山の記憶 (百名山・二百名山・三百名山)

山スキー、その他の山行もあります。

 百名山の記録 雲取山(2007年)

2014年08月28日 | 日本百名山

  駐車場まで下りて身支度を調え車を走らす。青梅街道は、大菩薩ラインとも呼ばれ山梨県と東京都をつなぐ山間を走る国道。部分的には大変嶮岨な道が続く。山が押し寄せてきそうな威圧感を感じながら渓谷沿いの道を下ると、やや開けた感じのする丹波山村の中心地に入る。集落は川を挟んで寄り添うように展開している。登山口を捜すのだが、百名山を持つ村にしては珍しく標識にぶつからない。うろうろしている間に日も暮れて、仕方なく「のめこい湯」の駐車場に車を入れることにした。湯場は川を隔てた対岸にあり、この駐車場から良く整備された道でつながっている。

 お風呂へ行くと覚しき親子に「雲取山」への登山道について聞くと、「お祭」から林道に入り、その終点から歩けばいいとのアドバイスをもらう。親切にも、道路の様子をわざわざ携帯電話で調べてくれた。どうも道路関係の仕事に従事している人らしく、途中の道路工事の様子など細かく教えてもらう。
 また、この近くには雑貨屋があるだけで、買い物は奥多摩辺りまで出ないといけないなどいろいろと教えられた。食料も尽きかけていたので、夕暮れの青梅街道を下ることにする。奥多摩湖の周囲を周りながら街に入る。しばらくして、奥多摩駅前に着く。東京の奥に、奥多摩という地があることは知っていたが、それにしても山奥の街だと妙に感心したりする。食堂で夕食を済ませ、コンビニで買い物を済ませ、また「のめこい湯」の駐車場まで返る。川向こうの湯場の温泉に浸かりホッとする。今日からしばらくは自動車での泊まりが続きそうだ。蒸し暑く寝苦しい夜を過ごす。
 
 8月29日(水)
 翌朝、青梅街道の「お祭」より林道に入る。丹波山村から雲取山へは、お祭りからと鴨沢の2つが主な登山口のようだが案内板などが少なくどうも良く分からない。
 林道は狭く、対向車でもあったらどうしようかと神経を尖らしながら進む。幸い朝早いためか山から下りてくる人もない。山道は渓流沿いに付けられ、眼下には奥多摩の清流が流れ落ちている。釣りにはいい環境だろうと思った。
 間もなく、駐車場に到着する。先発者のものだろうか、既に2台の車が駐めてあった。さっそく身支度を調えスタート。奥深い深閑とした山道が、素晴らしく整備された山肌を縫い、水源をしっかりと管理しようとする東京都の姿勢が垣間見られる。
 

  「三条の湯」は渓流沿いに登った登山道の途中にひっそりとして建っている。今日は客もいないらしく、人の気配もない。静かに通り過ぎることとし、しばらく行くと、いよいよ本格的な登りに入る。素晴らしい広葉樹の森を登る。途中下山者に出会うが、このルートを利用する登山者はそう多くはないようだ。三条ダルミで尾根に出る。見晴らしの利きそうな場所ではあるが、あいにくの天気で眺望はない。
 最後の急登を越すと明るく開けた頂きに出る。雲取山の頂上である。立派な避難小屋があり、そのすぐ後ろを斜めに登ったところに、一等三角点がある。これは、一時代前の三角点で歴史的な価値のある珍しいものらしい。
 頂上からは、今日は何も見えない。天気が良ければ、富士山、奥多摩、奥秩父などの山々が見渡せるそうだ。写真を撮り、下山にかかる。

                                  頂上は人の姿なし

                                 

                                                              原三角測点

                                   

 

 

 


 

 途中、道を整備する方に出会う。一人黙々と働いておられたが、どうも三条の湯を管理している方らしい。うっそうとした山の中、一人での生活はまさに孤独との戦いだろう。こういう方のお陰で、我々が安心して山へ行けるのだと思う。
 駐車場に帰り着きホッとする。そのためだろうか、ストックを置き忘れたまま出発してしまった。長年使用していたものなのだが、だいぶ後で気がついたため、しようがないとあきらめる。

                                                    (林道奥登山口8:00~14:50下山)
 のめこい湯に浸かり、一休みしてから瑞垣山へと向かう。

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 百名山の記録 大菩薩嶺(2007年)

2014年08月28日 | 日本百名山


    2007年8月28日(火)~
   大菩薩嶺~雲取山~瑞垣山~金峰山~甲武信岳~両神山~蓼科山~霧ヶ峰~美ヶ原
   

2007年8月28日(火)
 

   前日、同期の退職者仲間と富士山に登り、夜は山梨県石和温泉泊。山歩きを続けているとめったなことで旅館などには泊まらないのだが、たまにはいいものだ。
 翌朝一同と別れ、大菩薩嶺を目指す。国道20号線から県道215号線の峠道に車を走らす。途中上日川ダムで休憩を取り、ダムの管理人の方から大菩薩嶺に関して丁寧な説明を聞く。
 ダム湖のパンフレットにある写真は、大菩薩嶺からのものらしく富士山を後景にした美しいものだった。 
 

  幾重にも曲がりくねる道もやがて峠に差しかかりるとロッジ長兵衛荘の建物が見えてくる。登山の駐車場はそう広くはないが、今日はかなり暇らしい。小屋脇に流れる水を汲ませてもらいスタート。すぐに登山道は2つに分かれる。私は尾根づたいの道を行くことにする。 しばらくは車道を横に見ながら歩く。すうに本格的な登りとなる。自然保護を訴える看板や脇道へ入るのを規制するロープの張られた道をジグザグと進む。曇りがちの天気だけれど視界はあるようだ。一息ついて目を上げれば、昨日登った富士が遙かに見えてくる。 急登にあえぎながら頂上らしき岩場に出る。雷岩と名付けられたこの地点からの眺望はすばらしいの一言。

   本当の頂上は、ここからしばらく行った林の中にあり、2057mの大菩薩嶺と記した標識が建っている。雷岩まで引き返し休憩とする。眼下に先ほど車を駐めた上日川ダム、そしてその遙か彼方に、幾重にも連なる山脈を前衛にして富士山がゆったりとした姿を際だたせている。
     

                  

    風もなく穏やかな日よりだ。シーズン中なら大変な人出で賑わうことだろうが、今日は至って静かであり、登山者もあまり見かけない。富士の姿を堪能した後、いわゆる大菩薩峠と名付けられた峠に向かう。緩やかな下りには、親不知ノ頭とか賽の河原などと呼ばれる場所があ。しかし、名前の割には何と言うこともない山路だ。間もなく介山荘に着く。改装が始まっているらしく、数名の大工さんが忙しそうに働いておられた。

                                       大菩薩峠

                   


 ビールを飲みながら、「中里介山」の世界を思い起こしてみるけれども何もかも遠い世界のことのように思える。
 売店で日本百名山の「のれん」を買い、介山荘脇の山道を下る。途中、資材を乗せた軽トラックに出会う。道一杯ギリギリの幅の道を小屋まで上がるらしい。恵まれた自然と歴史・文化の詰まったこの山は、都心に近い手軽な山として、今後ますますフアンを増やしていくことだろう。富士山の喧噪を思い出しながら静まりかえった山路を下った。
                                            (登山口10:40~大菩薩嶺12:10~下山14:30)

  大菩薩嶺の次に予定した山は「雲取山」だ。地図によればこれより国道411号線に出て、いわゆる青梅街道を東京方面へ向かうことなる。

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