山の記憶 (百名山・二百名山・三百名山)

山スキー、その他の山行もあります。

大山スキー 香取駐車場から歩きで (1月31日)

2021年01月31日 | ちょっとそこまで

 1月31日(日)

久しぶりのゲレンデスキー。リフトに乗ってゲレンデまで行くのではなく、歩いて行く。

 香取駐車場から、スキーを担ぎワカンで歩く。

                  香取駐車場からゲレンデを見る

             

奥に大山北壁。その手前にゲレンデが見える。ここからワカンであそこまで行く。

         川床橋から。春も近いか?

                

 ゲレンデのスキーリフトまで約1時間半くらい。雪の登りだから結構こたえる。ゲレンデに着いて人が多いのは予想外だった。しかし、考えて見れば、今日は日曜日なのだ。

                    リフトでてっぺんまで

               

 上部は、部分的にガリガリで滑るのに苦労した。ここを滑るのは何年ぶりか?ゲレンデスキーもたまにはいいが、なぜだかすぐに飽きてしまう。3度ほど滑りか下山。

          

                  

       閉鎖されたゲレンデの中を帰る。誰もいないなかいい気分でした。これで来た価値がある。

             

                  

         

    駐車場横に香取(香川県と鳥取県)の開拓の碑がある。ちょっと読みづらいかな?いいことが書いてある。

 帰り大山がよく見えた。やはり頂上からのほうがいい。

                        

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

四国八十八ヶ所札所めぐりを振り返って

2021年01月24日 | ちょっとそこまで

四国八十八ヶ所札所めぐりを昨年度と今年度と2度行った。車による遍路旅なのであまりおかげはないだろう。しかし、四国巡りは北海道などの旅と違い、別の意味で勉強になった。

 信心による旅ではなかったから、あまりあれこれとはいえないが、とにかく無事八十八ヶ所の寺院から墨書と御朱印をいただいた。軸はこの後、いい機会に高野山に参り最後の仕上げをしたい。春までには終えたいが・・・。そして、その後表装ということになる。

 先日、NHKTVが高野山特集をやっていた。高野山も、外部は見ることはできるが、内部については特別な行事の時以外は難しいはず。空海が、大師と呼ばれるようになって1200年となるそうだ。大きな催しが行われるようなら行ってみたいものだ。

 春になれば、大勢の信者はもとより観光客も押し寄せることだろうが、今年はどうだろうか? コロナが終息に向かうことを願いたい。コロナの終息に向けては、神社・仏閣で様々な祈祷や祈りがなされているようです。

朝の勤行風景   

              

 墨書と御朱印について、気づいたことがある。それは順番のこと。墨書が先か、御朱印お押すのが先かということ。どちらでもいいように思うが、お寺(担当者)によって違いがあるようです。

 まず墨をおいてから印をおく方がいいように思うけど、逆もある。印の上に墨を置くのは、見た目に美しくない。ただ、墨を先にした場合は、墨がかわいてからでないといけません。丁寧なところは、ドライヤーで乾かしてから印を押されますが、手間がかかるせいかそういう所は少ないようです。

 さて、今回の四国八十八ヶ所札所めぐりについて、まとめをしてみます。

まず、なぜ四国八十八ヶ所札所めぐりなのかということですが、若い頃から漠然とではあったけれど、年を取って体力も無くなってきたら四国八十八ヶ所札所めぐりでもしようかと思っていました。しかし、当時は山への情熱がフツフツとしていた頃で、とにかく暇があれば山でした。それも、世界的な登山ブームでもあり、世界的なアルピニストやクライマーの活躍をうらやましく思ってもいました。日頃の山は、大山(鳥取県)で季節を問わず通ったものです。縦走から始め、岩登りから氷壁、そして雪山へとほぼ順当に山に入っていくことになります。

 それから幾星霜、気がつけば定年間近。それではとりあえず「百名山」となり、百名山が終わると「二百名山・三百名山」となりました。阿南市の溝田ご夫妻と出会ったのは、百名山の中途で、その頃は確か溝田さんご夫妻の方が、自分より多く登っておられました。

 百名山、二百名山、三百名山が終わった頃、自分に取って山登りは結局「探検」ではなかろうかと気づきます。それで、探検的な要素のある山や旅に入ることになります。

 熊に出会いながらの知床最先端行きはそうした流れの中の一つ。立山から槍ヶ岳へ山スキーでオートルートもそうでした。富士山頂からのスキー滑降等々。今思うに、70歳頃までは元気でした。最近、後期高齢者の仲間入りで気力・体力とも自信がなくなりつつある中、思い立ったのが四国八十八ヶ所札所めぐりです。

                                               その1

                                             

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山とお寺 四国八十八ヶ所札所めぐり(その12)

2021年01月23日 | ちょっとそこまで

1月6日

 昨日、四国八十八ヶ所札所めぐり逆打ちで、1番霊山寺に参る。納経所で記念の数珠をもらった。本来ならこれでめでたく終了満願なのだがまだ1ヶ寺残っている。すぐ香川県に向かう。7日頃からの天気も気になってきた。

     朝1番のロープウエイに乗る。客は自分一人、ガイドの説明があるが、何をしゃべっているのかよく聞き取れ無いのは、自分の老化した聴力にもよるのだが、ガイドの発声にもよる。最近とみに耳が悪くなった。       

         終点は、さすがに寒い。薄く積もった中を雲辺寺へ。途中、五百羅漢のお出迎えがある。     

              

                         五百羅漢

                     

         下の写真は、お釈迦様が入滅されたときの様子を石像群で表したものです。

              

 納経所に入ったが人影がない。どうしたものかとしばらく待つ。トイレに行っておられたようで、間もなく帰ってこられた。

                      立派な墨書・御朱印

            

 これですべてがそろいました。後は、高野山で最後の仕上げ。高野山へは、百名山の折2度ほど行った。まさかあんな山にあんな都市があるとは・・。

 この後、一気に松江まで帰る。翌7日から、天気は荒れて、予想通り雪が降る。

                                                 続き

 

 

 

 

 

 

 

 

           

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山とお寺 四国八十八ヶ所札所めぐり(その11)1月5日

2021年01月23日 | ぶらり

1月5日

 まずは第12番、焼山寺へ。このお寺も山の上にある。案の定、途中から雪が出てきた。ただ積雪というほどでもなく、薄らと積もっている程度だから不安はない。

 焼山寺へは、駐車場からしばらく歩く。きれいに掃き清められた感じの参道を進む。途中に、仏像が据えられていて厳かな感じだ。本堂横で一鐘し虚空蔵菩薩に真言を唱え、太師堂をまわってから納経所へ入る。

 墨書に御朱印をもらい外に出てから、呼び返された。何だろうと不審に思っていたら、墨書に点を入れるのを忘れたから、軸をもう一度出してくださいとのこと。

             真ん中、梵字に指で押したような薄い感じの点が2つあります。

                 

           墨書の担当は、必ずしも住職ではない。アルバイトもおられるようです。

焼山寺を終えると、一気に山を下ることになる。この後まわるお寺は、平地がほとんどだから、時間はかからないはずだが、町中のお寺は、道が狭くどう入っていったらいいやら苦労した。

 11番藤井寺、10番切幡寺 9番法輪寺 8番熊谷持 7番十楽寺 6番安楽寺 5番地蔵寺 4番大日寺

  3番金泉寺 2番極楽寺         1番霊山寺

                

                 もくぎょうを持ったまま眠り小僧さん

                   

                     平賀源内の墓 

                 

    平賀源内の墓は、偶然見つけました。八十八ヶ所札所めぐりのお寺ではありませんが・・・。

                      酒たち地蔵

                 

 何でこんなお地蔵さんがあるのだろう? 一応手を合わせて、拝んでおいた。

                真言は おんかかかび さんまえい そわか   

             明日は、四国八十八ヶ所では最も標高の高い、雲辺寺へ。                 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大山スキー登山(その2)

2021年01月22日 | 最近の大山

小屋を出て頂上に立つ。とにかくいつも頂上から滑ることにしている。ここから、桝水側(西面)に滑るか、元谷側(北面)に滑るかは、そのときの雪質に応じて決める。ベストコンディションなら、また違うことも考えられるが・・・。

                縦走路向こうに剣が峰(大山頂上)   

               

    上の写真は大山縦走路です。本当の頂上は剣が峰。年に一度はスキーを担いで縦走するのだが、次回に回す。

                       元谷側  

               

    正面が別山で、その手前に滑るコースがある。この日は、元谷側に滑り込んだ方が良かったかもしれない。

 結局、桝水側は大ノ沢(ゼロ沢)へ入る。頂上と違い風はない。静かで穏やかで誰もいない。全くの無垢な斜面。好きなようにコース選択もできるし、急ぐ必要もな無いからボチボチ滑り下る。

                       山スキー

                 

           上を見て                     下を見て  

                    

 ほとんど滑り終えた頃からブッシュ帯に入る。これがひどくて進めない。悪戦苦闘とはこのことです。時間ばかりたち少しも進めないから横手の樹林帯に逃れる。

 なんとか桝水スキー場(閉鎖)まで降りた。

                 

 桝水スキー場も閉鎖した。山陰地方のスキー場は、近年閉鎖が多い。そういえば、今日は、誰一人としてスキーヤーやボーダーに合わなかった。どういうことだろう。

 桝水を滑り降りて、車道に出、後は歩いて大山寺までだが、かなり時間もかかった。しかし、久しぶりにいい運動になった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大山スキー登山 (1月21日)

2021年01月22日 | 最近の大山

大山頂上からのスキーは、約1年ぶりか。今年は雪も多いようすです。

 20日夜に我が家を発ち、大山南光河原の駐車場に入る。夜なので駐車場はがら空きで、人っ子一人見当たらない。

静かな夜を過ごして、翌朝目覚めてびっくりです。すぐ隣もそうだったが、駐車場の6割近くが埋められている。さらに、ほとんどの車は空です。多分、到着と同時、暗いうちにスタートしている。

                      朝の駐車場

             

 山はこうでなければならないが、今日の天候、頂上までの危険性、要する時間等々考えれば、日の出を見るという目的がなければもっとゆっくりでもいい。ただ、初心者の方は、早いに越したことはない。 

                       5合目近く

                 

快晴ではあるが、風が強い。雪は湿っぽいからスキーにはどうかと思いながら登る。

                   頂上は雪煙がすごい           

                                  

8合目の途中で、アイゼンを出す。風の影で付けようとしたが、久しぶりの着装なのか、風と寒さのせいかうまくつかない。そのうち指先も冷えてくる。気がつくと、風も少しばかり止んだようなのでやめて、またザックにしまった。

 山スキー専用の靴(兼用靴)は、登山靴に比べれば、先端が堅いから、今日のような湿っぽい雪なら、キックステップで十分です。ただ、風が強かったので用心のために着装しようと思っただけだ。

山頂上小屋 (まさにモンスター) 

                          

   小屋で一息いれて、いよいよスタート。         

                                                  つつく  

                                            

 

         

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山とお寺 四国八十八ヶ所札所めぐり(その10) 1月4日

2021年01月20日 | ぶらり

朝一番に23番薬王寺に参り墨書と御朱印をもらい、溝田さんと連絡を取り自宅へ向かう。教えられた中学校の近くでもう一度電話すると、すぐにやってこられた。

 何年ぶりの再会だろう。少し痩せられた(体がしまった)感じだったがお元気そうで安心した。自宅は閑静な住宅街といった感じですぐ前に中学校がある。船をお持ちだから、海の近くか河の近くに住んでおられるのかと思っていた。最近新しく家を建てられたようです。作業場の中には、様々な工具、機械らしき物が一杯。キャンピングカーは、以前のとは違っていた。3台目らしい。スポーツカーもあったが、あまり乗っていないとのこと。全体的に遊ぶのに忙しそうな感じを受けました。

 色々お話しして、失礼することにした。泊まって一杯やろうと誘われたけどはじめからその予定は組んでいなかったので次のお寺に向かうことにする。

 20番平等寺 19番太龍寺

              

太龍寺へはロープウエイを使うが、登山道もあり、途中までは車でも上れるとは知らなかった。溝田さんたちもたまに登られるようです。

 20番鶴林寺 19番立江寺 18番恩山寺 17番井戸寺 16番観音寺 15番国分寺 14番常楽寺 13番大日寺

大日寺を終えて12番焼山寺の近くまで来た。日も傾いていたので昨年も泊まった道の駅「温泉の里神山」で♨に入る。 

 途中、溝田さんから再度お泊まりのお勧めがあったが引き返すわけにも行かなかった。また何処かの山か、町でお会いできるだろう。

 明日はいよいよ、仕上げの日になるといいたいのだが、悪天気のためロープウエイに乗れずお参りできなかった雲辺寺が愛媛県に残っているから、もう一日余計にかかりそうだ。それに、そろそろ天候が怪しくなりかけている。松江に帰るタイミングを見ておかないと雪の中国山脈を越すことになりそう。

                                                   続く

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山とお寺 四国八十八ヶ所札所めぐり(その9)1月4日

2021年01月18日 | ぶらり

  

                  釈迦 入滅

         

お釈迦様は、北枕、右を横にしてお亡くなりになりました。紀元前のこと。釈迦は、一つ所に長く住むことはなく、教えを説きながら歩いてておられました。最後の旅は、故郷へと向かっておられたようです。

 釈迦の教えとは、「よく生きなさい」ということに尽きると中村元先生は言っておられます。

                       みくろ洞

               

               

 1月4日

 昨日、最御崎寺の後、空海が修行したと伝えられるみくろ洞を見る。みむろ洞は落石の危険があり今は中に入れません。近くに涅槃の釈迦像があり、その横に青年空海の巨大な立像があります。

 空海が修行を行った場所ではっきりしているのは、海岸に面したここ「みくろ洞」、奥深くけわしい山奥にある大龍寺などが知られています(自身の著書に書いてある)。空海という名前は、空と海の地での修行から得たと言われますが・・・。

 修行と言っても、生きていくのに基本的に必要な衣食住の確保はどうしていたのか不思議な気がします。衣と住はいいとして、問題は食です。釈迦は、午前中はお布施に歩き、午後から修行に入られたようです。1日1食が基本だったようです。

 インドでは、古くから修行者にお布施をする(食べ物などを供える)習慣があったようですが、日本ではどうだったのだろうか。

 空海も、午前中は托鉢(お布施を受ける)に歩き、午後修行に入ったのだろうか?近くに町や集落があればいいのだけれど、どうも気になります。現在のように、コンビニがあるわけでも無い時代です。

 仏経修行に乞食道というのがあります。施しを受けながら生活していくという修行です。かの漂泊の詩人山頭火は、このスタイルで各地を巡り、多くの句を作っています。

                    暮れても宿がない もずが鳴く

            

 四国のお寺には、山頭火の句碑が多い。

 3日に高知県を終え、徳島県に入る。夕刻道の駅「日和佐」着。すぐ近くに23番薬王寺がある。

4日は早朝薬王寺に参る。墨書・御朱印は7時から始まる。どのお寺も、朝は早い。この後、阿南市の溝田氏と連絡を取り、自宅へ伺う。

 溝田さんとは、山旅の中で出会った。もうかなり前のことになっているが、時折連絡を取ったりしているし、氏のブログ(阿南市 溝田で出る)はいつも拝見させてもらっている。

 日本人としては、珍しい生活をしておられる。多分、ヨーロッパ当たりでは、こんなライフスタイルは多いかもしれないと思うのだが・・。

 すごいと思うのは、旅の範囲が桁はずれていて、国内のみならず世界が相手。それも海旅がすごい。ヨットで世界の海に乗り出すということなど一般の日本人には考えられない。四国育ちだから、そんな雄大な気持ちが培われたのか・・・?

 確かに、太平洋を眺めていると、車より船がほしくなるのはわかる。考え方も広くなるような気もする。仕事はほどほどに辞めて、奥方と日々の生活を楽しんでおられる。

 溝田さんと出会ったのは、100名山の途中で、荒海山登山の時。自分は登りにかかっていたが、溝田さん御夫婦は下山の中で、何かにつまずかれたらしく上から大きな声がしてびっくりしたのを覚えている。後で、氏のキャンピングカーでお話をしている。

 自分は、荒海山の後に七ヶ岳、牡鹿岳と登った。確か七ヶ岳登山口でもほんのちょっとだが顔を合わせ、最後に出会ったのは、この日の夕刻道の駅「たじま」。

 以後、今日まで会うことはないが、身近に感じられるのはいつもブログを拝見しているからだろうか。

                                                    続く 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山とお寺 四国八十八ヶ所札所めぐり(その8)1月3日

2021年01月18日 | ぶらり

 ここで再度、墨書と御朱印について              

                    完成された軸          

               

      上は納経軸または御宝印軸(いわゆる軸)とよばれるもの、下は各寺院の墨書と御朱印

           

書き手によって、かなり違いが出ています。左は読みやすい。不動明王 岩屋寺。右は千手観音 雲辺寺 奉納の文字はどちらも読めない。

何が書いてあるのかに着いては、以前ちょっとふれましたが、分からない文字があるので、今回直接お寺さんに電話をして聞いてみました。

 この際、ここで整理をします。

 まず、墨で3つに分けて文字を書かれます。右に「奉納」、真ん中に「頭に梵字 その下が本尊名」、左に「寺院名」だそうです。そして、その上に御朱印を押されます。御朱印は、2つありますが、右が「第何番」の番号、真ん中にご本尊の印です。梵字の意味を聞くのを忘れましたが、多分ご本尊を表す密教のイニシャルだと思います。

 1月3日

 昨夜は、昨年同様、道の駅「やす」に泊まる。前が土佐湾に面して広々とした気持ちのいい駅です。高知の札所巡りも今日でおわりそう。締めは室戸岬になる。泊まりは、昨年同様、徳島県の日和佐道の駅「日和佐」。

 お昼に久しぶりに道の駅にある食堂に入る。鯨の刺身が珍しいのでこれをいただいた。鯨肉は以前、学校給食によく出てきたが、今では姿を消してしまった。

 今日は、30番善楽寺 29番国分寺 28番大日寺 27番神峯寺 26番金剛頂寺 25番津照寺 24番最御崎寺の7寺だった。

 24番最御崎寺は、室戸岬の先端にある。足摺岬の金剛福寺とは対照的。

                     本尊は、虚空蔵菩薩

             

         真言は、ノウボウアキャシャ キャラバヤ オン アリキャ マリボリ ソワカ

 虚空蔵菩薩は、十三仏では一番最後に出てこられます。ちなみに十三仏の一番目は不動明王、有名な閻魔さまは5番めで、地蔵菩薩の化身とされています。悪人には怖いが元々は優しい。

空海の異常な能力は、この虚空蔵求聞持法の修行の結果だといわれる。何でも、真言を100日間、100万遍となえるといものです。1日1万遍、10日で10万遍、100日で100万遍だ。

                                                   続く

              

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山とお寺 四国八十八ヶ所札所めぐり(その7)1月2日

2021年01月18日 | ぶらり

            字が小さくて読みづらいけど、面白いことが書いてある。

      

1月2日

 今回の札所巡りも中盤にさしかかった。いよいよ高知県に入る。太平洋側に出て太平洋を望むと、何か妙な気持ちになります。逆に、太平洋側ばかりを旅していて、日本海に出るとやはり妙な気分になる。今までの知識や経験が心に微妙な影響を与えるからだろうと思う。太平洋は漠然とではあるが「広い」というイメージで、日本海は故郷につながっているという「郷愁」のような感じがわく。

 今日は、39番延光寺からスタートして足摺岬の突端にある38番金剛福寺へ。この間が56km。高知にある八十八ヶ所札所めぐりのお寺は間隔が広いから移動時間も余計にかかる。 

                       38番金剛福寺   

                   

 金剛福寺へは車が入らない。少し手前からシャトルバスが出ていて、それに乗ることになるが自分は歩いて行く。20分くらいで着く。足摺岬は、室戸岬と並んで四国が太平洋側に突き出る代表的な岬だ。灯台もあり地図で見ていると何かワクワクしてくる。この気分は何だろうと思う。他国のイメージが広がるからだろうか。

 ただ、岬の灯台としては迫力に欠ける。島根県の美保関灯台や日御碕灯台の方が遙かに見栄えはいい。今の灯台は大体が役割を終えているのが残念な気がする。灯台の歴史には、言い尽くせない様々な物語があったことと思うが・・・。

 足摺岬の突端はぐるりと回れるように道路もついているが、車が入れないのはどうしてだろう。お寺参りの車は入れないのか、それとも通過するだけならいいのかよく分からなかった。(通過するだけなら良かったかもしれない)

 金剛福寺から、37番岩本寺へも97kmとこれも長い。急ぐ必要は無いけどとにかく退屈だ。

                    36番青龍寺への石段

                 

青龍寺とは、空海が唐に渡り、教えを受けたお寺の名前から来ている。170段の石段。

 この後、35番清瀧寺 34番種間寺 33番雪蹊寺 32番禅師峰寺 31番竹林寺まで。昨年も確か、竹林寺で日が暮れた。今年は逆回り(逆打ち)をしているけど、これは偶然なのか。

 「札を打つ」という言葉があるが、今は「札を納める」です。以前は、準備した札をお寺の柱や壁などに打ち付けてまわっていた名残です。自分は、正式な巡礼の作法を守っていないので札の準備はしていません。軸に墨書と御朱印をもらうとき500円を支払いますが、その折お寺側から2枚の札を逆にもらえます。

                    これがそのお札です(買うと一枚が100円)

          

                                             続き

   

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする