
世界陸上も今ひとつ盛り上がりに欠けたまま終了。テレビ局だから「スター」を作り上げたいのは分かるけど、何かにつけボルトボルトと煽ってくるのにはつくづく閉口。加えて、ボルトの登場時刻(レースのスタート時刻)は決して番組では明かさないのもいやらしい。「間もなく登場」、「この後登場」の連呼にはつくづくウンザリさせられました。ボルトの走りにはもちろんうならされましたが!
それにしても、一昨日の走り高跳び女子は美しかった。ブランコ・ブラシッチ(クロアチア)とアンナ・チチェロワ(ロシア)の一騎打ち。2m5cmをどちらも失敗して、2m3cmを先に跳んだチチェロワが金メダルを獲得、ブラシッチの世界陸上3連覇を阻止したわけですが、二人のそれまでの跳躍を見ていると、もうちょい記録は伸ばして欲しかった気もします。ブラシッチは、世界記録にあと1cmの2m8cm、チチェロワも2m7cmの自己ベストを持っているわけだし…。

いや、でもせいたくは言ってられませんね。チチェロワは、2mを超えるまでは、予選からすべて1回でクリアしてきて、毎回、ほとんど機械のように正確な助走、踏み切り、そしてジャンプを見せてくれました。彼女は、ブラシッチと対称的で、観客に拍手を求めたりはしない。跳ぶのは私よ、黙って見てなさい、って感じがまた美しい。
あの二人に加え、銅メダルを獲得したイタリアのディマルティノが33歳で頑張っているのも素敵でした。しかも身長169cm。ブラシッチなんて、身長193cmですからね。日本人でそのくらいの身長があったらバレーボールかバスケットボールやってますよね。ハイジャンプをやろうとはまず思わない。ディマルティノの身長でも、2mを跳べるというところ、解説の人も言ってましたが、ぜひ見習いたいものです。そういえば、チチェロワは昨年娘さんを産んで、今回1年ぶりに競技に復帰したのだとか。それで念願の金メダルとは、恐れ入ります。
ハイジャンプの選手って、男女を問わず、体に余計な肉が一切ない感じです。より高く跳ぶための最低限の筋肉のみ残して、あとの肉は徹底してそぎ落としている感じがします。お尻だって、出っぱってたら、バーに引っかかっちゃいますもんね。より軽く、羽根のように舞うための理想的な体型を、彼らは努力して作り上げているのでしょう。目的に合った体型づくりって、大切なんだなあと改めて思う。
今日は、三段跳びの決勝も見ましたが、同じ「跳ぶ」でも、横に跳ぶのと上に跳ぶのとは、全然違う。「横に跳ぶ」三段跳びや走り幅跳びは、投擲競技(円盤投げ、ハンマー投げ、やり投げなど)と同じように、何回か跳んで、その中で一番長い距離を記録とする。一方、「上に跳ぶ」走り高跳びや棒高跳びは、「バー」によってある一定の高さを設定しといて、それを「クリア」できるかできないかで勝敗を決める。この違いは、メンタルな部分で大きな違いなんじゃないかなあ…。単に垂直方向のジャンプ力を競うのなら、たとえば、「垂直跳び」(助走付き)にして、幅跳びと同じように、6回跳んで一番高いところに到達した人が優勝、ということでもいいわけです。そうではなくて、「超えるべき高さ」が予め定められているところに、走り高跳びという競技の奥深さがある。
ところで、今では当然のようにすべての選手が「背面跳び」をしていますが、この跳び方が始まったのは、今から50年ほど前のことです。走り高跳びの跳び方には、「はさみ跳び」、「ベリーロール」、「背面跳び」の3種類がありますが、このうち、理論的にも最も高く跳べる跳躍法が背面跳びとされています。
ただ、背面跳びは、理論的に編み出されたものではなく、偶然の産物だったというのがおもしろい。人類史上初めて背面跳びを行ったのは、米国のディック・フォスベリーという選手です。彼は、高校時代、走り高跳びの選手でありながらベリーロールが不得意だった。ある大会で、途中からはさみ跳びに切り替えたが、ある高さまでバーが上がると、脚を高く上げるだけではなく、腰自体を持ち上げる必要が出てくる。彼は実際に地面と体を平行にした格好でバーを超え、その感覚が忘れられずに、その後背面跳びを完成させたのだそうです。最初は、不格好な跳び方だとさんざん嘲笑されたそうですが、1968年のメキシコ・オリンピックで、ただ一人背面跳びで2m24cmをクリア、見事金メダルを獲得したことから、背面跳びが一気にメジャーになっていく。で、彼に付けられたニックネームが「フォズの魔法使い」。今や背面跳びは、彼の名をとって”Fosbury Flop”(フォスベリー・フロップ)と呼ばれています。1993年には、キューバのハビエル・ソトマヨルが2m45cmという世界記録を打ち立てていますが、これも背面跳びじゃなかったらちょっと無理な記録かもしれません。
フォスベリーのすごいところは、いくら笑われても、「より高い極み」を目指して自分の信念を曲げなかったこと。それって、なかなかできないことですよね。それより何より、私には、「背中から落ちる」という恐怖を克服したところがすごすぎる、と思う。たとえ一瞬でも、後ろ向きで歩いたり、背中から後ろに倒れ込んだりという経験をしたことのある人なら、それがどんなに怖いものか、わかると思います。しかも、ジャンプしたまま背中から落ちていくなんて!背面跳びの練習は、そういう恐怖を克服するところから始めると聞いたことがありますが、慣れるまでには相当時間がかかるのでは…と思います。
さて、チチェロワとブラシッチの対決に決着がついたあと、画面はすぐに別の競技に切り替わってしまいました。私はお互いに孤独な戦いを繰り広げてきた、いかにも対称的なあの二人が、抱き合ったりするのかな?と興味津々だったのですが、それが確認できずに残念だったのですが、あとで、ネットでちゃんと見ることができました。ブラシッチがチチェロワに駆け寄って、祝福のキスをしているのを。なんだかほっとしました。美しい戦いは、こうやって締められなくっちゃ!

それにしても、一昨日の走り高跳び女子は美しかった。ブランコ・ブラシッチ(クロアチア)とアンナ・チチェロワ(ロシア)の一騎打ち。2m5cmをどちらも失敗して、2m3cmを先に跳んだチチェロワが金メダルを獲得、ブラシッチの世界陸上3連覇を阻止したわけですが、二人のそれまでの跳躍を見ていると、もうちょい記録は伸ばして欲しかった気もします。ブラシッチは、世界記録にあと1cmの2m8cm、チチェロワも2m7cmの自己ベストを持っているわけだし…。


いや、でもせいたくは言ってられませんね。チチェロワは、2mを超えるまでは、予選からすべて1回でクリアしてきて、毎回、ほとんど機械のように正確な助走、踏み切り、そしてジャンプを見せてくれました。彼女は、ブラシッチと対称的で、観客に拍手を求めたりはしない。跳ぶのは私よ、黙って見てなさい、って感じがまた美しい。
あの二人に加え、銅メダルを獲得したイタリアのディマルティノが33歳で頑張っているのも素敵でした。しかも身長169cm。ブラシッチなんて、身長193cmですからね。日本人でそのくらいの身長があったらバレーボールかバスケットボールやってますよね。ハイジャンプをやろうとはまず思わない。ディマルティノの身長でも、2mを跳べるというところ、解説の人も言ってましたが、ぜひ見習いたいものです。そういえば、チチェロワは昨年娘さんを産んで、今回1年ぶりに競技に復帰したのだとか。それで念願の金メダルとは、恐れ入ります。
ハイジャンプの選手って、男女を問わず、体に余計な肉が一切ない感じです。より高く跳ぶための最低限の筋肉のみ残して、あとの肉は徹底してそぎ落としている感じがします。お尻だって、出っぱってたら、バーに引っかかっちゃいますもんね。より軽く、羽根のように舞うための理想的な体型を、彼らは努力して作り上げているのでしょう。目的に合った体型づくりって、大切なんだなあと改めて思う。
今日は、三段跳びの決勝も見ましたが、同じ「跳ぶ」でも、横に跳ぶのと上に跳ぶのとは、全然違う。「横に跳ぶ」三段跳びや走り幅跳びは、投擲競技(円盤投げ、ハンマー投げ、やり投げなど)と同じように、何回か跳んで、その中で一番長い距離を記録とする。一方、「上に跳ぶ」走り高跳びや棒高跳びは、「バー」によってある一定の高さを設定しといて、それを「クリア」できるかできないかで勝敗を決める。この違いは、メンタルな部分で大きな違いなんじゃないかなあ…。単に垂直方向のジャンプ力を競うのなら、たとえば、「垂直跳び」(助走付き)にして、幅跳びと同じように、6回跳んで一番高いところに到達した人が優勝、ということでもいいわけです。そうではなくて、「超えるべき高さ」が予め定められているところに、走り高跳びという競技の奥深さがある。
ところで、今では当然のようにすべての選手が「背面跳び」をしていますが、この跳び方が始まったのは、今から50年ほど前のことです。走り高跳びの跳び方には、「はさみ跳び」、「ベリーロール」、「背面跳び」の3種類がありますが、このうち、理論的にも最も高く跳べる跳躍法が背面跳びとされています。
ただ、背面跳びは、理論的に編み出されたものではなく、偶然の産物だったというのがおもしろい。人類史上初めて背面跳びを行ったのは、米国のディック・フォスベリーという選手です。彼は、高校時代、走り高跳びの選手でありながらベリーロールが不得意だった。ある大会で、途中からはさみ跳びに切り替えたが、ある高さまでバーが上がると、脚を高く上げるだけではなく、腰自体を持ち上げる必要が出てくる。彼は実際に地面と体を平行にした格好でバーを超え、その感覚が忘れられずに、その後背面跳びを完成させたのだそうです。最初は、不格好な跳び方だとさんざん嘲笑されたそうですが、1968年のメキシコ・オリンピックで、ただ一人背面跳びで2m24cmをクリア、見事金メダルを獲得したことから、背面跳びが一気にメジャーになっていく。で、彼に付けられたニックネームが「フォズの魔法使い」。今や背面跳びは、彼の名をとって”Fosbury Flop”(フォスベリー・フロップ)と呼ばれています。1993年には、キューバのハビエル・ソトマヨルが2m45cmという世界記録を打ち立てていますが、これも背面跳びじゃなかったらちょっと無理な記録かもしれません。
フォスベリーのすごいところは、いくら笑われても、「より高い極み」を目指して自分の信念を曲げなかったこと。それって、なかなかできないことですよね。それより何より、私には、「背中から落ちる」という恐怖を克服したところがすごすぎる、と思う。たとえ一瞬でも、後ろ向きで歩いたり、背中から後ろに倒れ込んだりという経験をしたことのある人なら、それがどんなに怖いものか、わかると思います。しかも、ジャンプしたまま背中から落ちていくなんて!背面跳びの練習は、そういう恐怖を克服するところから始めると聞いたことがありますが、慣れるまでには相当時間がかかるのでは…と思います。
さて、チチェロワとブラシッチの対決に決着がついたあと、画面はすぐに別の競技に切り替わってしまいました。私はお互いに孤独な戦いを繰り広げてきた、いかにも対称的なあの二人が、抱き合ったりするのかな?と興味津々だったのですが、それが確認できずに残念だったのですが、あとで、ネットでちゃんと見ることができました。ブラシッチがチチェロワに駆け寄って、祝福のキスをしているのを。なんだかほっとしました。美しい戦いは、こうやって締められなくっちゃ!

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