goo blog サービス終了のお知らせ 

カクレマショウ

やっぴBLOG

青森人の生んだ「BORO」の世界

2010-03-18 | ■青森県
先日いただいた鈴木さんのコメントにあったNHK「美の壺」で放送された「BORO」を見ることができました。

今回の主役は、青森市在住の民具研究家、田中忠三郎さん。忠三郎さん、久しぶりに拝見しましたが、相変わらずのお元気な姿と変わらぬ語り口にうれしくなりました。

しかし、忠三郎さんが、これほど古着に執着していたとは知りませんでした。何枚ものツギを当てながら、何代にもわたって青森の人々を寒さから守ってきた衣類。彼は、長年にわたって村々を廻り、古着を収集してきたという。その数はゆうに3千枚を超えるというから驚きです。

そうしたツギハギだらけの古着、ボロ着が、今、「BORO」と呼ばれて「ヨーロッパをはじめ世界中のアーティストから注目されて」(NHKのサイトより)いるのだとか。ツギを当てた衣服なんて、現代の私たちは普通着ませんよね。「みすぼらしい」とか「ビンボくさい」というイメージ。でも、ものは言いようなんですね。ツギを当てた古着を「BORO」と言うだけで、俄然かっこよく見えてしまうのですから。

実は、私もついこの前まで、家で「ボロ着」を愛用していました。ただし、ツギは当てていない、正真正銘のボロ着です。それは、私の祖母が縫ってくれた「はんちゃ」。つまり「綿入れの半纏」のことです。私には、小さい頃から冬はこれが欠かせないのです。寝るときも掛け布団の下にくるまって寝ています。

ところが、もう何十年も使い続けているので、糸がほつれ、何カ所も裂け目ができて、まさにボロボロの状態になってしまいました。ほつれたところは自分で直したりもしていたのですが、袖の部分がだらんとなってしまい、さすがに限界かなあと思い、先日ついに処分してしまいました。

ただ、襟から前身頃にかけて縁取られた黒い部分、ビロードというんでしょうか、あの肌触りが好きなもので、そこだけはびりびりと剥がして、もう1枚持っているはんちゃに付け替えておきました。

この番組を見て、前のはんちゃを捨てないでおくべきだったか!と少し後悔。ツギを当てればまだまだ使えたのに。けれど、ツギを当ててくれる祖母はもうとっくにこの世にいない。

忠三郎さんは、古着と出会った頃の思いをこんなふうに語っています。 「私が出会った時は、BOROという思いがしませんでしたね。ああ、こんなに布きれを大事にして、粗末にしないで、いのちあるものとして大事にツギハギしたんだなと。感激しましたね。涙が出ましたよ。こんなにモノを大事にする人たちがね、この雪国、青森にいたんだと」

いかにも忠三郎さんらしい、いい言葉ですね。

「ツギ」というのは、モノ、特に見にまとう衣類を大事にすることの究極の形です。しかも、それは「自分一人」が着るためのものではない。ツギには、自分の子ども、孫、そのまた子どもたち…と代々着続けられていくことへの想像力が秘められているのだと思います。番組で紹介されていた「ボドコ」などはその極めつけで、妊婦がその上でお産をしたというツギハギだらけの布。何代にもわたって、羊水と血と汗と涙が染みこんで、すっかり赤茶けてしまっている。命の重さ、という言葉だけではおよそ言い表せない、おごそかで、容易には近寄りがたいオーラを放っていました。

「ツギ」自体は確かに今の世の中じゃ、「かっこわるい」かもしれない。でも、ツギに込められた私たちの少し前の世代のそんな思いは、私たちも心のどこかで大切にしていきたいなあと思いました。

ところで、番組でも紹介されていましたが、津軽の刺し子、南部の裂織(さきおり)に見られるように、青森の人は古くからおしゃれ心が豊かだったのです! 刺し子のデザイン、裂織の色遣いなど、すばらしくセンスがいいなと思う。青森のボロ着だって、ツギ一つにもきっとそうした天性のセンスが生かされているのだと思います。だからこそ、「BORO」にもなり得る。

そんなふるさとの宝を発掘して大事に守ってきてくれた忠三郎さんに、心から感謝、ですね。


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
つぎはぎに込めた気持ち (naochan)
2010-03-19 21:33:52
息子が幼稚園くらいのころ、靴下の穴をつぎしてあげると、とても喜びました。
同級生の女の子が、「これ、お母さんが縫った」と靴下のつぎを誇らしげに見せてくれたことがありました。

物を大切に、手をかけることが、自分を大切にされたように感じるのだと思います。

BOROには、すごくたくさんの愛情がつまってますよね。
返信する
Unknown (やっぴ)
2010-03-22 02:52:45
naochanさん

いや~、いい話しですね!

「自分を大切にされたように感じる」。

その通りだと私も思います。ツギは、モノを大事にしようということだけじゃなくて、「愛情」もつまってるのですね。
返信する

コメントを投稿