2008年/日本/142分
【監督】 堤幸彦
【脚本】 福田靖 長崎尚志 浦沢直樹 渡辺雄介
【原作】 浦沢直樹『20世紀少年』(小学館)
原作は読んでいません。この映画は、たぶん漫画を読んでから見るべきだと思いつつ、先入観なしで見るのも面白いかなと。漫画の方は全22巻もあるし、その後「21世紀少年」が上下巻出ているので、こんな大作を映画化するのは大変だと思いますが、堤幸彦監督は、最初から3部作で構想し、すでに撮影もすべて終わっているらしい。今回の第1部にしても、宙ぶらりんで解決されていないナゾがいくつもあって、いやが上でも「続き」を見たい気にさせる作りになっています。
この物語は、サスペンスなのですね。最大のナゾは、"ともだち"とはいったい誰なのか、という点。漫画の方は終了しているので、そのナゾも解明しているのでしょう。この映画を見に来る多くの人は、既に"ともだち"の正体を知っているということになりますね。私は、映画を見ている途中で、"ともだち"はケンヂ自身じゃないのかという気がしましたが…。どうなんでしょう。少なくとも、秘密基地の仲間であることに間違いないですが、その仲間は9人?10人? 大人になってから出てこないのは「コンチ」? 秘密基地をいつものぞきに来ていたハットリくんのお面をかぶった少年もいたし、フナの解剖の前の日に死んだとかいう少年もいたなあ…。そのへんが非常に曖昧。
この物語、「曖昧さ」がキーワードのような気もします。みんな大人になって、30年も前の子どもの頃のことなんか忘れているのです。「よげんの書」を自分が書いたこと、それを庭に埋めたことなど忘れているケンヂ、同窓会で同級生の名前を思い出せないケンヂ。なんかよく分かる気がします。何かの拍子に思い出したりするのですが、その「何かの拍子」はその時一緒に過ごした仲間にしか引き出せない。いくらビデオカメラがあったとしても、ビデオは記憶の断片しか記録できないし、ましてや心の中を映し出すことは不可能ですから。
記憶の曖昧さのせいで、最初は何がなんだか分からなかったケンヂが、仲間と話すうちにしだいに記憶をよみがえらせていく過程が非常に面白いと思いました。「あの頃」のすべてを思い出すことはできないにしても、現在の事件が、確実に「あの頃」とつながっている以上、「あの頃」何があったのかを、ケンヂはこれからもどんどんよみがえらせていくのでしょう。
「20世紀少年」、何といい響きでしょうか。もともとは冒頭で中学生の「ケンヂ」が校内放送で流すT.REXの"20th Century Boy"という曲名から来ていますが、米国と日本じゃ、もちろん「20世紀少年」のとらえ方は異なる。20世紀に子ども時代を過ごし、21世紀を働き盛りで迎えた大人たち。特に1970年代に子ども時代を過ごした私たちの年代は、「明るい未来」を信じて疑わなかった。自分たちが大人になる頃には、人類はロケットで宇宙に飛び出し、街には空飛ぶ車が走り、ロボットが家事を手伝ってくれる。それはSFだけの話ではなく、現実に起こりうることだったのです。アポロ11号は月に着陸したし、万博には地球の未来の姿を現実に見せてくれました。大阪万博とか、アポロ11号の月着陸といったエピソードに対する思いは、同年代じゃなきゃわからないでしょう。手近に「未来」を感じさせるような変速付きのデコレーション満載の自転車で街を駆け抜ける快感もね。
そして、一方で、そんな明るい未来を破壊しようとする「世界征服」をたくらむ悪の組織も存在しました。もちろん空想の中で、の話ですが。
そういう「未来社会」が現実には来なかった、ということを私たちはいつ気がついたのでしょうか。あるいは、気がつくヒマもなくバブルの時代を過ごし、そして長い停滞の時代を迎えているといことなのか。"ともだち"は、きっとそのことが我慢できなかった人物にちがいない。だからこそ、「このマークを俺たちのもとにとりもどそう」なのです。
早くこの物語の続きが知りたいと思う。その前には漫画の方も読んでいる…ことになるのかな?
【監督】 堤幸彦
【脚本】 福田靖 長崎尚志 浦沢直樹 渡辺雄介
【原作】 浦沢直樹『20世紀少年』(小学館)
原作は読んでいません。この映画は、たぶん漫画を読んでから見るべきだと思いつつ、先入観なしで見るのも面白いかなと。漫画の方は全22巻もあるし、その後「21世紀少年」が上下巻出ているので、こんな大作を映画化するのは大変だと思いますが、堤幸彦監督は、最初から3部作で構想し、すでに撮影もすべて終わっているらしい。今回の第1部にしても、宙ぶらりんで解決されていないナゾがいくつもあって、いやが上でも「続き」を見たい気にさせる作りになっています。
この物語は、サスペンスなのですね。最大のナゾは、"ともだち"とはいったい誰なのか、という点。漫画の方は終了しているので、そのナゾも解明しているのでしょう。この映画を見に来る多くの人は、既に"ともだち"の正体を知っているということになりますね。私は、映画を見ている途中で、"ともだち"はケンヂ自身じゃないのかという気がしましたが…。どうなんでしょう。少なくとも、秘密基地の仲間であることに間違いないですが、その仲間は9人?10人? 大人になってから出てこないのは「コンチ」? 秘密基地をいつものぞきに来ていたハットリくんのお面をかぶった少年もいたし、フナの解剖の前の日に死んだとかいう少年もいたなあ…。そのへんが非常に曖昧。
この物語、「曖昧さ」がキーワードのような気もします。みんな大人になって、30年も前の子どもの頃のことなんか忘れているのです。「よげんの書」を自分が書いたこと、それを庭に埋めたことなど忘れているケンヂ、同窓会で同級生の名前を思い出せないケンヂ。なんかよく分かる気がします。何かの拍子に思い出したりするのですが、その「何かの拍子」はその時一緒に過ごした仲間にしか引き出せない。いくらビデオカメラがあったとしても、ビデオは記憶の断片しか記録できないし、ましてや心の中を映し出すことは不可能ですから。
記憶の曖昧さのせいで、最初は何がなんだか分からなかったケンヂが、仲間と話すうちにしだいに記憶をよみがえらせていく過程が非常に面白いと思いました。「あの頃」のすべてを思い出すことはできないにしても、現在の事件が、確実に「あの頃」とつながっている以上、「あの頃」何があったのかを、ケンヂはこれからもどんどんよみがえらせていくのでしょう。
「20世紀少年」、何といい響きでしょうか。もともとは冒頭で中学生の「ケンヂ」が校内放送で流すT.REXの"20th Century Boy"という曲名から来ていますが、米国と日本じゃ、もちろん「20世紀少年」のとらえ方は異なる。20世紀に子ども時代を過ごし、21世紀を働き盛りで迎えた大人たち。特に1970年代に子ども時代を過ごした私たちの年代は、「明るい未来」を信じて疑わなかった。自分たちが大人になる頃には、人類はロケットで宇宙に飛び出し、街には空飛ぶ車が走り、ロボットが家事を手伝ってくれる。それはSFだけの話ではなく、現実に起こりうることだったのです。アポロ11号は月に着陸したし、万博には地球の未来の姿を現実に見せてくれました。大阪万博とか、アポロ11号の月着陸といったエピソードに対する思いは、同年代じゃなきゃわからないでしょう。手近に「未来」を感じさせるような変速付きのデコレーション満載の自転車で街を駆け抜ける快感もね。
そして、一方で、そんな明るい未来を破壊しようとする「世界征服」をたくらむ悪の組織も存在しました。もちろん空想の中で、の話ですが。
そういう「未来社会」が現実には来なかった、ということを私たちはいつ気がついたのでしょうか。あるいは、気がつくヒマもなくバブルの時代を過ごし、そして長い停滞の時代を迎えているといことなのか。"ともだち"は、きっとそのことが我慢できなかった人物にちがいない。だからこそ、「このマークを俺たちのもとにとりもどそう」なのです。
早くこの物語の続きが知りたいと思う。その前には漫画の方も読んでいる…ことになるのかな?
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