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『PLUTO』覚書その3─「私は胸がいっぱいになった…ロボットの私が…」

2007-05-06 | └『PLUTO』覚書
『PLUTOプルートゥ』、第2巻に入ります。第2巻のラインナップは次のとおり。

Act.8 鉄腕アトムの巻
Act.9 お茶の水博士の巻
Act.10 ヘラクレスの巻
Act.11 回線をつなげの巻
Act.12 家族の肖像の巻
Act.13 記憶の手違いの巻
Act.14 Dr.ルーズベルトの巻
Act.15 敵の部品の巻

モンブラン、ノース2号の死。相次ぐ「世界最高水準のロボット」の死は、ゲジヒト自身も含めて、大量破壊ロボットへの危険が迫っていることを意味していました。ゲジヒトは、ユーロポールの警察官としてだけでなく、「ロボットであること」への漠然とした不安感を抱きつつ、第39次中央アジア紛争に参加した最強ロボットたちを訪ねていきます。

まずはトルコに住むブランド。第1巻の最後の章でゲジヒトの訪問が描かれています。ブランドは、手塚の「地上最大のロボット」では、「トルコ一のロボット力士」と自分で名乗っていますが、ここではESKKKRトーナメントという格闘技界のスーパースターという設定です。リングの上では、ずんぐりむっくりの巨大ロボット。しかしそれは「パンクラチオン・スーツ」という仮の姿。中に人間型ロボットが入って操作しているわけです。それがブランドです。ちなみに「パンクラチオン」とは、古代ギリシアのオリンピア競技会で行われていた格闘技のことです。

ブランドは、稼いだファイトマネーを使って、「家族」を持っていました。女房と5人の子ども。身の危険が迫っていることを告げるゲジヒトに対し、ブランドは、モンブランへの復讐を逆に誓う。「俺は、家族を得て運を勝ちとった。」、「運は勝ちとるもんだ!」と言いながら「家族」の待つ自宅に帰るブランドを、ゲジヒトは祈るような気持ちで見送る。

ゲジヒトが次に向かったのは、東京。アトムに会うためです。ゲジヒトとアトムとの出会いの場面は印象的です。雨の中、合羽を着て道端のカタツムリを捕まえる男の子。それは、どこにでもいるごく普通の男の子です。それがアトム。そこに「鉄腕」の姿を想像することはとてもできません。

喫茶店(手塚が住んだ「トキワ荘」に因み、店の名前は「TOKIWA」)で向き合うゲジヒトとアトム。アイスクリームをおいしそうに食べ、外を通りかかる子どもの持つおもちゃに惹かれるアトムは、そこでも「普通の男の子」。しかし、ゲジヒトと交わす会話の中で、アトムが第39次中央アジア紛争平和維持軍として派遣されたこと、そこで「アイドルかポップスター」のように扱われたことが語られます。

モンブラン、ノース2号を殺した犯人の目的は、「世界最高水準のロボット7人を破壊すること」だろうというゲジヒトに、アトムは記憶チップの交換を申し出る。ゲジヒトの記憶を読み取ることで事件解明の手がかりを得ようというわけです。

「胸」に手を当て、目をつぶって、ゲジヒトの記憶を読み取ったアトムは、ゲジヒトの目を避けるようにトイレに入ると、突然涙をこぼす。アトムが読み取ったゲジヒトの「記憶」はいったい何だったのでしょうか?それはたぶん、ゲジヒト自身も知らない、という人工知能の常識を超える類のものだったのではないでしょうか?その謎が解明されるのはいつのことになるのか…?

別れ際、雨の中、ずっと手を振り続けるアトムの姿を見て、ゲジヒトは「胸がいっぱいに」なるのでした。「ロボットの私が…」。

さて、この章では、ゲジヒトがアトムに会うエピソードの前に、東京で起こった一つの殺人事件が描かれています。ロボット法学者の田崎純一郎が、自宅の庭で殺されていたのです。彼は、国際ロボット法の発案者であり、ロボットに「人権」を与えた張本人。捜査にあたる警視庁の田鷲警視は、「自分も含めて」、「彼をよく思わん連中は山ほどいるな…」とつぶやく。

田崎の遺体は、まるで洗濯物を干すようにロープでぶら下げられ、頭には、例の「角」がありました。その姿から、田鷲は、モンブランと、ロボット解放運動の指導者ランケの死をたぐり寄せ、その二つの事件の捜査に、ユーロポールのゲジヒトが関わっていることを知ります。

警視庁に戻った田鷲警視のもとに、アトムが現れます。田鷲は、「しょせん美しいも旨いもわからん」ロボットであるアトムにもいい印象は抱いていません。この事件も、人間の痕跡がないことから、田鷲は、ハナからロボットの仕業であると決めつけています。ところが、立体シミュレーションによる現場検証で、アトムは、田崎博士が、「人間」と縁側でお茶を飲み、羊羹を食べ、庭に咲く紫陽花を眺めていたことを突きとめるのです。さらに、彼が死の直前に連絡をとろうとして探していた名刺を見つけ出します。それは、科学省長官、お茶の水博士の名刺でした。お茶の水博士に会いに行ったアトムは、謎めいた言葉を博士に言う。「命を狙われているんです」、「ボラー調査団の元メンバー全員が…」。

アトムが「子ども」の姿をしたロボットであるということ、これはこの物語でとても重要な意味を持っているのだと思います。彼自身、ゲジヒトに言っています。「外観が子供だから、面白がられてサーカスに売られたんです」。これは、手塚作品でも語られている「事実」です。ただし、外観は子どもでも、彼の人工知能は「人並み」優れていました。だからこそ、人間に近い感受性や考え方をしてしまう。それはもしかしたら、アトムにとって悲劇を招くのではないのか…という不安に駆られます。たとえば、人間に限りなく近い「心」を持ちながら、この作品では、アトムは決して腹の底から「笑う」ということがありません。笑えない子ども、アトム─。

次回に続きます。

 

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