無知の知

ほたるぶくろの日記

STAP細胞について3

2014-04-19 16:46:09 | 生命科学

 

Nature article

「Stimulus-triggered fate conversion of somatic cells into pluripotency」

Here we report a unique cellular reprogramming phenomenon, called stimulus-triggered acquisition of pluripotency (STAP), which requires neither nuclear transfer nor the introduction of transcription factors. In STAP, strong external stimuli such as a transient low-pH stressor reprogrammed mammalian somatic cells, resulting in the generation of pluripotent cells. Through real-time imaging of STAP cells derived from purified lymphocytes, as well as gene rearrangement analysis, we found that committed somatic cells give rise to STAP cells by reprogramming rather than selection. STAP cells showed a substantial decrease in DNA methylation in the regulatory regions of pluripotency marker genes.

Blastocyst injection showed that STAP cells efficiently contribute to chimaeric embryos and to offspring via germ line transmission.We also demonstrate the derivation of robustly expandable pluripotent cell lines fromSTAP cells. Thus, our findings indicate thatepigenetic fate determination of mammalian cells can be markedly converted in a context-dependent manner by strong environmental cues. (v505:641-647 アブストラクト)

(以下私訳、[ ]内は訳者が挿入)

ネイチャー誌記事「刺激による多分化能性細胞への体細胞の運命転換」

今回われわれは類のない細胞のリプログラム現象を報告する。これを刺激惹起性多能性獲得(STAP)と名付けた。この現象は核移植も転写因子の導入も必要としない。STAPでは、一時的な酸性ストレスなどの強力な外的刺激がほ乳類体細胞をリプログラミングし、多能性細胞を生成した。遺伝子再構成はもとより、精製したリンパ球からできたSTAP細胞のリアルタイム画像によって、われわれは[ある細胞系列への分化を]方向付けられた体細胞が、選択というよりはリプログラミングによってSTAP細胞を生成したことを見出した。

STAP細胞では多能性のマーカー遺伝子領域のDNAメチレーションがかなりの程度減少していた。ブラストシスト注入実験によってSTAP細胞がキメラ胎児に効率よく寄与し、生殖細胞系列へも入り、子孫を産生した。さらにわれわれはSTAP細胞からよく増える多能性細胞株を誘導したことを示す。このように、われわれの知見はほ乳類体細胞のエピジェネティックな運命決定は、強力な環境要因によって、状況依存的にかなりの程度転換されうることを示している。

(以上、問題の論文のアブストラクトを転載しました)

 昨日いただいたコメントの中の科学的部分に関しては少し詳しく書いた方がよいと考え、記事にすることにしました。

TCRの件に関しては、質疑応答の中で、付加的なデータとして認識していた、という氏の自説を述べてました。つまり、生まれたマウスの脾臓に胎児にも胎盤にも寄与できるような幹細胞の存在は認められていない、という現時点でのコンセンサスに基づき、脾臓のCD45+細胞を用いることで十分に体細胞であるとう担保はある、ということだと理解しました。』(議論1)

S氏の「TCRのデータを付加的なデータとして認識していた」という主張や、その基礎となる「生まれたマウスの脾臓に胎児にも胎盤にも寄与できるような幹細胞の存在は認められていない、という現時点でのコンセンサス」という認識はあまりに論理的に甘いと思います。

つまり実験の前提として「マウス新生児の脾臓に幹細胞はいない」(仮説1)という仮説を用いていたということです。仮説1は証明されていません。「現時点でのコンセンサス」とは単なる一般的な常識のようなものであり、これを科学的思考の前提条件におくことはできないでしょう。

「刺激を加えた細胞集団の中からOct4-GFP陽性細胞が出て来た」という現象をどう考えるか?このとき二つの可能性が考えられます。

1)もともとそこに陽性細胞になる能力を持った幹細胞様の細胞がいた

2)分化した体細胞が運命転換をおこし(リプログラミングされ)陽性細胞になった

1)と2)どちらなのかを明らかにするのがこの論文の主旨だったはずです。

それなのに、上記のような仮説1を既定の前提条件にしてしまい、初めから1)の可能性を切り捨てて2)の可能性だけを考察する、というのは論理的に甘いのです。しかもMuse細胞の例にもあるように、最近ではあちこちの組織でいわゆる「幹細胞様の細胞が存在する」ことが証明され初めているのです。仮説1を証明しないままでは全くの片手落ちになってしまいます。

私は議論1にある『脾臓のCD45+細胞を用いることで十分に体細胞であるとう担保はある』とは思いません。1)の可能性は十分にあると考えます。 

S氏はそこに気づいていたと思います。そこで2)の可能性を強く打ち出すためにTCR再構成のデータを出したのでしょう。リンパ球からSTAP細胞を作ったと主張しているからです。 

『また論文内にもSTAP幹細胞にTCR再構成を確認したという記述はありません(件の電気泳動の図はSTAP細胞です)。STAP幹細胞は成熟T細胞由来であるという主張は、少なくとも論文中にはありません。 STAP細胞がT細胞由来であるという解釈は弱くなりますが、それが必ずしも体細胞の初期化という主張を覆すものではないとおもいますが、いかがでしょうか?』(議論2)

『必ずしも体細胞の初期化という主張を覆すものではないとおもいますが、いかがでしょうか?』とのご質問に関してはその通りです。しかし、逆に『体細胞の初期化という主張』は全く証明されない仮説のまま残っているということです。すなわち、この論文では『体細胞の初期化という主張』という最も重要な仮説が証明されるに十分なデータがない、ということでもあります。

おっしゃるようにTCR再構成のデータはSTAP細胞のデータと書いてあります。これはつまり暗に「STAP幹細胞にはTCR再構成はありません」ということを示している、ということでしょうか?

それではSTAP幹細胞とは一体どういう細胞なのでしょうか?TCR再構成をもった細胞であるSTAP細胞から出て来たSTAP幹細胞はやはりTCR再構成を持っている、と考えるのは実に自然な論理の流れではないでしょうか?

論文中にSTAP細胞を用いたキメラマウス臓器でのTCR再構成について示されていませんでしたし、確かにSTAP幹細胞でのTCR再構成も示されていませんでしたので、私はかなり甘いなとは思いました。しかし、そこを善意に解釈し、きっとTCR再構成はあるのだろうと考えていました。あるいはサプリメンタルデータにそれがあるのではないかと考えていました。よくないことですが、S氏やW氏、N氏が名を連ねている論文です。そのような、あたかも人をだますような論文であるはずがない、と考えておりました。

「S氏はキメラマウスのTCR再構成に関して「解析が終わっていないので知らない」との回答でしたが、自身が発明者の一人であるはずの特許明細にはキメラマウスに再構成があったと書かれています(段落0038とFig. 20)。矛盾です。(VARDIGA氏)」のような話しもあります。S氏はまだデータが出揃う前に論文を書いてしまったのでしょうか?そして解析結果がTCR再構成ネガティヴであったため、このような人を煙に巻くような論文になってしまったのでしょうか?

今の時点でもっとも示されるべきデータとはTCR再構成のあるSTAP細胞から作製されたキメラマウスの臓器DNA中のTCR再構成のデータでしょう。上記のアブストラクトにも遺伝子再構成を体細胞マーカーとして体細胞ー多能性細胞 細胞運命転換を示した、と書いてあるのです。言い逃れはできますまい。

 

さて、STAP細胞はTCR再構成を持っているのに、そこから派生したSTAP幹細胞はTCR再構成を持っていない。つまり体細胞へ分化した細胞ではなかった可能性がある、ということになります。そして1)の可能性がここで浮上してくるのです。

また、このことは「STAP細胞」と筆者が呼んでいる細胞集団はかなりheterogeneity(異種性)をもった細胞集団だということを示しています。Oct4-GFP陽性ではあるが、T細胞へコミットした細胞もそうでない細胞も存在するということです。

TCR再構成を持っていなかったOct4-GFP陽性細胞とは一体どういう細胞なのでしょう?そのような細胞集団から派生して来たこのSTAP幹細胞とはどういう細胞なのでしょうか?