無知の知

ほたるぶくろの日記

科学論文とはどんなものか?

2014-04-12 18:55:19 | 生命科学

STAP現象について書いていく前に、述べておきたいことがあります。

科学論文とは何か?ということです。

今回の会見のあと「O氏はいじめられてかわいそうだ。専門家は難癖ばかりつけておかしい。」という意見が世間一般にあることを知りました。これは日本の科学リテラシーの問題です。かなり危機感を持ったため、まず科学論文とはどのようなもので、科学者の世界とはどういうものであるのかを説明しようと思いました。

科学論文とは

「ある仮説が、現在の技術レベルと科学的考察において正しいと結論できるだけの必要十分な証拠(実験結果)を示し、仮説が正しいことを証明したと述べる文書」

のことです。

単に「ある現象の可能性を論述する」ものではありません。 

そして科学者は論文を提出しますと必ず沢山の批判に晒されます。

まずは論文の査読者(レビューアー)から

「これこれを主張するならこういう実験はしたのか?実験結果をいついつまでに送れ。」

などという要求があります。そこでわれわれは必死で期限までに追加実験をし、結果を論文に含め、書き直しをします。もしも批判を受けて行った実験結果が仮説に反するものであればその時点で論文の結論は否定されることになり、投稿した論文は却下(リジェクト)されます。

そのようなやり取りをへてレビューアーがOKをだしますと、やっと論文は採択(アクセプト)されます。

このような過程は博士論文の提出時にもあります。論文を審査の教授や助教授に提出し、その後ご意見を伺いに行きます。その時点で実験方法や結果についてかなり突っ込まれます。私の時は副査の教授に立ちっぱなしで3時間くらい説明したおぼえがあります。なかなか博士論文を通さない先生だと有名な方で、大分緊張しました。それはさておき、論文の話しでした。 

さて、アクセプトされた論文はいよいよ出版され、公表されることになりますが、ここでまた多くの批判的意見がでてきます。それらの批判で重要な指摘があれば、有り難く頂戴し、さらに追加の実験を行い、自分の仮説の正しさをさらに盤石なものにするべく研究をすすめます。それらをまとめて次の論文にし、さらに仮説を先へ進めることを考えます。 

このように論文には必ず批判がつきものですし、それがあるからこそ科学的事実は論文発表の後も磨かれ、より正しい結論、正しい理解へと近づくことができるとわれわれは考えています。したがって、発表された論文やデータに対する批判的意見というのは当然のことであり、なんらおかしいことではありません。それも正当な科学的活動の一部です。無視されるよりも余程良いことです。それだけ科学的インパクトのあるテーマであったことの証左ですから。

今回専門家がかなり厳しい意見を公表しているため、一般社会の方々の目には「いじめ」のように映るのでしょうか。しかし、私が目にした専門家の論考は厳しいものであってもどれも正当であり、当然の批判でした。それを受けて立ち、しっかりとした実験結果を示してこそ、きちんとした研究者です。何の実験結果も示さず、自分の仮説は正しい、とだけ主張しても科学コミュニティーは認めません。

実験結果が示せない、ということは、その時点では仮説はまだ仮説に留まる、ということです。つまり、論文は撤回されるべきなのです。しかし、それは仮説が否定されたことではありません。O氏が「否定されてしまう。」と訴えていましたが、専門家はそのようなことは言っていません。仮説に留まっている、と言っているのです。

 

今回の論文に関する事件の問題点のひとつは、Natureのレビューがあまりにずさんであったことでしょう。図のすり替えや、画像の編集といった、現在不正かどうかという議論の対象になっている点はさておき、それら全ての画像が正しかったとしても、疑義が生じるような論文であったからです。かなりの程度S氏の名前がものを言った可能性があります。つまり、S氏が入っているんだから、この論文は大丈夫だろう、という油断です。その点は私もまったくそうであったため、猛省しております。

漏れ聞くところによるとNature論文が公表された直後に、さる免疫学大家のH先生は「こんなPCRでは証明になってない。全然だめだ。」と言われていたそうです。先に書いたT細胞レセプターの組換えを検出したとするPCRの結果のことを批判しておられました。あの図が切り貼りではなかったとしても、不十分であったのです。それをNatureの査読者は見逃していたわけで、Natureもしっかりとこの点を検証するべきだと思います。


健康診断基準

2014-04-10 07:25:34 | 生命科学

昨日はO氏の会見が午後にありましたが、科学的な議論が法律家の議論になっており、大変不愉快に思いました。ひとつひとつのデータの加工や異なった画像の使用は、それをやること自体に問題があります。どういう意図を持ってやったのか?を議論するのは法律家の議論でしょう。しかし論文が正しいかどうかは全く別の次元の問題です。今の時点で「○○細胞はあります。」と何度言っても無駄です。それを沢山の報道陣を前にして世間に向かって言っても無駄です。それは整ったデータの提出による科学的証明によって初めて主張することができます。

論文についてのあのような主張の仕方、撤回しない、間違っていない、という連呼は、それこそ自然科学を愚弄している態度だと思います。昨日の会見はますます疑義を強めることになりましたが、そういうことを平気でできる、という事実がはからずしも彼女がいかに素人であるかを証明することになってしまいました。日本の科学研究のレベル低下に開いた口が塞がりません。早稲田大学と理研の責任は徹底的に追及されなくてはならないでしょう。

 

さて、以前書きましたように、健康診断基準は正常の範囲があまりに狭く、検査項目によっては検査を受けた半数が異常と判断されるものもあります。それがやっと改正されるようです。以下は4月5日の記事です。

「日本人間ドック学会と健康保険組合連合会は4日、血圧や肥満度などについて、健康診断や人間ドックで「異常なし」とする値を緩めると発表した。国内で人間ドックを受けた人の値を調べたところ、血圧やコレステロールの値がこれまでの基準より高くても「健康」だった。学会は新基準を6月に正式に決め、来年4月から運用する予定。

  学会は2011年に人間ドックを受けた約150万人のうち、たばこを吸わずに持病がないなどの条件を満たす約34万人を「健康な人」とした。そこから5万人を抽出して27の検査項目の値をみた。その結果、従来は130未満を「異常なし」としていた収縮期血圧は、147でも健康だった。85未満が「異常なし」だった拡張期血圧も94で健康だった。

血圧 (mmHg)  これまで      改正後

収縮器    130未満          88~147

拡張期     85未満        51~94

                 男性     女性

肥満度BMI   25未満     18.5~27.7  16.8~26.1

肝機能(GPT)   0~30      10~37   8~25

総コレステロール 140~199   151~254  145~238 (30~44歳)

(mg/dl)                            163~273  (45~64歳)

                        175~280  (65~80歳)

LDL                  60~119      72~178    61~152 (30~44歳)

(mg/dl)                             73~183  (45~64歳)

                         84~190  (65~80歳)」

特筆すべきは女性のコレステロールの値が年齢別になり、正常値が分かれたことです。一番問題だと思っていた点が改正されるようで結構なことです。

 

研究不正の話し

2014-04-05 13:46:57 | 生命科学

STAP現象を巡る問題の報道の陰に隠れてしまい、東大分生研の加藤氏のラボで起こった膨大な捏造事件の重要な人物についての報道はあまり注目されていません。以下の報道です。

「筑波大教授らが研究論文で不正  2014/3/31 21:06

筑波大は31日、生命環境系の柳沢純教授(50)と村山明子元講師(44)らが発表した3本の論文に不正が見つかったと発表した。柳沢氏は同日付で依願退職したが、筑波大は近く懲戒審査委員会を立ち上げてどう処分するか審議する。

 柳沢氏らは東京大分子細胞生物学研究所に在職していたときに発表した論文でも改ざんが見つかっている。

 不正があったのは、米科学誌セルなどに発表した3本の論文で、画像の切り貼りなどが見つかった。このうち1本は意図的に加工した部分があり論文の撤回を勧告する。残りの2本は訂正が必要と説明している。

 2012年2月、外部から筑波大に不正の指摘があり、調査委員会を設置。柳沢氏らが在籍中に発表した30本について調査していた。

 筑波大は「厳粛に受け止め、教職員、学生に注意喚起文を配るなどして再発防止に努めたい」とのコメントを発表した。再発防止策として、14年度から研究倫理教育責任者を設置し、教職員や学生に対して倫理教育を実施する。」(読売新聞より)

こちらは理研の問題より、より規模が大きく、関係者も多い深刻な事件です。まだ上記の二人の他、重要人物が一人いますが、その方の名前は表に出てきていません。しかし、水面下ではいろいろ調整が進んでいるはずです。研究結果を捏造する、ということを博士課程の学生にもやらせていたため、多くの博士号取得者の論文が撤回になり、博士号が取り消しになりました。学生さんたちにしてみれば本当に踏んだり蹴ったりでした。

ただ、ここで考えなくてはならないのは、それらの学生さん達も自分でやっていることの是非を自分自身に問うことができたということです。もちろん、加藤氏のラボは超有名ラボでした。そんな「立派な」先生がやることに歯向かうことはできない。と思ったことでしょう。しかし、なのです。

もちろん、その場に自分がいたら、どうしたか?止めることができたか?あるいは真実を外へ向かって訴えることができたか?と自分に問いますと、それはかなり厳しい問いであることは百も承知です。しかし、そういう問題なのです。私自身に対しても厳しく問うて行かなくてはならない問題であると思っています。

今から5−6年前では訴えて行くところもなかったでしょう。最近でも、あらゆる研究施設にコンプライアンス委員会なるものできていますが、大体その長は研究施設の偉いさんです。ですから、研究施設の不正に関して、コンプライアンス委員会に訴えても無駄と言うことになります。今回の理研の問題では、大体どんな研究をしているのか、さえも周りに知らされていない密室状態の研究室でした。加藤氏の研究室も多分外の研究室とのやり取りはかなり制限されていたのではと推察します。そういう環境で外へ向かって不正を訴えるとは大変に難しかったでしょう。おそらくそっとその場を去ることが最善の選択かもしれません。しかし、もしもそれを我慢し、有名雑誌へ論文を掲載し、職を得ることができるなら、、、。そう思っても誰も強くは批判できますまい。彼らは本当にものすごい努力をして、そこまで来たのです。

それにしても加藤氏のラボの論文に関してはずいぶん前から、おそらく十年以上前から、実験結果がきれいすぎる、追試をしても再現性がない、という話しは聞いていました。しかし、だれもそれについて追求することはありませんでした。なぜなら、加藤氏の背後には数人の生物学、生化学、医学界の有名な重鎮の先生方がついていたからです。それらの方々の立場をも危うくしてしまう大きなマターを誰が言挙げしようとするでしょうか。

発覚のきっかけはjuichijigenと名乗る匿名の方がその捏造データの詳細な検証結果をネットに公表されたことでした。その検証は実に詳細かつ精密であり、おそらくは研究の現場にいたと思われる専門性を兼ね備えたものであったため、われわれライフサイエンスに携わるものの間でそれは瞬く間に評判になり、いくら偉い先生方のラボの話しとはいえ無視できないことになって行ったのです。

大体有名ラボでは言論統制が厳しいものです。競争が激しい分野が多いからです。しかし、その密室性を良いことに内部ではさまざまなおぞましいことが行われています。巷間で話題になっているいわゆるパワハラ、アカハラはアタリマエの世界です。その中でもなんとか耐えて研究者として独立して行ければ大変に素晴らしいことです。しかし、決して研究不正を黙って見逃すようなメンタリティだけは持って頂きたくありません。もっともそれも含めてのパワハラ、アカハラではあるわけですが。

どうすればよいのか、研究者への倫理教育の不足だとかの「お花畑」議論をされている上記の東大分生研に関係する有名先生もいらっしゃると聞いています。ご自分の身の回りをまずはすっきりさせてからそういう議論をして頂きたいと思っています。