湘南発、六畳一間の自転車生活

自転車とともにある小さな日常

苦労もあるけれど

2008年01月09日 | 日常生活
 ランドナーで鎌倉散策をした翌日であるこの日、かなりののんびりポタだったにもかかわらず体のあちこちの筋肉がほのかに熱をおびてだるく、痛かった。一度部屋に戻ってきてからのブリヂストン号での関内の二郎往復はそこそこ頑張って走ったのである程度の筋肉痛は当然なのかもしれないけれども、この日の痛みは明らかにそれだけの痛みではないわけで、ではなぜだろうと考えると結局ブログには載せなかったところで結構あれこれ苦労したからなのだと気づいた。

 一応押しや担ぎもあったけれど、とは書いたものの結局ブログに載せたのはなんとなく走って快適そうな道がほとんど。でも実際はちょこっと触れたように



 こんな階段を担いだり押し上げたり、



 下りにしたって結局乗れずにこんな階段をずっとランドナーを担いで歩いたりしていたわけで、それにそれ以外の場所でもたとえばかなり急な崖みたいなところを「ここで滑ったらちょっとまずいな」と思いながら薮を掴んで体を確保しながら下ったりもしているわけである(少し大げさだけど)。となれば上半身はもちろんのこと、下半身にも普段はかからない負荷がやっぱり結構かかっていて当然なのだ。この日はそれで普段とは違う体のだるさを感じたのだと思う。

 ただそんなふうに自転車を押したり担いだりしなくてはならない場面があっても、知らない道を探索する楽しみは僕にとっては決して損なわれない。もちろん乗れない時間があまりに長かったらちょっと困るし、実際それで嫌になってしまったこともあるけれども、このあたりの里山であれば、もともとハイキングのようなことも嫌いではないので、もしほとんど自転車に乗ることができなかったとしてもそれはそれで楽しめる。もちろん最初からほとんど乗れないことがわかっていれば自転車とともに入っていくことはしないけれども、はじめての場所で結果乗れなかったのであればまぁ仕方ないと思える。

 でもそんな苦労もあるからこそ、



 快適な道に出会うととても嬉しい気持ちになるし、



 予期せぬ素晴らしい景色に出会うとものすごく満たされた気持ちになるのだと思う。

 もっともこういったことを楽しく感じるようになったのはここ最近のこと。以前はあまり地元で楽しもうという意識がなかったこともあって、こんな感じのことはほとんどやってなかった。高校の頃に友達と三浦半島のとある山に出かけて行って、こんなことのどこが面白いんだろう?と二人して思ったこともあるので、こういったことがさっぱり理解できない人の気持ちも実に良くわかる。多分そのほうが普通の感覚なのだと思う。ほんとに。