先日、国立教育政策研究所社会教育実践研究センター主催の研修で「事例発表」を依頼されたのですが、ついでに(!)その後の「研究協議」の進行も頼まれたので、丸々2日間、社会教育に携わる皆さんと久しぶりにいろいろなお話しができて、とても勉強になりました。
セミナーのテーマは「新たな公共の形成に資する社会教育プログラム」。「新たな公共」って、最近よく耳にする言葉ですが、要するに「行政≠公」ではなくて、民間(住民)と行政が協働で公共サービスを担っていく、という意味だと思います。社会教育でいえば、たとえば、講座などの学習機会にしても、行政が提供するだけでなく、学習者が「学習成果を生かして」、プログラムを企画するとか、そういう仕掛けや仕組みづくりが大切だと…。
そういう意味で言えば、社会教育はもうずっと前からそういうことを目指してやってきているわけで、特に目新しいことではありません。というより、社会教育活動そのものが、そもそも民間(住民)主体であり、行政はそれを「補完」するのが本来の姿だったはずですね。もっとも、いつのまにか「社会教育」=「社会教育行政」みたいな意識になってしまっていますが。
「新たな公共」がキーワードなだけに、行政と民間との関係について、いろいろな意見を聞けたし、また考えさせられました。
同じく事例発表をされた中間支援NPOの方がおっしゃっていました。たとえば、「仕組みとかシステムづくりだって、行政の専売特許ではない」。私なんかは、システムはやっぱり行政の仕事だろうと思っていたので、この言葉はとても衝撃的でした。確かに、民間のNPO法人の中には、社会全体を見通して仕組みづくりをしている団体があります。「行政でなければできないこと」については、考え方を大きく変えていく必要がありそうです。
彼女の言葉でもう一つ印象に残っているのが、「行政がNPOの真似をしてきている」。う~ん! これも行政に身を置く者としてはショーゲキ的! NPOに学ぶ姿勢、これこそ、これからの行政職員に求められることなのかもしれません。
ところで、受講者の質問の中で、「住民の学習ニーズも大事だが、地域の課題や"現代的課題"の講座もやれと言われる。でもそういう講座は受講者を集めるのに苦労する」という、いわば社会教育の「永遠の課題」の一つが話題にのぼりました。現場の方はそのことで相変わらず苦労されているんだなあとつくづく思いました。
私は、「地域課題と言うけれど、それはいったい誰にとっての課題なのか。行政にとっての課題ではないはず。地域住民の皆さんが問題だと感じること、課題だと認識して解決を図っていくような意識を持たなければ、いつまでたってもこの問題は解決されないのではないか。ちょっと視点を変えて、行政がそういう講座を設定するだけでなく、そういう意識を持った人をつかまえて、背中を押してあげるというやり方に転換したらどうか。そういう人のネットワークで学習の場を作り上げていく。行政はそれを側面から支援する…といったように。」てなことを脈絡もなく発言しましたが、「新たな公共」とはそういうことではないのかと思っています。
でも、実際にはよほど行政職員が住民の間に入り込んでいないと、それはむずかしいでしょう。ある大学の先生が、これからは行政職員も住民のネットワークの中に入るべきだ、とおっしゃっていましたが、それがなかなかできないので、「協働」もそこでつまずいてしまう。「新たな公共」づくりは、いい言葉だと思いますが、その理念を現実化するにはまだまだ相当な時間がかかりそうです。
セミナーのテーマは「新たな公共の形成に資する社会教育プログラム」。「新たな公共」って、最近よく耳にする言葉ですが、要するに「行政≠公」ではなくて、民間(住民)と行政が協働で公共サービスを担っていく、という意味だと思います。社会教育でいえば、たとえば、講座などの学習機会にしても、行政が提供するだけでなく、学習者が「学習成果を生かして」、プログラムを企画するとか、そういう仕掛けや仕組みづくりが大切だと…。
そういう意味で言えば、社会教育はもうずっと前からそういうことを目指してやってきているわけで、特に目新しいことではありません。というより、社会教育活動そのものが、そもそも民間(住民)主体であり、行政はそれを「補完」するのが本来の姿だったはずですね。もっとも、いつのまにか「社会教育」=「社会教育行政」みたいな意識になってしまっていますが。
「新たな公共」がキーワードなだけに、行政と民間との関係について、いろいろな意見を聞けたし、また考えさせられました。
同じく事例発表をされた中間支援NPOの方がおっしゃっていました。たとえば、「仕組みとかシステムづくりだって、行政の専売特許ではない」。私なんかは、システムはやっぱり行政の仕事だろうと思っていたので、この言葉はとても衝撃的でした。確かに、民間のNPO法人の中には、社会全体を見通して仕組みづくりをしている団体があります。「行政でなければできないこと」については、考え方を大きく変えていく必要がありそうです。
彼女の言葉でもう一つ印象に残っているのが、「行政がNPOの真似をしてきている」。う~ん! これも行政に身を置く者としてはショーゲキ的! NPOに学ぶ姿勢、これこそ、これからの行政職員に求められることなのかもしれません。
ところで、受講者の質問の中で、「住民の学習ニーズも大事だが、地域の課題や"現代的課題"の講座もやれと言われる。でもそういう講座は受講者を集めるのに苦労する」という、いわば社会教育の「永遠の課題」の一つが話題にのぼりました。現場の方はそのことで相変わらず苦労されているんだなあとつくづく思いました。
私は、「地域課題と言うけれど、それはいったい誰にとっての課題なのか。行政にとっての課題ではないはず。地域住民の皆さんが問題だと感じること、課題だと認識して解決を図っていくような意識を持たなければ、いつまでたってもこの問題は解決されないのではないか。ちょっと視点を変えて、行政がそういう講座を設定するだけでなく、そういう意識を持った人をつかまえて、背中を押してあげるというやり方に転換したらどうか。そういう人のネットワークで学習の場を作り上げていく。行政はそれを側面から支援する…といったように。」てなことを脈絡もなく発言しましたが、「新たな公共」とはそういうことではないのかと思っています。
でも、実際にはよほど行政職員が住民の間に入り込んでいないと、それはむずかしいでしょう。ある大学の先生が、これからは行政職員も住民のネットワークの中に入るべきだ、とおっしゃっていましたが、それがなかなかできないので、「協働」もそこでつまずいてしまう。「新たな公共」づくりは、いい言葉だと思いますが、その理念を現実化するにはまだまだ相当な時間がかかりそうです。
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