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「イングロリアス・バスターズ」─史実を変えちゃったタランティーノ。

2010-12-08 | ■映画
“INGLOURIOUS BASTERDS”
2009年/米国/152分

【監督・脚本】 クエンティン・タランティーノ
【ナレーション】 サミュエル・L・ジャクソン(※クレジットなし)
【出演】 ブラッド・ピット/アルド・レイン中尉 メラニー・ロラン/ショシャナ・ドレフュス クリストフ・ヴァルツ/ハンス・ランダ大佐 イーライ・ロス/ドニー・ドノウィッツ ダイアン・クルーガー/ブリジット・フォン・ハマーシュマルク

(C) 2009 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED.

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くせ者・タランティーノ、ついに「史実」まで変えてしまいました!

ラストには心底驚かされました。ヒトラーはじめ、ゲッペルスとか実在のナチス高官がざくざく出てくるというのに、タランティーノにしてみれば、彼らも「歴史上の人物」ではなく、映画をつくるための一つの「材料」でしかないのか。いともあっさりと「歴史的事実」を覆してしまう見事さ。こういう手もあったのか! 多くの人は溜飲を下げることになるのでしょうね。特にユダヤ系の人々は…。

第二次世界大戦が始まって間もなく、ナチス・ドイツは、1940年6月にはフランスのパリを占領、フランスを早々に降伏させます。こうして、以後1944年までの約4年間にわたって、フランス北半分はナチスの占領下に置かれることになります(南半分はヴィシー政府という傀儡政権が統治)。ナチスは、フランスでも、ドイツ国内と同様「ユダヤ人狩り」を行っていました。この映画は、そんな時代背景のもと、いくつかの章仕立てで物語が進んでいきます。

幕開けは、のどかな農場が広がるフランスの片田舎。“ユダヤ・ハンター”の異名を取るナチスのハンス・ランダ大佐(クリストフ・ヴァルツ)がある牧場主の家にやってくる。ランダ大佐の来訪の目的はしだいに明らかにされていくのですが、このあたり、のっけからすごい緊張感を漂わせてくれます。この章の結末では、一人の少女・ショシャナ(メラニー・ロラン)が逃げ去る。そして、彼女こそ、この物語の鍵を握る人物として、のちに再び登場してくる。幕開けとしては申し分のない章です。

さて、次の章で、初めて「イングロリアス・バスターズ」が登場してきます。”Inglourius Basterds”(=「栄光なき野郎ども」 ※正しいスペルは“Inglorius Bastards”ですが、映画のタイトルとして、意識的に誤ったスペルを使っているのだそうです)とは、「ナチス狩り」を目的として結成された連合軍の極秘部隊。ユダヤ系米国人を中心としたこの組織を率いるのは、アルド・レイン中尉(ブラッド・ピット)。彼は、バットで滅多打ちにして殺す“ユダヤの熊”ドニー(イーライ・ロス)や、元ドイツ兵のヒューゴ(ティル・シュヴァイガー)らを配下に置き、ナチスも真っ青の残忍な方法でナチス狩りに精を出していました。捕らえたナチスは基本的に皆殺し。しかも、殺したナチスは、片っ端から頭の皮を剥いでいくという恐ろしさ。ヒトラー(マルティン・ヴトケ)も、“イングロリアス・バスターズ”の存在には苛立ちを隠せない。



以降、舞台は1944年のパリに移り、今や映画館主として暮らしているしショシャナを中心に、彼女に近づいてくるナチスの若き英雄フレデリック(ダニエル・ブリュール)、相変わらず”ユダヤハンター”に精を出すランダ大佐、そしてイングロリアス・バスターズのレインたちが、様々な思惑を持って行動し、交錯する姿が描かれていきます。その焦点はすべて、フレデリックを主人公とする映画「国民の誇り」のプレミア上映会の夜に向けられていきます。その夜、ナチスの高官たちがパリにやってくるからです。

ランダ大佐は、美しい映画館主が、かつて牧場を一目散に逃げ去ったユダヤ人少女だとは気づかない。一方のショシャナにとっては、息が止まるほどの緊迫感あふれるランダとの邂逅。しかし、家族を皆殺しにされた恨みをショシャナは決して忘れてはいない。自分の映画館を犠牲にしてでも、プレミア上映会を利用して、ナチスに復讐を誓う。

面白いのは、「プレミアの夜」を利用しようとしていたのは、ショシャナだけではなかったところです。英軍も、この機を逃す手はないと、映画館を爆破してナチス高官をもろとも暗殺しようという極秘作戦を企てていました。そこに動員されたのがイングロリアス・バスターズ。彼らは、ドイツ兵に化けて、とある村の居酒屋でドイツの人気女優ブリジット(ダイアン・クルーガー)(=実は英国の二重スパイ)と落ち合うのですが、この居酒屋のシーンが一番印象的かも。「プレミアの夜」の作戦を練るはずが、あにはからんや、そこではナチスの同僚の赤ん坊誕生を祝うパーティが…。早く帰れよ~と思いながらも、どんちゃん騒ぎは果てしなく続いている。ようやく落ち着いて、いよいよ作戦会議を…と思いきや、そこにおもむろに登場するのがいかにも頭の切れそうなナチス高官。パーティのかたわら、隅っこの席で一人で本など読みながらビールを飲んでいたキザ野郎は、偽ドイツ兵を怪しみ、わざとらしく彼らの席にやってくる。彼がニセモノだと思ったのは、ほんのわずかな言葉のなまりのせいでした。お互いにテーブルの下で銃を向け合いながら、一触即発の場面。で、結局…。



そんなこんなでいよいよ迎えたプレミア上映会の夜。何と、そこにはヒトラー自身も姿を現す。イタリア語もろくに話せないくせに、イタリア人に化けてブリジットのお供として現れるレイン。さすがに歴戦のつわものも、とっても心許ない。一方、ショシャナの作戦のほうは抜かりない。フィルムが燃えやすいことを利用して、スクリーンの裏で上映中に火を放つという作戦だ。もちろん、映画館のドアは外から鍵をかけちゃって。「国民の誇り」の上映中に、フィルムを差し替えて、自らナチスに対する恨みを演説するシーンも事前にちゃんと撮ってある。ショシャナは最後まで強くて美しかった。



さて、この映画、主演はもちろんブラピ演ずるレインには違いない。しかし、ショシャナもそうですが、他の役者たちがあまりにも素晴らしくて、ブラピも全く形無し。特に、ランダ大佐。考えてみれば、最初のシーンから最後のシーンまで、ずっと登場しているのは彼しかいません。“ユダヤ・ハンター”として彼の見せる冷酷さ、非道さは、それだけナチス=ヒトラーに忠誠を誓っているんだろうなと思っていると、それさえ裏切られますから。そう、レインたちに捕まって、ドイツ兵の隠れている場所を教えろと問いつめられても、決して口を割らなかったナチス将校と全くの好対照です。自分さえ助かればナチスもヒトラーもどうなってもいいのですよ、ランダという男。そのあまりの無軌道ぶりに、これは喜劇だ!とさえ思ってしまいました。ま、そんな悪い奴の思うとおりにはコトは運ばないんですけどね。



タランティーノ特有の「よげしゃべり」(あ、津軽弁で「余計なおしゃべり」という意味です。)は相変わらずだし、2時間半という長さも一部にも不評らしいですが、私には全く長さが苦になりませんでした。一つ一つのシーンに、ちゃんと意味が込められていると思うし、これでもけっこうカットしたという話を聞くと、そのカットしたシーンも見たいと思う。

「史上最大の作戦」と同じように、ドイツ人はドイツ語を、フランス人はフランス語を、米国人は英語を、とそれぞれ母国語でちゃんと話しているのがいい。かすかな方言とか、なまりというのは私たち日本人が聞き分けるのは難しいかもしれませんが、居酒屋の偽ドイツ兵にしろ、レインのイタリア語にしろ、分かる人には分かるわけで、そのあたりのこだわりもヨーロッパならではで、面白いなと思いました。

「パルプ・フィクション」と同じくらい、あるいはそれ以上のタランティーノの傑作かもしれませんね、これは。


 

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