年金受給者の日々へ 悪戦苦闘の記録から

自分のXデーに向かってまっすぐに走る日々
   年金受給前の悪戦苦闘の日々より

ECCA総会

2013-05-11 00:00:00 | Weblog

 5月・6月は総会シーズンである。株式会社は2月期決算の会社の多くが今月に総会を持つところが多い。株主総会において各議案の、たとえば事業報告、決算報告、また来期の事業計画や予算計画などが協議される。そして役員選任や解任などの人事関係が決議事項にある。そしてNPO法人ECCAにおいても同様に24年度の決算書や事業報告書に基づいて総会を開くことになった。

 総会に先立つ今日の講演会は、聖カタの社会学の教授・横山先生の講演あり。社会学から見た現代を熱く語っていただいた。中でも、「ムラ」社会が現代に引きずるなかで、組織に影響を与える現象を先生の切り口から面白く聞くことができた・・・が、やっぱり自分は大学の教授の講義ともなると、どうして瞼が重くなり、睡魔と闘う条件反射がこの年になっても出てくるんだろうか・・不思議。横山先生の真骨頂は、老いてゆくものの「孤独」ではなかったか、と思う。親の病魔による病院送りがはたして本人、家族共に死と向き合う最も良い方法であるかどうかなどと。つまり

 「死にゆく者の孤独とは、ひとりで死んでいく孤独ではない、家族からもう歳だから、もう助からないから、といって見放される孤独である」:ノルベルタ・エリアス

 親密なはずの家族の人間関係に現代の深い「孤独」がある。現代人は、高度な医療を受けられるというただそれだけの理由で高齢者を病院に送ったが、現実には両親を絶望的な孤独の淵に置き去って来たのではなかろうか、深い自責の念にかられる。それは合理性を追求し誤ったその知が、身の回りから心身の病や老いを隠し、苦しみや死を排除し、日常生活の周辺に押しやるという近代社会の帰結であった。高度な知識と技術を持つ総合病院すら死と正面から向き合うことを回避してきたのである。 (資料より抜粋)


またまたつまらぬことを

2013-05-10 00:00:00 | Weblog

5月10日 松山刑務所講話 概略 

 私の幼少時から現在まで

消極的性格、みんなの前で話すことが苦手、上に立つことが苦手、巨人より阪神、大鵬の偉さはわかるが大鵬より柏戸、でも卵焼きは嫌いではない 一番より下が好き

海岸や野山での遊び (波の引いたり寄せたりする海岸・はげ山で松の木に上って松かさを投げ合ったり、子供会=土曜会、大勢でかくれんぼ)

仲良し4人組の1人(清っさんの話―いじめ、中卒後自衛隊へ 百貨店のレストラン料理長、小6時時々休み家の手伝いをしていた、初めてのアルバイトは新聞配達、初めてもらった給金は100円、パンを買う嬉しさ、お金を貯めて自転車を買う)

小3で観た映画はゴジラ、円谷監督

反抗期 親が先生に相談 みんなの前で立たされる 笑われた

辛い時は遠くを見る いやなことがあれば夜空を見る・・クセ

ソフトボールの大会 ショートで6番 エラーして逆転負け

辛いことをよく覚えている 高知新聞の声の欄 葉山村の80歳の人

中学校ではテニス部 弱かった 郡大会で試合中に固まる 向いていない

高校生ではみんなに紛れるように11人のスポーツを選択 向いていない

大学では少人数でやれること 登山 自分で目標を示し 自分にご褒美を与える

 

幼少時の遊びから自分が身に付けたもの

貧乏、弱い者・強い者がいつまでも同じではない 途切れることのない波の音 孤独さ 

平家物語・諸行無常の響きあり・・いつまでも今が続くことはない

 

「こころ塾」での相談のこと

うつ病支援のこと 年間に約1300件の相談がある 就職のこと、人間関係特に家族との関係の難しさ

ヒント 

する系・・「○○をしたい」とか「○○をしなければならない」の考え方だけでは、すぐに壁に当たりそう 

ある系・・「どのようにありたいのか」「人としてどうあるべきか」

するとあるの二つの考え方のバランス

睡眠 規則正しいリズムの生活 眠剤 愚痴を言い合える友人とつながる

決断をする 1人でか、それとも誰かに相談するのか

悪い仲間と手をつなぐことを断ち切りたいので・・という相談も多い

心配をする人からの相談も多い

 

野球選手の話から

① 過去と指紋は変えられない、変えることができるのは今と未来である。
② よく勝っている運動選手は悲観的に練習をして楽観的に試合をする。
  よく負けている運動選手は楽観的に練習をして悲観的に試合をする。
    …のだそうだ。さらに
③ 「スランプになる選手は一流選手のみです。普通の選手がスランプに陥ることはありません、ただ未熟なだけです。」

 

東進スクールの林先生

ゼロからでは生まれない マイナスから生まれる

あいさつは皆平等に 仲間同士で馴れ合うな 自分の面倒はだれが見る 

3文字を変えてみる

☆ 自分はここにいたので、社会に出ても嫌われる

    →自分はここにいたけど、 社会に出てこのようにすればうまくいく

☆ 自分は今まで仕事もろくすっぽしてこなかったから、 社会に出てもできんやろ

    →自分は今まで仕事もろくすっぽしてこなかったけど、 今度社会に出ればちょっと○○を試しにやってみようか

☆ もう何回やってもできん、だから無理

    →もう無理なんかな もう1回くらいはできるやろ

・・・・いつやるの・・今でしょう

 今朝も4時半起床で考えたおしゃべりの内容をA4の紙3枚だけ持参して、次々と鍵を開けてもらって中に入ってみたものの、バカな話の内容だけにこのような前もってまとめておいた話をすることなく、まったく別の話になってしまった。自分の話さえ計画通りにできない。

 


どうも・・・

2013-05-09 00:00:00 | Weblog

 今日は母親を連れて「さくらの湯」へ。真昼間でも湯客は多い。ほとんどが老人、その中に20代の人が一人居り。今日はその青年はお休みなんだろうか、それとも仕事をしてないんだろうか・・・と思いを馳せる。

 最近足が痺れることが多くなった。時々左足に力が入らなくなり歩行困難を感じる時がある。背中の痛みがやや弱くなったと思ったら、今度は足に来たのか・・・恒例の散歩もそのようなわけで行ってはない。


またまた不思議なご縁で

2013-05-08 00:00:00 | Weblog

 友人Tが、返さなければならない借金の金子を得るために警備員として朝から夜まで頑張っている。ある日は大型スーパーであったり、ある日は競輪場であったりする。その規律に厳しい仕事現場から時々弱音を電話口に乗せて私に話しかけてくる。今までの教壇で子供に教えることに比べて、自分より年下の上司に命令形タメ口で使われる今の仕事の差異に戸惑っている。

 教員の世界と民間の仕事の感覚的な相違、それでも立ちっぱなしで神経を使う仕事という点では同じであろうが、決定的に違うのは、人様から怒鳴られる点。保護者からいくら叱られようとも教員の世界が自分を守ってくれるが、いわゆる旗振りでは、上司から怒鳴られ、通行人から怒鳴られ、同僚からも怒鳴られる。守るのは自分が自分を守るだけ。

 届け物がありハローワークへ行くと、いつも逢えばバカ話で寸時盛り上がる警備員のOさんがいた。私がハローワークに勤務した時以来Oのダンナ、と呼んでいる。彼は年が50歳くらい。真っ黒に日焼けしている顔の中から、真っ白い歯をむき出しにして笑顔で話しかけてくれる。Oの旦那は警備員上級の資格を持ち、会社から指示のあるところ県内のいたる場所にも行っており、特殊なイベント会場などでひょっこり出会うことが度々あった。そのような時、私はいつも彼に、お~、今日はこっちの方が日給がええんやなぁ・・などと云うと、ア~またまたや~な所で逢ってしまったなぁ・・などとばつが悪そうな顔が返ってくる。Oさんと昔、お昼休みの時間に話し込んだことがあった。彼は自分の家族を守るために、自分の体を厭うことなく、投げ打って旗振りをしている。子供の教育費を出すため、ある時には妻の入院代を稼ぐために・・というように。

 午後の昼下がり、ハローワーク駐車場入り口に立っている仕事中のOさんに話しかけた。今までどこにいたのか・・と。すると彼はスーパーや競輪場に行ってた、と云うではないか。エッ、私の友人も行ってるよ・・というと、Oの旦那は、すかさず、その人は元校長先生でしょう・・と返ってきた。あいつは素人だから上手く優しく教えてやってよ・・とお願いをしたものの、私が親しく話かける多くの人のうち、私の知らないところで知り合い同士の人が多い。ますます狭い世界に生きている感じが強い。


今日のstudy

2013-05-07 00:00:00 | Weblog

 今日の電話相談は、いずれも県外からの電話相談お二人。一人は息子さんのウツ支援について。3年間の休職が終わり退職、今後ハローワークでの求職活動はいかにすべきか。もう一つは何回面接に行っても不採用となるが、どうすりゃいいか。とりあえず知人の女性から風俗店をやらないか、出資金を出してほしいと云われており、迷っておる・・・就職活動を続けるのも難しいし・・・などと。

 「こころ塾」のHPを探して電話した、とお二方とも話していたが地元には相談者がいないのだろうか。しかし、どこにいても相談する場所はあるけれど、知られたくない内容につき、近くの誰にでも相談したくないケースや相手にされず、たらい回しの後、電話をかけて来るケースなどと推測する。

 2時間のパート勤務を終えた後は、市内のM心療内科のDrとのレッスン。気分障害に陥る人の多くは、「~をしたい」、とか「、~をしなければならない」・・・などのことばかり考えている傾向がある。そこから「人はどうあるべきか」「私は人としてどうありたいのか」などの「答えのない問い」を自ら持つ意義がある。そのような学習内容。

 M先生は、私に対して同じ目線でアドバイスを送ってくれるのでアドバイスの一つ一つが心地よく理解できる。一方で過去私が遭遇した自称カリスマカウンセラーさんなど、上からの目線で否定的表現での目標を示してくれたりアドバイスをくれたりして、全く異人の言葉のようで理解に困った経験があった。たとえれば、野球ゲームで9回満塁、次のバッターに対してピッチャーが、高めのボールを投げれば打たれる確率が高くなり負けるから外角低めに投げる方が安全であることは素人の自分にもわかるが、この場合ピッチャーにアドバイスを送るコーチなりキャッチャーが、高めを投げちゃダメ・・と否定的表現で伝えるか、それとも外角低めに投げるのにワンバウンドでもいいよ・・と要求するかのような違いがある。目標となる言葉に否定的な表現方法では固まってしまう。「アンタ、それ出来るのか・・・」では辛いよね。

 弟が熱を出したと云い、夕方からまたまた心配することとなる。

 


主夫の仕事

2013-05-06 00:00:00 | Weblog

 ウドが大量にある。とりあえずご近所に配るべく葉ウドと身ウドに分けて等分になるよう10束にする。葉ウドは山菜の調理法である一般的な天ぷらが多いが、林業家のジュンちではヌタにして食べさせてくれるのがうまい。そして身ウドは酢の物などで食べさせてくれる。皮はきんぴらにして食べるなどウドは捨てる所がないと云われる。例年山で採って来て配る先に料理家のYさんがいて、いろんな調理方法を教えてくれるが、なにしろYさんちのご主人さんはお酒のあてになる料理を好んでおり、奥さんは私にもその調理方法を教えてくれる。しかし自分が今日選んだのはネットで検索したレシピ。豚肉と葉ウドの炒め物と身ウドの味噌漬けである。血圧を気にしてなるべく塩分控えめにしたもの、また習慣病のための油控えめのものを選択した。

  ご近所さんに配るのに、自転車でエッチラコと・・・実は車を買い替えたので、保険の関係で今日は運転を控えているのだ。その間に妻も私も車の説明書を読みながら、今までの車と操作の違うところをチェックするが、いやはや年を取るってことは、覚えるのも大変である。

Facebookから次々と“友達になりましょう”とか“お知り合いかも”とか、しょっちゅう連絡が入ってくる。Facebookはそのためのものだろうが、近頃うざいと感じることが多くなった。友達の友達は友達である関係を作るのが、ネット上のつながりになっていくんだろうが、現代の病を感じるようだ。面と面と会わせて、合うか合わないか、気が合うかどうかなどが自分のスタイルであり、活字上だけでつながるのは近づきやすいし逃げやすい。自分は50年を超えて時々会う人の中には、友達ではなく単に知人の感覚の人もいれば、最近初めて出会って深い感覚になる友人もいる。人と人が出会うのに信号であるPC上のキーをたたくことより、より動物的な匂いとか雰囲気とか人間臭さで自分は繋がっているようであり、バーチャルの中でのつながりはどうも苦手である。

 2日に帰省した4男が、つかの間の休日を取り今日帰った。こちらにいる時は今までのように机に座ることはなく、毎日友達と遊んでおった。

 


今日の独活

2013-05-05 00:00:00 | Weblog

 就活に婚活に死活に・・・活動も様々だろうけれど今日の活動はちょっと違う独活。ウド採りである。恒例のジュンの山へ今年も行く。森に入る。

    

 今日は5月5日の子供の日。途中の五十崎の河原では毎年恒例の凧揚げがあり、車も渋滞気味。

 凧が浮かんでおる。

  いつもの山でジュンとトモコさんもいっしょに、久しぶりの妻も、3男夫婦もそして今回は時間の余裕ができた4男も加わり、ウドを採る。

 晴天のもと、四国カルストを背景に、ハイポーズ。

トモコさんにウドの美味しい調理法を教わって家に帰れば8時も過ぎておった。

 


昨日の続き

2013-05-04 20:07:30 | Weblog

 新緑の樹木からの息吹に出会うと、身体にパワーを与えてくれるようで、冬山には体験できないような春山での興奮がある。

  いつもの男3人の話は実に他愛ないもの。

例えば、HさんとHさんの奥さんとのある日の会話。あの世に行けば、もう一度自分と結婚するか・・・と聞いたところ、奥さんが答えたそうな。あんたとあの世でも一緒になるのは、こんりんざい勘弁してほしい・・と云われたとか。もう一人のSさんは、そのようなことを聞いたことはないが、うちも同じように、もうこれ以上あんたのそばにいるのは遠慮させてくれと云われるだろう・・などと二人ともやけっぱち状態で話しておった。もし自分の場合だと妻はなんというだろうか、と考える。だから考えるのもそら恐ろしいから、東平のレリーフ工房では、昨年4男と一緒に妻の誕生日プレゼントとして銅版のレリーフを作ったけれど、今回は銅版の栞をお土産に買って帰った。いつも大好きな三浦綾子の文庫本を片っ端から読んでいるものの、ついついコタツに入って横になり本を拡げていても、涎を垂らしながら眠っているのでその節目に栞が要るだろうと思ったワケ。点数を稼ぐのは並大抵のことではない。

 車を置いて出発地点とした遠登志渓谷の入り口は鹿森ダムである。その入口にうどん店がある。その店に下山した後腹ごしらえに入った際に店主の老婆からお聞きした話。つまり、ダムに飛び込む自死があるという。決行する前にこの店で最後の食事をした、などの話を聞くと以前映画で観た「カミハテ商店」を思い出した。

 実家から持ち帰った血圧計で夕方計ってみた。異様に高すぎる。これでは体がきついはずだ。


森林浴

2013-05-03 00:00:00 | Weblog

  今日の山行は、毎年この時期に行くことにしている“東洋のマチュピチュ”こと新居浜の東平・銅山峰に行き「ヒカゲツツジ」を愛でることである。昨年までは東平(とうなる)まで車で上がっていたが、今年は山仲間のHさんの提案があり、渓谷を遡上して上がることにした。遠登志渓谷である。山に住む銅鉱石を掘る人たちが、所用で出かけた町から端出場までトロッコ電車で帰り、そこから歩いて山の中に在る家々に帰る際のかつての山道の取り付き地点がスタート。 数十年前までは、この山の中で鉱山に携わる人が1万人も暮らしており生活があった。それが証拠に歩き道の石垣に往時をしのぶことができる。   近道を取るかそれとも回り道を取るか。同行のSさんとHさんは左の近道、私は当然右の回り道。近道は短時間で行けるが急峻なしんどい道、回り道は時間がかかるが緩やかだけにゆっくり周りの景色を見ながら歩く道。   歩く歩く。    廃墟の址は杉林。   やっと東平に上がると     白どうだんが咲き  シャクナゲも咲いて     今年のマチュピチュ。
 
 早めの昼ごはんにベンチに腰をかけると、アレレ、テーブルの上にマツの実生を見つけ。

 今日は憲法記念日である。3人で歩きながらの議論は、話題の憲法第96条と9条のこと。諸外国との関係性において現状にあった改革をするために、96条をいじることについて、3人の話し合いは「ならぬことはならぬ」、と。改憲のために賛成数3分の2以上のバーを2分の1に低くするってことの脆弱さ、そして9条 は戦争の放棄,軍備及び交戦権の否認という美しい憲法である。戦争と,武力 による威嚇又は武力の行使は,国際紛争を解決する手段としては,永久にこれを放棄する。とあるではないか、これを改憲とは、もってのほか、と。人の生命と攻撃を受けることによる損害などが生じる土地であれ物であれ比較するべくもない、ましてや争いは嫌なこと、という理由。やられる前にやれってことか・・などと。好戦的な人が増えているのか?子供、孫を持つわれら3人は、国民や国土、つまり財産を守るために子らを戦場に送るわけにはいかないなどと急坂を休み休みおしゃべりしながら歩き登る。

       

やっと逢えました。私が一番好きな花です。高潔なたたずまいでひっそりと谷間に咲いていた。

 

  

 


出所受刑者の実際

2013-05-02 00:00:00 | Weblog

 平成21年版『犯罪白書』によると,出所受刑者の5年以内の刑事施設への再入率は,仮釈放者では32.2%であるのに対して,満期釈放者では55.1%である。罪名別にみると,満期釈放者では,5年以内の再入率が,窃盗で65.5%,覚せい剤取締法違反で62.7%と相対的に高く,窃盗では,出所年を含む2年間で半数近い者が再入所となっている。一方,仮釈放者では,5年内の再入率は,覚せい剤取締法違反で43.0%であり,窃盗で40.3%である1。
 出所受刑者のうち満期釈放者が占める割合は年々増加している。平成18年の出所受刑者の出所事由をみると,合計3万600人の出所受刑者のうち47.4%(1万4503人)が満期釈放,52.6%(1万6081人)が仮釈放であった。ところが,平成20年は合計3万1680人の出所受刑者のうち49.8%(1万5792人)が満期釈放であり,50.0%(1万5840人)が仮釈放となっている。また,平成21年には合計3万213人の出所受刑者のうち50.7%(1万5324人)が満期釈放であり,49.2%(1万4854人)が仮釈放となり,ついに満期釈放者が仮釈放者を上回る結果となった3。
 満期釈放者が仮釈放者と比較して再入率が高い理由として,適切な帰住先がない,引受人がいないといった円滑な社会復帰のための条件が整っていないことなどの理由により、つまり(a)社会的孤立,(b)就職難,(c)再犯が挙げられる。また、仮釈放者には付される保護観察が満期釈放者には付されないこと,規律違反がないことなど行刑態度が良い者が優先的に職業訓練を受けるために,行刑態度が好ましくないために満期釈放になる者については職業訓練を受けられず,出所後に就職するにも不利であることなどが考えられる。満期釈放者は,これら悪条件を揃えた中で刑期の満了とともに保護観察官や保護司による指導・援助を受けることなく厳しい社会復帰を強いられることとなり,その結果,犯罪をせずには生きていけず,累犯者としての道を歩むことになってしまう者が多いように思う。
再犯に至るきっかけは,多くが経済的困難であり,満期出所者の中でも自立困難な高齢者や障害者については福祉との連携により生活を安定させることが再犯防止につながる。
 しかし,勤労の意思と能力のある満期出所者は,就職し安定収入を得ることが再犯防止に資する。そこで,就労支援が最重要の施策となる。(日本刑事政策研究会と読売新聞社との共催による平成22年度の刑事政策に関する懸賞論文より抜粋)
  で、本日の面接者は、満期出所の若い人である。帰住先が決まっていない。決まっているのは~方面だけ。そこで私の仕事は、再び施設に戻らないように経済的困難に陥らぬように住むところや仕事の斡旋をし、塀から出た後の道筋を案内することである。上記論文のように、仕事が無い、住むところがない、所持金はまったくない、社会から拒否される現実を持つものが、次に向かう先は刑務所しかない・・・などの道筋を切ることである。自分の義侠心から出てくるものかどうか、自分でも理解をしていないが、彼らの目を覗きこみ孤独感や生き辛さを聴くにつけ、人として歩み寄らざるを得ない。
  協力雇用事業主に連絡をし仕事を与えてもらうべく交渉をする。一方で彼の要望により希望職種の求人をハローワークで検索をする。出所が目の前に近づいているのでこちらも慌てておる。人がこの国で生きてゆくってことは、どういうことなんだろう。人はパンのみにて生きていくに非ずとはいえ、自分はパンとパンをゆっくり食べる場所を探さねばならない。仮釈放者は支援制度があるが満期釈放者については支援の手は少なくほとんどない。