじれ時代の、合意のためのルールをもっともっと探っていかなければ・・・。

道路、道路と言うけれど、整備されていく道路が本当に必要かどうかだって極めて怪しい。
59兆円もかけて、総延長2900キロの高速道路や国道を建設すると言ったって、これも道路族の道路だ。
東京から1500キロ離れた、沖縄の那覇までの道路を2本建設するようなものだ。
この中には、久間道路、額賀高速、二階バイパス、青木トンネルなど、、地元支持者たちが自民党政治家の名前で呼ぶ「政治道路」がいっぱいあり、どれもこれも利権まみれではないか。

道路特定財源の2割は、道路整備以外に使われていると言われる。
これにも、自民党の政治家が群がっている。
道路整備に充てられるとされる税金でさえもが、いい加減に使われているのだ。
役人の住む住宅や、卓球のラケット、碁石、将棋盤、サッカ-、フットサル、ソフトボ-ルの道具一式から、ゲ-トボ-ルの球にいたるまで、“遊興費”に消えていると言う。
これらを、道路事業に必要な経費だと、誰が思いますか。
役人の宿舎は3DKで、東京世田ヶ谷 あたりで家賃3000円前後だと言う。
普通の賃貸で、10万円はする地域です。
役人たちは、乗用車も多く購入していて、全国に1000台近くあるそうだ。
その多くは、300万円以上もするハイブリッドだと言うが、そんな高級車で誰が工事現場へ行くのかな。
出先機関が、本省から来た幹部を送迎するため、使用されているとしか考えられない。

道路財源と称された、まことにあきれた「ムダ使い」は、民主党の浅尾慶一郎氏の告発でも明らかである。
自民党は、これまでも道路改革の美名のもとで、道路公団民営化の偽りに始まって、幾度も国民を裏切ってきた。
地方在住者は、ほんの一部の人を除いて、道路など望まないと言っている。
地方は、確かに過疎の窮状は身にしみているが、決して新しい道路や新幹線を望んでいるのではないと言っているのだ。
それこそ、逆にさらに過疎が加速されることを知っている。
本来ならば、道路整備で便利になるのを夢見ていたのに、道路が出来ると工場や商店が閉鎖、閉店に追い込まれてローカル線の赤字もかさむ一方なのだ。
新しい道路が出来ても、それはその土地を素通りして行くにすぎず、それこそ地元のためではなく、都市側が便利になることであって、地元にはほとんど利益は還元されない構造が作り出されていくと、嘆きひとしおである。
地元には、金は落ちない。
あくまでも、通過点に過ぎないのだ。
民主党の菅直人氏は現地視察に行って、或る道路は、車が1時間に10台しか走っていないと指摘している。
そんな道路が必要なのか。作れば、莫大な維持費だってかかる。

地元政治家(?)は、「せめても、高速道路を他県並みに」とか、「地方を見捨てるのか」と言って、しきりに中央に訴えるが、その言葉の裏に、悲惨な結果が待っていることを理解しているのかと言いたい。

国交省所管の財団法人に「道路保全技術センタ-」という、ガソリン税に巣食う天下り財団なるものがあって、ドライバ-から吸い上げたガソリン税で天下り役人を大量に養っている。
ここには、国交省の元幹部がズラリと名を連ねており、全職員190人のうち50人迄もが国交省OBという、絵に描いたような見事な天下り財団だ。
全国の道路の舗装工事や植木、水銀灯の設置などの工事に伴う、過去3年間の受注総額は、約75億円にもなるそうだ。
ガソリン税の75億円もが注ぎ込まれながら、実際には、この巨額の資金は複雑なシステムで管理され、ごく限られた一部の幹部しか自由に使うことは出来ない。
こんな財団のトップの理事長も、年間2000万円もの高額の報酬を受けているのに、「そのへんの社長より、はるかに少ない」と言い放ちつつ、ガソリン税を食い散らしている。

よくもまあ、ぬけぬけと言いますよねえ。
役人の意識を疑いたい。
国交省よ、どうして道路だけが特定財源ではなく、一般財源ではいけないのか。

物価は日に日に上がってゆく。
暮らしにくい世の中に誰がしたのか。
かたや、国民の血税を、湯水のように遊興や娯楽に使っている役人たちがいる。
目に余る税金のムダ使い、日本、こんなことでいいのか。



「キレた男に逆ギレ!?」ー携帯注意に節度?ー

2008-01-11 06:00:00 | 寸評

京都で、タンポポの花が咲いたそうだ。
まだまだ寒い日は続くだろう。
でも、冬来たりなば、春遠からじである。

・・・その女子高生は、電車の中でメールに夢中になっていた。
隣の空いてる席に、60歳代後半の男性が座った。
座るやいなや、彼は女子高生に言った。
 「おい、携帯止めたらどうだ」
女子高生は、はじめ驚いた様子で、それからすぐに恐縮して頭を下げた。
すかさず、彼女は電源を切った。
 「すみませんでした」
男性は、胸の辺りに手をあて、
 「私はね、心臓が悪くて、ここに機械を入れてるんだ」と言って、彼女の方をにらみつけた。
 「どうもすみません。すみません」と、彼女は繰り返し言った。

ところが、男性は虫の居所が悪かったのか、ことはそれだけではおさまらなかった。
彼は、女子高生に向かって、大きな声で怒鳴り始めたのだ。
さあたまったものではない。
 「近頃の若者ときたら、全くもってマナーがなっていない。いい加減にしろよな、ええ!」
 「はい・・・、すみません」
 「俺はなあ、これまで何回もこういう目に遭ってきたんだ。あんた、学生さんよ!分かるか?この病人の俺がさ、どんな気持ちか・・・」
女子高生は、あまりの声の大きさにいまにも泣き出しそうであった。
 「電車の中で、するなよ!いいか!」
男性の方はもう一方的で、繰り返し謝っている彼女の言葉に耳を貸そうとしなかった。

その男性があまりに執拗なので、女子高生は逃げるようにその席を立った。
そして、車内の隅の方へ移動した。
彼女は、男性の方を二度と振り向かなかった。

彼女にとっては、こんなことははじめてのことだった。
屈辱であった。
しかし、どうやらその男性は、これまで幾度となく同じような経験をしてきて、さすがに腹の虫がおさまらなかったらしい。
彼女は、運が悪かったのかも知れない。

その女子高生は、ひどく不愉快な想いで自宅に帰った。
そして、彼女は怒りをあらわにして、このことを父親に告げた。
 「いけないことをしたのは私だから、だからね、私一生懸命に謝った。それなのに、いつまでも私だけに怒鳴り散らして・・・。もう、許せない!」
すごい剣幕で、父親に当たった。
 「だって、そうでしょう、お父さん!」
 「お前の気持ちもよく分かるよ。その人は、何度もそんな目に遭っていて、怒りが爆発したんだろう。それが、お前に、当たったんだよ」
 「でも、あんまりだわ」
 「運が悪かったな」
 「そんなこと言ったって・・・、あそこまで切れることないわよ。年をとると、男の人って皆あんなふうになるの?」
 「いや、そんなことはないさ。誰もが短気とは限らんよ」
 「キレ過ぎよ!」
 「その人は心臓が悪くて、必死になって自分を守ったんだよ。車内のメール禁止を知っているのに、お前がメールをやっていたことが、そもそもいけなかったんだ。だからって、相手の注意がどうであろうと、こちらに非があったんだ」
 「でも、言い方があるわよ。節度がないわよ。注意する側にだって、絶対問題があると思うわ。あれじゃあ、まるで日ごろの鬱憤を、全部私にぶつけてるような怒り方だわ」
 「節度ねえ・・・」と言いかけて、父親はちょっと考え込んだ。
 「まあ、そういう人もいるっていうことだな」
 「許せないわよ、そんなの!」
 「人間はな、誰でもやさしい人たちばかりじゃないんだ」
 「・・・」
娘は、黙ったまま口先をとがらせて、まじまじと父親の方を見ていた。

父親は、諭すように自分の娘に言った。
 「マナーを守っていれば、言いたいことも言える。大体、守るべきことを守らなかったのは、お前の方だよ。お前も悪いさ。はじめにマナーありきだ・・・。どうも、いかんなあ、最近の若者は・・・」
しかし、娘は、父親の言うことが半ば理解できても、釈然としない様子であった。
 「お前が、もっと大人になって、年をとって同じような境遇にあったら、怒りたくなる気持ちが、分かるかもしれない」
年を重ねれば、その男性のように社会に不満を持つことも多くなるかも知れないと、父は言いたかったようだ。

娘は、そんな父親に反論するように言った。
 「でもね、どんなに腹の立つことがあっても、私は、相手の心に傷を残すようなことをする大人にはなりたくないわ。ああいやだ。だって、それが、人間としての最低限のマナーでしょ?」
 「・・・じゃあ、お前のマナーはどうした?してはいけない携帯でメールをしていたことは?それこそ、最低限のマナーではないか」
 「だから、それは、何度も謝ったって言ったでしょ」
 「・・・それは分かる。だが、何でも、ことは謝れば済むというものでもないぞ。それを、いやそれでも、許せないと言う人間もいるからな。甘く考えてはいけない。人は、生きてゆくために、誰もがお互いにマナーを守らなければ、片手落ちだ。節度というなら、それはどちらも大事なことだよ。そうだろう?」
 「それは、そうだけど・・・。わかってるわ、そんなこと、私だって」
 「分かっていれば、それでいいじゃないか、もう・・・」
 「・・・」
 「相手がキレたからといって、逆ギレしてどうするんだ?」
父親はそう言って、微笑みながら、娘の肩にやさしく手をかけた・・・。
 
 




「謝罪と責任」ーため息の日々ー

2007-12-29 11:15:00 | 寸評

今年も残りわずかとなり、まもなく新しい年の訪れを迎える。
この一年、いろいろなことがあった。
不名誉なことに、「偽」と言う一文字に象徴される一年であった。

そして、今年は「謝罪」と「責任」のあり方が大いに問題を提起した年でもあった。
涙の「謝罪」もあれば、傲岸不遜な「謝罪」もあった。
「責任」の所在をめぐる不透明さも際立った。

偽装食品業者、ボクシング選手、力士、芸能人、閣僚、官僚にいたるまで、不祥事による、いわゆる「謝罪」が相次ぎ、「責任」論が問われた。

人に謝るときは、相手の目を見て、しっかりとはっきりした声で、「御免なさい。申し訳ありませんでした」と頭を下げ、自分の誠意を示すことだ。
分かりきったことである。それが、なぜ出来ぬのか。
謝罪とは、自分の過ちを認めて謝ることだ。
その自分の「非」というやつを、人はなかなか認めたがらないようだ。
近頃は、まことに慇懃無礼な「謝罪」が目につく。
口先だけで、品位、品格のかけらも感じられない。
少しだけうつむいて、目は相手を見ようともせず、言葉はぶっきらぼう・・・、そんな「謝罪」が多いではないか。
 「・・・お詫び申し上げたいと思います」
何を思おうと、思うのは人の勝手であり、自らの態度で謝罪の意思を示さなくては、そんなものは謝罪ではない。
著名人の「謝罪会見」なるものを見ていても、謝罪の誠意というものがおよそ感じられない。
横柄で尊大で、相手に対しての心からの思いがあるとはどうしても見えない。
 「申し訳ありませんでした」
どうして、この一言が言えないのだろうか。
そうではなく、こんな言い方をする。
 「謝罪をさせていただかなければならないと思います」
まわりくどい言い方で、頭を下げるでもない。
ひどいのになると、相手の前で胸をはって、「謝罪をしたいと思います」である。
総理大臣、大臣、知事といった名誉や地位の高い人ほどそうなのだ。
それほどまでに、人前で頭を下げるということが抵抗あることなのだろうか。
どんなに偉くなっても、礼節を忘れない人間であってほしいものだ。

 「申し訳ありませんでした」
 「お詫びの仕様もございません」
今年、謝罪の言葉を聞かぬ日はなかったと言ったら、言い過ぎだろうか。
それほど、よく聞かされた。
テレビを見るたびに、必ず誰かが「謝罪?」らしい会見をしていた。
時の福田総理もそうであった。

薬害肝炎の問題で、福田総理が「一律救済」を議員立法で決めた。
世論調査による内閣支持率の急落を受けて、重い腰を上げたのだ。
まことに、窮余の一策というのか。
多くの人たちは、白々しく感じた。
遅きに失した感は否めない。
・・・ただ、このことは、今までより一歩前進と受け止めたい。
最初、福田総理はこの件に関して、薬害訴訟の原告たちにこう言ったのだ。
 「皆さんに、お詫びを申し上げなければいけない」
それが、つぎのような言葉に変った。
 「長年にわたり心身ともに大変ご苦労をかけた。心からお詫び申し上げます」
これが、福田総理の謝罪の言葉である。
しかし、残念なことに「責任」の所在については、依然として不透明である。
責任を明確にすることのない「謝罪」である。

全員一律救済を実現する法案の骨子は固まっても、責任論となると玉虫色で、被害者の証明についても課題は残る。
本当に、「全員一律救済」ができるのだろうか。
薬害肝炎の原告たちは、それまで頑なに会うことを拒んできた総理と面談して、「やっと、被害者の生の声が届いた」として、今後の期待感を高めた。
議員立法による救済法案を被害者たちが受け入れたことで、肝炎訴訟の問題は、いずれにしても先へ進むことになる。
初めの一歩である。

・・・薬害肝炎の被害者たちは、何も悪いことをしたわけではなかった。
無策だったのは、旧厚生省と国ではなかったのか。
あなた方は、一体何をしていたのか。
その責任をどう考えているのか。
これからが正念場である。
「謝罪」は、「責任」を正しく認めてこそなされるものだ。

国民に約束しておいて、公約ではないなどと、まるで人ごとのようなことを平気で言う総理大臣がいる。
官僚を御しきれぬ、頼りにならぬ大臣が右往左往している。
半世紀も続いた、一党独裁ともいえる自民党内閣の悪弊がいたるところで噴出している。
内閣改造、衆議院解散が取りざたされている。
越年国会はどうなる・・・?

何もかもが波乱含みのままである。
陽は沈み、そして、陽はまたのぼる。
夜の明けない日はない。
来るべき新しい年、平成二十年はどんな年になるだろうか。


 


「住居侵入罪!」ービラ配りー

2007-12-25 14:00:00 | 寸評
たかがビラ配り、されどビラ配りなのである。
一審で無罪、二審で逆転有罪だ。

玄関にオートロックの付いていないマンションで、部外者が立ち入り禁止の張り紙を無視して、最上階から順番に、各戸のドアポストに共産党のビラを入れたということで、東京高裁から、二審で「住居侵入罪」を言い渡された。
このお方、普段から大変真面目な、お寺の住職さんだそうである。

・・・マンションに立ち入ったのは、せいぜい7,8分間だったそうだ。
彼は、これまで40年以上も政治ビラを配っていたと言われる。
しかも、それまで一度も立ち入りを咎められたことはなかった。
勿論、問題を起こすようなこともなかった。
しかし、住職は、住民の通報で逮捕、勾留となり、23日間も身柄を拘束されるという不名誉な事態にまで発展してしまった。

一審では、「住居侵入罪」を認めず、「無罪」となった。
ビラ配りそのことが、「住居侵入罪」を適用するには、まだ社会的な合意として馴染んでいないとしたのだ。
二審で、それが覆ったわけだ。
・・・とすると、ピザや不動産のチラシとかはどうなるのか。
あれは、犯罪ではないのか。
どうも、分かりにくい。
ビラ配りだけで、業者が逮捕されたと言うことは聞いたことがない。
ビラ配り(チラシ投函)に、目くじらを立てる必要があったということか。
限られた政党の、主義主張を訴えるビラだからだろうか。
しかし、ビラの内容が問われたわけではなく、住居区域へ侵入したことが罪になった。
この行為が、「刑罰」を科されるほどの罪状となるのか。
そんなに、悪質な行為なのか。
「ビラ配り」は犯罪なのか。

二審の高裁は、マンションに立ち入ったことについて、他人の財産権を「不当に侵害」したとして、「住居侵入罪」を言い渡した。
人の住居に断わりもなく立ち入ってはならぬ と言うわけだ。
それはそうだ。
確かに、筋の通った話だ。
この住職は、勾留期間があったから、刑が確定しても罰金を払う必要はなくなったが、それでも「有罪判決」に変わりはない。

捜査にも、問題は残る。何だか、少し怖ろしい気がする・・・。
これとは別に、自衛隊のイラク派遣反対のビラを、防衛庁の官舎で配って住居侵入罪に問われた、市民団体の三人が有罪判決となった例がある。

マンションのビラ配り、二審判決は、特定政党の主義主張を訴えるビラを配れば、警察に逮捕され、有罪判決を受ける恐れがあることを示した判決だった。
表現の自由への目配りは・・・?
こうした判決が相次いでいる実情は、何を物語っているのだろうか。

高裁はこう言っている。
 「憲法は、表現の自由を無制限にに保障してはいない。公共の福祉のためには制限されることもある。だから、たとえ思想を発表するための手段であっても、住民に無断で立ち入ってビラを配ることは刑事罰に値する
ふむ、ふむ・・・、なるほど・・・。

ビラ配り(チラシ投函)は、確かに住民にとっては迷惑なことだろう。
居住者の苦情にも、耳を傾けなければならない。
その内容はどうであれ、ビラ配りの強引なやりかたには、一考が必要だ。
だからと言って、そのつど逮捕と言うのは如何なものだろうか。
無断でビラを配ったかどで、手錠をかけられ、長い間鉄格子の中に収監されることになるのだ。
「犯罪者」となるのか。
常識的に考えて、どうも釈然としない。

この一件、当然、被告側は直ちに上告した。
表現の自由とプライバシーの問題、一審判決と二審判決をふまえて、最高裁はどう判断するだろうか。
最高裁が、「市民の常識」に立ち戻った、正しい判断を下すことを信じたい。

・・・週末近く、金曜日の夕方のことである。
郊外の都市機構の高層団地の前に、一台の乗用車が停まった。
車から、不動産関係と思われる、スーツ姿の若い営業社員らしい男性が降り立った。
男性は、オートロックされていないエントランスを、勝手知った足取りで颯爽と入っていった。
その手に、あり余るほどの広告ビラを抱えて・・・。
彼は、集合ポストには目もくれず、そのままエレベーターで最上階の十三階へ向かった。
エントランスの壁には、やはり「部外者立ち入り厳禁」の大きな貼り紙があった・・・。