無知の知

ほたるぶくろの日記

STAP細胞のトランスクリプトーム解析について

2014-04-20 17:41:05 | 生命科学

先日、コメント欄にSTAP細胞のトランスクリプトーム解析に関する考察を貼って頂きました。

この方は、ES細胞とSTAP幹細胞両者のゲノムを次世代シークエンサーで解析した公開データを解析され、ここにあるSTAP幹細胞ゲノムデータは限りなくES細胞と同一であることを指摘された方です。私もその解析と考察は読ませて頂いておりました。このデータの取得の際に提供されたDNAサンプルがもしかしたら「誤って」ES細胞のものをSTAP幹細胞のものとして出してしまった、と言い訳されるかもしれず、それをもってES細胞の混入だ、と結論できない可能性があります。

簡潔にいえば、彼らには言い逃れの余地がいくらでもあるので、それは決定的な不正の証拠にはならないと思います。ただ、このような考察をして頂くことで、真実解明へ一歩近づいたことは確かです。重要な貢献であり、敬意を表します。

 

さて、今回のトランスクリプトーム解析結果についての考察では、「STAP細胞」の遺伝子発現パターンが実験によってかなり差があることを問題にされていました。そして、

「少なくともそれぞれの図ごとに非常に異なる遺伝子発現をもつ別種の「STAP細胞」があるということを示しています.しかし同じ図に使われるデータ同士は似通っているので,作成日時によってその時々の「STAP細胞」があるかのようです.」

と書かれています。

そもそも「STAP細胞」とはクローンではありません。CD45陽性の細胞を集めて来て刺激を与え、生き残った細胞からOct4-GFP陽性細胞を集めたものです。昨日の記事でも書きましたが、STAP細胞はそもそもheterogeneityの高い細胞集団だということです。おそらく、実験ごとにかなり異なった組成の細胞集団なのではないかと推察します。

このことは殆どの生命科学の現場で実験を行っている研究者なら予想はつきます。毎回異なった材料を使って実験を行えば、結果はさまざまであり、それが何に起因するのかはよくわからない状況となります。そこで大抵の細胞生物学者はそこからクローニングをし、その細胞について様々な実験を行う、という手法をとります。

しかし、このSTAP細胞は増殖性が悪く、長期には培養できないため、クローニングもできない。そこでヘテロな集団のまま解析することになります。これは細胞生物学的には最悪なのですが、生物学的にはアーティファクトが入りにくく、培養によるバイアスがかからないため、余程真実に近づくことができる良い方法だと思います。

しかし、上記の指摘にもあるように実験ごとに細胞集団が異なると、常に異なる結果が出てきます。技術的にさらに進み、細胞一つ一つのトランスクリプトーム解析ができるようになればこの辺りの悩みは解決できるのですが、今はまだそこまで来ていません。ともかく、ことほど左様に、STAP細胞とは雑多な細胞の集団なのです。上記の指摘ではSTAP細胞のトランスクリプトーム解析結果が毎回異なっていると指摘されていますが、それは全くもって当たり前のことである、としか言いようがありません。

批判するならば、それだけ異なるデータの中からどうして、あるデータだけを取り出しES細胞や他の細胞と比較したのか?ということでしょう。どのような基準でその特定のデータを選んだのか?恣意的に選んだのではないのか?本来ならばその辺りのことも論文中に書かれていなくてはならないはずです。しかし、ざっと見たところその基準等については何ら説明はありませんでした。ここも私が論文の構成が甘い、という点です。それだけ毎回異なるのであれば、例えば10回分をまとめ、平均化したデータを作り、STAP細胞集団の平均的データ、という名目をつけて使用するのも一つの手かもしれません。

重要なポイントは「STAP細胞」とは性質の定まった確固たる「細胞」ではない、ということです。ともかくそのようなSTAP細胞の性質についてあの論文では議論していたのです。例えばTCR再構成があった、といっても、おそらく100以上の(大体は10000個くらいの)細胞からDNAを抽出し、そのDNAを用いてPCRを行いTCR再構成があるとかないとか言っているわけです。この100~10000個の細胞の中の例えば1個でもTCR再構成があればPCRで再構成されたTCRのバンドは検出できるでしょう。PCRは非常に感度の高い検出法です。(だからこそウイルス感染の有無などのチェックに用いられる)したがって、件のNature論文におけるSTAP細胞のPCR産物の泳動像などは実はまったく証拠にもなってないくらいのデータではあるのです。だから私は甘いな、と思ったわけです。しかし、それを体細胞の証拠として言挙げているのであるから、当然そのSTAP細胞からできたとされる様々の分化組織、キメラ動物の組織にもTCR再構成が見えるのだろうと思っていました。

しかし、そうではなかった。では何をもって、分化した組織やキメラ動物の組織となった細胞は元のマウスの(分化した)体細胞であったとするのか? なんの証拠もないのです。論文の題名、アブストラクトに書かれている主張を裏付けるだけのデータがない論文は撤回し、必要充分なデータを揃え、再度投稿するべきだと思います。


STAP細胞について3

2014-04-19 16:46:09 | 生命科学

 

Nature article

「Stimulus-triggered fate conversion of somatic cells into pluripotency」

Here we report a unique cellular reprogramming phenomenon, called stimulus-triggered acquisition of pluripotency (STAP), which requires neither nuclear transfer nor the introduction of transcription factors. In STAP, strong external stimuli such as a transient low-pH stressor reprogrammed mammalian somatic cells, resulting in the generation of pluripotent cells. Through real-time imaging of STAP cells derived from purified lymphocytes, as well as gene rearrangement analysis, we found that committed somatic cells give rise to STAP cells by reprogramming rather than selection. STAP cells showed a substantial decrease in DNA methylation in the regulatory regions of pluripotency marker genes.

Blastocyst injection showed that STAP cells efficiently contribute to chimaeric embryos and to offspring via germ line transmission.We also demonstrate the derivation of robustly expandable pluripotent cell lines fromSTAP cells. Thus, our findings indicate thatepigenetic fate determination of mammalian cells can be markedly converted in a context-dependent manner by strong environmental cues. (v505:641-647 アブストラクト)

(以下私訳、[ ]内は訳者が挿入)

ネイチャー誌記事「刺激による多分化能性細胞への体細胞の運命転換」

今回われわれは類のない細胞のリプログラム現象を報告する。これを刺激惹起性多能性獲得(STAP)と名付けた。この現象は核移植も転写因子の導入も必要としない。STAPでは、一時的な酸性ストレスなどの強力な外的刺激がほ乳類体細胞をリプログラミングし、多能性細胞を生成した。遺伝子再構成はもとより、精製したリンパ球からできたSTAP細胞のリアルタイム画像によって、われわれは[ある細胞系列への分化を]方向付けられた体細胞が、選択というよりはリプログラミングによってSTAP細胞を生成したことを見出した。

STAP細胞では多能性のマーカー遺伝子領域のDNAメチレーションがかなりの程度減少していた。ブラストシスト注入実験によってSTAP細胞がキメラ胎児に効率よく寄与し、生殖細胞系列へも入り、子孫を産生した。さらにわれわれはSTAP細胞からよく増える多能性細胞株を誘導したことを示す。このように、われわれの知見はほ乳類体細胞のエピジェネティックな運命決定は、強力な環境要因によって、状況依存的にかなりの程度転換されうることを示している。

(以上、問題の論文のアブストラクトを転載しました)

 昨日いただいたコメントの中の科学的部分に関しては少し詳しく書いた方がよいと考え、記事にすることにしました。

TCRの件に関しては、質疑応答の中で、付加的なデータとして認識していた、という氏の自説を述べてました。つまり、生まれたマウスの脾臓に胎児にも胎盤にも寄与できるような幹細胞の存在は認められていない、という現時点でのコンセンサスに基づき、脾臓のCD45+細胞を用いることで十分に体細胞であるとう担保はある、ということだと理解しました。』(議論1)

S氏の「TCRのデータを付加的なデータとして認識していた」という主張や、その基礎となる「生まれたマウスの脾臓に胎児にも胎盤にも寄与できるような幹細胞の存在は認められていない、という現時点でのコンセンサス」という認識はあまりに論理的に甘いと思います。

つまり実験の前提として「マウス新生児の脾臓に幹細胞はいない」(仮説1)という仮説を用いていたということです。仮説1は証明されていません。「現時点でのコンセンサス」とは単なる一般的な常識のようなものであり、これを科学的思考の前提条件におくことはできないでしょう。

「刺激を加えた細胞集団の中からOct4-GFP陽性細胞が出て来た」という現象をどう考えるか?このとき二つの可能性が考えられます。

1)もともとそこに陽性細胞になる能力を持った幹細胞様の細胞がいた

2)分化した体細胞が運命転換をおこし(リプログラミングされ)陽性細胞になった

1)と2)どちらなのかを明らかにするのがこの論文の主旨だったはずです。

それなのに、上記のような仮説1を既定の前提条件にしてしまい、初めから1)の可能性を切り捨てて2)の可能性だけを考察する、というのは論理的に甘いのです。しかもMuse細胞の例にもあるように、最近ではあちこちの組織でいわゆる「幹細胞様の細胞が存在する」ことが証明され初めているのです。仮説1を証明しないままでは全くの片手落ちになってしまいます。

私は議論1にある『脾臓のCD45+細胞を用いることで十分に体細胞であるとう担保はある』とは思いません。1)の可能性は十分にあると考えます。 

S氏はそこに気づいていたと思います。そこで2)の可能性を強く打ち出すためにTCR再構成のデータを出したのでしょう。リンパ球からSTAP細胞を作ったと主張しているからです。 

『また論文内にもSTAP幹細胞にTCR再構成を確認したという記述はありません(件の電気泳動の図はSTAP細胞です)。STAP幹細胞は成熟T細胞由来であるという主張は、少なくとも論文中にはありません。 STAP細胞がT細胞由来であるという解釈は弱くなりますが、それが必ずしも体細胞の初期化という主張を覆すものではないとおもいますが、いかがでしょうか?』(議論2)

『必ずしも体細胞の初期化という主張を覆すものではないとおもいますが、いかがでしょうか?』とのご質問に関してはその通りです。しかし、逆に『体細胞の初期化という主張』は全く証明されない仮説のまま残っているということです。すなわち、この論文では『体細胞の初期化という主張』という最も重要な仮説が証明されるに十分なデータがない、ということでもあります。

おっしゃるようにTCR再構成のデータはSTAP細胞のデータと書いてあります。これはつまり暗に「STAP幹細胞にはTCR再構成はありません」ということを示している、ということでしょうか?

それではSTAP幹細胞とは一体どういう細胞なのでしょうか?TCR再構成をもった細胞であるSTAP細胞から出て来たSTAP幹細胞はやはりTCR再構成を持っている、と考えるのは実に自然な論理の流れではないでしょうか?

論文中にSTAP細胞を用いたキメラマウス臓器でのTCR再構成について示されていませんでしたし、確かにSTAP幹細胞でのTCR再構成も示されていませんでしたので、私はかなり甘いなとは思いました。しかし、そこを善意に解釈し、きっとTCR再構成はあるのだろうと考えていました。あるいはサプリメンタルデータにそれがあるのではないかと考えていました。よくないことですが、S氏やW氏、N氏が名を連ねている論文です。そのような、あたかも人をだますような論文であるはずがない、と考えておりました。

「S氏はキメラマウスのTCR再構成に関して「解析が終わっていないので知らない」との回答でしたが、自身が発明者の一人であるはずの特許明細にはキメラマウスに再構成があったと書かれています(段落0038とFig. 20)。矛盾です。(VARDIGA氏)」のような話しもあります。S氏はまだデータが出揃う前に論文を書いてしまったのでしょうか?そして解析結果がTCR再構成ネガティヴであったため、このような人を煙に巻くような論文になってしまったのでしょうか?

今の時点でもっとも示されるべきデータとはTCR再構成のあるSTAP細胞から作製されたキメラマウスの臓器DNA中のTCR再構成のデータでしょう。上記のアブストラクトにも遺伝子再構成を体細胞マーカーとして体細胞ー多能性細胞 細胞運命転換を示した、と書いてあるのです。言い逃れはできますまい。

 

さて、STAP細胞はTCR再構成を持っているのに、そこから派生したSTAP幹細胞はTCR再構成を持っていない。つまり体細胞へ分化した細胞ではなかった可能性がある、ということになります。そして1)の可能性がここで浮上してくるのです。

また、このことは「STAP細胞」と筆者が呼んでいる細胞集団はかなりheterogeneity(異種性)をもった細胞集団だということを示しています。Oct4-GFP陽性ではあるが、T細胞へコミットした細胞もそうでない細胞も存在するということです。

TCR再構成を持っていなかったOct4-GFP陽性細胞とは一体どういう細胞なのでしょう?そのような細胞集団から派生して来たこのSTAP幹細胞とはどういう細胞なのでしょうか?


極めて無責任な主張

2014-04-17 22:56:59 | 生命科学

昨日のS氏の会見を視聴しました。仕事の一環なので、仕事場で視聴していました。彼の主張は大きく次のようなものであったと理解しています。

1)自分は「実験結果が完全に出揃い」一度論文投稿をして却下されたものを「T先生の依頼を受けて」論理を組み立て直し、書き直し、Nature誌に採用してもらえるよう整えただけである。

2)STAP細胞はES細胞を混入させてできたものではない。Oct4-GFP発現細胞の現れる過程はタイムラプスで観察した。また、ES細胞とは大きさが異なる、胎盤を作るなど、相違点がある。

3)STAP幹細胞の生成に関しては仮説に戻ったと考えており、論文は撤回するべきである。

それぞれの主張に関して、簡単に感想を述べますと、

1)に関しては、責任転嫁といわれても仕方がない言い訳であって、会見で述べるべきではなかった。責任者とは責任を取る、と宣言しているものである以上、責任を軽くしようなどという主張は一切認められない。

2)に関しては、ご自分でも実験をされていたということを示し、やはり実験段階にも関与していたということを明らかにしています。したがって、1)の主張とは矛盾します。それはさておき、ここで述べられていることから、少なくともストレスをかけた後、Oct4-GFPが発現する細胞集団が出てくることは事実であるようです。

しかし、これがMuse細胞など、もともとあった休眠状態の幹細胞が増殖を開始し、コロニーをつくり観察可能なほどに増加した可能性を否定できません。さらにこの細胞からできた幹細胞が胎盤を形成したからES細胞ではない、という主張は間違いです。ES細胞はたとえブラストシストに注入しても胎盤形成に寄与します。したがって、全能性試験の際にES細胞が混入された可能性は否定できません。

さらに、論文の最も重要な主張であったT細胞レセプターゲノム遺伝子の組換え現象に関してはまったく言及がありませんでした。この点こそ、もっとも疑惑がもたれている点なのです。ここに関する説明がない限り、どのような会見があっても無意味です。

3)に関しては大変妥当な判断だと思います。O氏とV氏を説得し、Nature誌に取り消しされる前に、ご自分達で撤回して頂きたい。

以上が今回のS氏会見についての感想です。

現在、もっとも好意的な現象の解釈としては、「幼いマウスの免疫系細胞集団の中には全能性をもったMuse細胞が存在し、それらが選択され増殖したものをSTAP幹細胞として同定した」というものでしょう。この仮説を覆す反証を示さない限り、STAP現象を証明したと主張することはできません。理研の皆様、また検証実験に関わっておられる方々におかれましては、この点を心に留め、注意深い検証をお願いしたいと思います。

日本の発生生物学の威信をかけ、臨んで頂きたい。


STAP現象について

2014-04-13 19:07:09 | 生命科学

今回はSTAP現象について、少し解りやすく書いてみようと思います。

1)STAP現象とはいったい何なのか?

2)件のNature論文の最も重要な点は何だったのか?

3)なぜ私があの論文を撤回するべきと考えるのか?

この順番で論考します。1)2)が解って頂けると、どうして専門家達は論文を撤回するべきと考えるのか理解して頂けると思います。

 

1)STAP現象とはいったい何なのか?

挿し木について考えてみます。木から枝をとり、そこから個体を再生する作業です。これは立派な再生現象です。枝の細胞が一部変化し、根を作るのです。そして個体としての木が生育します。この現象はについてはあまり詳細な考察が見つからないのですが、挿し木で完全な個体ができるのは二つの可能性が考えられます。

(あ)枝の中にあった全能性幹細胞が活性化されて個体を再生した。

(い)枝の細胞の一部が脱分化し、再分化することで個体を再生した。

(あ)についての考察

プラナリア(ウズムシ)という生物がいます。再生現象の最も著名な生物であり、古くから研究されてきました。このプラナリアは可愛い目をもったナメクジのような生物ですが、小さな輪切りにしてもその断片ひとつひとつから完全な個体が再生してきます。現在分かっているのはプラナリアは身体中に全能性(全身のあらゆる臓器細胞への分化が可能)をもつ全能性幹細胞(totipotent stam cell)を持っているため、小さく切られてもそこから個体まで再生できる、ということです。

この能力は驚くべきものです。小さく切られたひとつひとつがそれぞれ個体になって、小さな個体がわーっとできるのです。アニメなどにありそうな不思議な現象ですが、プラナリアにとっては、それは現実であり、普通のことなのです。その時にできてきた個体たちはクローンです。つまり同一の遺伝情報をもつ個体達です。この現象は生物学者の心を魅了しています。おそらく全ての。

(い)についての考察

ところでクローン人参という言葉をご存知でしょうか?植物では体細胞の初期化が数種類の植物ホルモンの調節によってできます。これの最初の例が人参で行われたと記憶しています。植物は専門でないため、この記憶はかなりいい加減です。間違っている可能性がありますが、ここでの議論では、人参が最初かどうかは重要ではないので先に進みます。ともかく、人参に限らず植物では体細胞を初期化し、全能性幹細胞まで持って行くことが可能になっています。初期化された細胞はカルスと呼ばれる細胞塊で、そこから植物ホルモンを調節してやることで完全な個体を作らせることができています。染色体に異常がない限り、生殖細胞もできますので、種も形成させることができます。

さて、このような現象を目の当たりにしますと、次の質問は

「このような現象が動物でも起きないのか?」

だと思います。プラナリアの再生現象も最初は脱分化、による体細胞の初期化かと考えられていた時期もありましたが、現在では上述したように、全身に散在する休眠状態の万能性幹細胞が活性化し、再生現象を起こすということが分かってきたようです。

そして、長い時をへて、iPS細胞が作製されました。植物ほどではありませんが、ある種の遺伝子を強制発現させますと、体細胞は初期化することが証明され、発生生物学者を驚かせました。

そしてさらに、植物のように何らかの刺激、ホルモンのようなもので、初期化は起こらないのか?と考えるのは自然な流れでしょう。そしてSTAP現象が浮上してきました。

STAP現象とはほ乳類動物細胞における(い)の現象です。刺激によって誘発される、という前置きがありますがそれは実は何でもよろしい。ともかく最終分化した細胞が「遺伝子を入れて強制発現させるというのではなく、何らかの刺激によって」全能性幹細胞へと脱分化する(初期化する)という現象が動物細胞でも起きるのか?という設問にチャレンジした実験だと考えてよいと思います。

これまで(あ)に相当する、かなり未分化な細胞が成熟した個体の組織に存在する、ということはMuse細胞の発見などにより、証明されてきました。V氏も以前の論文ではこの可能性に大分チャレンジしたフシがあります。それが今回は(い)の初期化現象が動物細胞でも起こる、との仮説に挑んだわけです。

 

つまり、STAP現象とは最終分化したほ乳類動物の細胞がある刺激によって脱分化し初期化して、全能性幹細胞になる、ということです。

 

2)件のNature論文の最も重要な点は何だったのか?

上述しましたように、STAP現象のもっとも重要な点は「最終分化した細胞」が初期化して「全能性幹細胞」になる、という点です。Nature論文の最も大事な結果とは

(あ)でき上がったSTAP幹細胞がマウスの全身の臓器組織細胞に分化していること、

(い)でき上がったSTAP幹細胞、ならびにその細胞からできたマウスの細胞はもともとある最終分化した体細胞であるという証拠

の2点でした。(あ)が別の写真を間違って使ってしまったと主張されている臓器組織の写真。(い)の証拠は1レーンだけ切り貼りをしたとして騒がれているPCR産物を電気泳動した写真です。

 

3)なぜ私があの論文を撤回するべきと考えるのか?

以前の記事でも書きましたが、上述の2)の(い)の証拠が不十分なのです。さらに3月5日に理研から公開された「プロトコール」ではなんと2)の(い)を否定していたのです。

論文で用いた「最終分化した体細胞」とはT細胞でした。T細胞とはT細胞レセプター(TCR)を発現しています。TCRはゲノム遺伝子が組み変わりきちんと発現できるような組換えに成功したものだけが発現されます。つまり、TCRを発現している細胞のゲノムにはTCR遺伝子が組変わっている、という証拠が残っているのです。したがって、それをマーカーとして初期化した全能性幹細胞がT細胞からできたものかどうか調べることができるのです。初期化した全能性幹細胞とその細胞からできたマウスの細胞にはこのTCR遺伝子組み換えが残されていなければなりません。この遺伝子組み換えの際、ゲノム遺伝子のある部分は切り取られなくなってしまうため、初期化に伴って、元に戻るということはあり得ません。

私が以前、初期化に伴って組み換え前のゲノムになる可能性を書きましたが、これは組み替わったゲノムが元に戻るということではありません。TCR遺伝子にはαとβがありますが、βの遺伝子は一対(ふたつ)あるゲノム遺伝子の内、片方のみに起こるため、残ったもう片方の遺伝子が組み換えをおこした遺伝子と入れ替わり、両方のゲノム遺伝子が元のゲノム遺伝子になる可能性を書きました。この可能性は非常に低いがあり得ないことではありません。したがって、それでもまだ、STAP現象は起きていなかった、と結論することもできない、というのが現状です。

しかし、論文の中でははっきりと「TCR遺伝子の組み換えが起こっていることが確認されたので、このSTAP幹細胞はT細胞由来のものである」と主張しているのです。その実験結果が間違っていたと書いてあったのです。その時点であの論文は嘘の実験結果を示すことによって結論を導いていることとなったのです。したがって、嘘の結果をもって導かれた結論は否定されることになり、論文はまったく根拠を欠く主張をしているものになったのです。

ですから、あのNature論文は撤回されるべきであり、著者が撤回しないならばNatureが却下(リジェクト)するべき論文だと考えます。

 

最後にSTAP現象は嘘なのか本当なのか?という問いかけをよく受けるのですが、現在のところ、それは証明されていない仮説です。興味のある方がとことん追求されるのは価値のないことではないと思います。


ES細胞について

2014-04-13 17:35:40 | 生命科学

前置きをもうひとつしておきたいと思います。朝日新聞の記事に次のような一節がありました。

「これに対し、笹井氏は「他の万能細胞を混ぜても、一つの塊にならない。実験をやったことのない人の机上の考えだ」と反論。ES細胞からつくれない組織がSTAP細胞ではつくれたことなどをあげ、「ES細胞では説明のできないことが多すぎる」「STAPが存在しないなら、私たちが再立証に力を入れることはない」と指摘した。ただ、小保方氏の会見や笹井氏とのやり取りでは、STAP細胞が存在するかどうか具体的な証拠は示されていない。」

とのS氏の談話が出ていました。

彼の反論はかなり意味が不明です。

1)「他の万能細胞を混ぜても、一つの塊にならない。」

2)「ES細胞からつくれない組織がSTAP細胞ではつくれた」

1)についてですが、全く意味が不明です。ある細胞が全能性を持つかどうかの検証実験では、分化の過程で、最終的に全能性を発揮する細胞が存在することが重要なのです。それは一つでもよい。混在していればそれでよいのです。彼がいいたいのは若山先生がブラストシストにインジェクションする際、細胞塊としていれないとマウスができないといわれていた、その細胞塊のことを言っているのかと思います。しかし、インジェクションの直前に混ぜたのでなければ、ES細胞は増殖してその細胞のみの細胞塊を作るでしょう。それをインジェクションしてマウスができたのではないのでしょうか?

2)についてですが、このES細胞からつくれない組織というのは何でしょうか。胎盤だとしたらそれは間違いです。ESは胎盤の形成にも寄与します。だからこそテトラプロイドの胚盤胞をつくってその中にES細胞を注入し、胎盤はそのテトラプロイドから形成され、胎児はES細胞のみから形成されるようにして初めて生まれる、という実験がなされてきたのです。ある遺伝子異常を持つと胎盤形成がうまくいかないため生まれてこない、というケースがあったからです。もう一度繰り返しますが、ES細胞は胎盤の形成に寄与します。これは周知の事実です。

 

間違った知識を流布することはあってはなりません。発生学者としてありえない発言です。他の方の議論を机上の空論と断罪する前にご自分の経験と知識を深めて頂きたいと思います。