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カクレマショウ

やっぴBLOG

「ウェールズの山」─イングランドは「山」の向こうにある。

2007-09-22 | └歴史映画
「ウェールズの山」(1995年/英/99分)
THE ENGLISHMAN WHO WENT UP A HILL BUT CAME DOWN A MOUNTAIN

【監督】 クリストファー・マンガー
【製作】 サラ・カーティス
【脚本】 クリストファー・マンガー
【撮影】 ヴァーノン・レイトン
【音楽】 スティーヴン・エンデルマン
【出演】 ヒュー・グラント/アンソン   タラ・フィッツジェラルド/エリザベス(ベティ)
      コルム・ミーニイ/モーガン  イアン・マクニース/ガラード

ずっと気になっていた映画。たまたまレンタルで見つけたので借りてみました。

ある山の頂上に、村人たちがこぞって土を運び上げ、山の標高を6メートルだけ高くする。

…と聞けば、いったい何のことやねん?と思うかもしれません。そんな単純なストーリーに、なんのひねりも加えていない1時間半ちょっとのコミカルな小品ですが、これがなかなか味わいのある映画なのです。ストーリー自体は確かにシンプルかもしれない。でも、その歴史的な背景はとても深い。長くて意味深な原題に対して、邦題はあまりにもさらっとしています。「ウェールズの山」。「ウェールズ」とは、英国(イギリス)の一地方ですが、「地方」なんて言ったらウェールズの人に怒られるかもしれません。ウェールズはれっきとした「国」だと。

確かに、サッカーやラグビーのワールドカップでは、「イギリス」というチームは見当たりませんね。「イングランド」、「ウェールズ」、「スコットランド」がそれぞれナショナルチームを作って出てくるのはどうしてなのでしょう?

通常「イギリス」または「英国」と称される「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国」(The United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)は、イングランド(England)、ウェールズ(Wales)、スコットランド (Scotland)、 北アイルランド (Northern Ireland) の4つの「国」から構成されます。大雑把なたとえをすれば、、「グレートブリテン島」が日本の「本州」だとすれば、「東日本国」(東北・関東地方)と「中日本国」(中部・信越地方)と「西日本国」(近畿・中国地方)に「北海道」の一部を加えたのが「日本」という国になるみたいなもんですね。つまり、もともと「イギリス」という一つの国があったわけではなく、民族も宗教も習慣も言葉も異なる国どうしが連合して一つの王国を形成しているのが英国なのです。むろん、「連合」といっても、自主的にまとまったわけではなく、そこには、「イングランドによる征服」という歴史があるわけですが。

詳しい歴史を語るのは省略するとして、イングランド以外の「国々」は、いずれもブリテン島の先住民族、ケルト人の国です。先住民といっても、ケルト人もルーツは大陸から移住してきたのですけどね。一方、イングランドは「アングルの地」という意味で、もともとはゲルマン系のアングロサクソン人がこの島にやってきてケルト人を征服して建てた国です。アングロサクソン人は、11世紀にはやはり外来のノルマン人(いわゆるヴァイキングの一派)によって征服されてしまいます。

この時建てられたノルマン朝の時代、ブリテン島東部に位置するケルト人の国ウェールズはイングランドの一州とされ(1283年)、その後16世紀には正式に併合されてしまいます。同様に、ブリテン島北部に位置するケルト系のスコットランドは18世紀前半に、また隣島のアイルランドも19世紀初めに併合されていきます。アイルランドだけは、のちに独立を果たしますが、ウェールズとスコットランドは、いまだに"連合王国"に属しているのです。

ただ、彼らは決して自分たちの文化や言語を捨てたわけではありません。ウェールズはその傾向がとくに強くて、現在でも4分の1くらいの人がウェールズ語を話すらしいし、学校ではウェールズ語をちゃんと教えているそうです。彼らにとっては、イングランドなんてケッ!てなものなのでしょう。だからこそ、この映画が成り立つ。

1917年。南ウェールズのある村に二人のイングランド人が姿を見せる。アンソンとその上司ガラードは測量師で、その村にそびえる山の標高を測りにやってきたのです。村人が「フュノン・ガルー」と呼ぶその山は、イングランドからウェールズに入って最初に出会う山として、ウェールズ人の誇りでもありました。

そんなことは知らない二人は、「好色なモーガン」が営むパブに宿を取り、事務的にさっさと仕事を済ませようとします。ところが、我らが山の高さを測りにやってきたイングランド人の噂はたちまち村人の関心を引き寄せます。村の教会の老牧師ジョーンズも例外ではありませんでした。

男たちはモーガンのパブに集まり、高さ当ての賭けを始める。なんでも、305メートル以上でなければ「山」とは認められず、「丘」とみなされてしまうのだとか…。イングランド人が勝手に決めたそんなルールに憤慨しつつも、フュノン・ガルーは当然、「山」であることを疑わない男たち。でも、ちょっと不安…。

運命の測量の結果を、アンソンはパブに集まった男たちの前で淡々と告げる。「299メートルでした」…。

299メートル! それでは「山」ではないということか。ショックを受けたモーガンは、一計を案じ、ならば自分たちの手で「山」にすればいいと思いつく。あと6メートル。みんなで頂上に土を積み上げよう! 高さを偽ることに最初は反対していたジョーンズ牧師も、最後は、戦争(第一次世界大戦)に駆り出されて帰れぬウェールズの若者の魂に「山」を捧げようと、賛成する。

かくして村人たちは、バケツや荷車で、村の畑から山までひたすら土を運び上げる作業にとりかかるのです。もう一つ、大切な仕事がありました。再測量をしてもらうために、イングランド人を足止めすることです。車に細工をして故障させるわ、村一番の美人をアンソンに引き合わせるわ、列車が走っていないことにするわ、あの手この手で二人を動けないようにしてしまう。アンソンもそんな企みにうすうす勘づきながらも、引き合わされたその女性、エリザベスに引かれる思いもあって、積極的に動こうとしない。

頂上には着々と土が盛られていく。ところが、その夜から大雨が降り始める…。彼らの目論見は成功するのか?

原題の"THE ENGLISHMAN WHO WENT UP A HILL BUT CAME DOWN A MOUNTAIN"、「"丘"を登ったイングランド人は、"山"を降りてきた」という意味が、最後にようやくわかります。長いけど、タイトルもいい。邦題は、気のきいた訳を思いつけずに、とてもわかりやすい、あまりにもわかりやすい「ウェールズの山」で落ち着かせたというところでしょうかね。

「フュノン・ガルー」には実はモデルがあるらしく、実際のその山の頂上には、古代の塚が盛られていると言います。監督のマンガーはもちろんウェールズの出身で、その山にこの映画のヒントを得たようです。「フュノン・ガルー」に盛られた6メートルの土も、何百年後かには「古代の塚」と呼ばれるのかもしれませんね。

ウェールズの人々にとって、イングランドは長いこと反感の対象でした。ウェールズの言葉は禁止され、ジョーンズとかウィリアムとかイングランド風の苗字を押しつけられ、イングランドが戦争を起こせば若者は駆り出される。

そんなイングランドは、「山」の向こうでなくてはならない。「丘」ではなく。高くそびえる「山」がウェールズとイングランドを隔てていることが、イングランドに「支配」されているウェールズの人たちにとって、何より大切なことなのですね。きっと。

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2 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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Unknown (Yute)
2007-09-24 12:58:50
「高校野球」以来のコメントです。

この映画、私も好きです。最近は「ワル」な役が板についてきたヒュー・グラントですが、このころはまだ「いい人」役でもいけてましたね。

タラ・フィッツジェラルドも(多分アイリッシュ系ですが)ケルト系美人で、なかなかいい味出してました。

これはウェールズで聞いたのですが、ウェールズ語が今でも多く話されている理由のひとつは産業革命にあるのだそうです。イギリスの産業革命を支えたのはウェールズの炭鉱。そうした「石炭景気」を背景に19世紀に「ウェールズ・ナショナリズム」が勃興し、忘れ去られていく運命にあったウェールズ語への関心に火がついたのだとか。

同時にあくまでも「パブリック・スクール」出身の中流以上のスポーツであったラグビーが、社会階級に関係なく広くウェールズでプレーされている理由もここら辺にあるようです。ラグビーも、そしてウェールズでこれまた盛んな男声合唱団も、産業革命により都市近郊部に集約された上に余暇ができた壮年男子のレクリエーションというわけです。

なお、この映画の最後に流れる男声合唱歌「Men of Harlech」は15世紀にイングランドの軍勢を退けたウェールズのハーレック城における7年余の攻防に取材した曲で(作られたのは19世紀)、日本人でこの歌が歌えればたいていのウェールズのパブでお金を払わずにビールが飲めます。
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ウェールズ (やっぴ)
2007-09-26 08:17:03
Yuteさん
お久しぶりです。

ウェールズのナショナリズムが、産業革命と深い関係があったとは知りませんでした。なるほどやはり石炭産業でなのですね。勉強になりました。ありがとうございます。

あの曲は「Men of Harlech」という曲だったことも初めて知りました。いい曲ですね。覚えてウェールズのパブに行ってみます!
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