無知の知

ほたるぶくろの日記

日本酒

2016-06-26 18:30:16 | 日記

このところ時間があると日本酒関係の検索をしたりしています。

予想はしていましたが、大分日本酒に関わる研究も膨大です。通の方の知識量も半端ではありません。私はといえば日本酒の様々の用語にも不案内なため、逐次検索しながら勉強に励んでいます。

圧倒されるのは日本酒造りに使われる酵母の系統。個性のある酵母の系統がいくつもあり、日本醸造協会はそれらの酵母を大切に維持、頒布しているそうです。日本酒によってはそれら酵母の種類まで瓶に記してあるお酒もあるそうな。それほどに酵母のつくり出す香りの成分は重要なようです。

今の一番の関心は香りと味の成分。するとすぐにカプロン酸エチルと酢酸イソアミルが出てきました。吟醸香の正体はカプロン酸エチルだそうです。まあ全部で700種類くらいの香り成分があるとされているそうで、これら全てのバランスをどう取るか、で日本酒の味は変わるわけですね。

ワインもぶどうの品種でかなり味と香りの方向性は決まりますが、やはりその蔵ならではの酵母が重要なようです。お酒でもやっぱり酵母でしょうか。現在では速醸もとが多く、自然界からの硝酸還元菌や乳酸菌を使っていません。香りの成分の変化があるとすれば、酵母によるものでしょう。

しかし、生もと系のお酒ですと、やはり乳酸菌の個性が出てくるようです。最初に増殖する乳酸菌と硝酸還元菌は何処から来るか、といいますと、もちろん空気中のものもありますが、水です。その土地の地下水を使いますとその土地の菌が入ってきます。そして乳酸菌は麹、蒸し米にも付いています。それらの微生物は酒母作りの最初の段階に働くので、産生した成分は最終的な醪(もろみ)の中では大分希釈されますし、酵母によってさらに代謝されて異なった成分になっているかもしれません。しかし、何らかの痕跡が残るはずです。巷ではヨーグルトのような香りと酸味などと表現されています。

その土地の、その蔵の、その樽に受け継がれている乳酸菌や、硝酸還元菌によって味が異なってくる、とすれば、日本酒の個性とはまさしくその土地の個性と言うことができます。神業ですね。

ともあれ何かが違う、ということで生もと系のお酒が復活しているのかもしれません。単に伝統を守る、ということ以外にも違いがあるのではないでしょうか。

ここまで来ると、もう後は味わってみるしかないですね。これまでにも日本酒専門の居酒屋さんなどへ知り合いに連れられて行きました。日本酒に興味を持つようになったのも、その影響かもしれません。しかしこれまではどれを選んでいいのかも分からず、闇雲にあれやらこれやら注文していました。これからはスマホ片手にまずは検索して、味わう事になりそうです。楽しみが増えました。


日本酒3

2016-06-18 21:27:14 | 生命科学

前回までに書きました「酒母」。本格的なアルコール発酵のための「酵母」の集団を大量に増やす過程が「酒母」の製造過程です。これは麹菌と硝酸還元菌と乳酸菌のコラボレーションの末、後から加えられる酵母が何故か最終的には大量に増え、最後は選び抜かれた酵母だけになる、不思議な過程です。

しかし、今回私が取り上げているのは「生もと」作り系と言われる江戸時代から戦前までに使われていた製造方法です。もちろん、今でも「山廃」(「山卸し」をしない)の「生もと」作りで製造している醸造所もありますが、様々な事情から今のほとんどの日本酒は「速醸もと」と言われる「酒母」となっています。

「生もと」作りでは、蒸米、米麹、水を加えて良く混ぜて行く過程で、まずは自然界に存在する硝酸還元菌と乳酸菌が空気中から混入し、増殖します。ある時点で酵母を加え、さらにかき混ぜていきますと、硝酸還元菌と乳酸菌は亜硝酸と乳酸を大量につくり出し、余計な微生物は増えず、乳酸に強い酵母のみが増えていき、さらに硝酸還元菌と乳酸菌は自らつくり出した乳酸によって死滅します。そして酵母だけの純粋な培養になっていきます。

この過程、本当に感動的です。

さて、この過程はどのような微生物が空気中から混入するのかで全てが決まります。変な微生物が入り込めば一貫の終わり。それで真冬の極寒にこの作業が行われるのでしょう。しかし、それでは現代の大量生産はできません。製造過程をどうコントロールするか、を考えると「空気中の微生物」を待っているわけにはいかないのです。そこで、現在行われている「速醸もと」つくりでは、手っ取り早く最初から乳酸を加えて酵母の培養を行います。蒸米、米麹、水そして乳酸を混ぜ、米が十分に糖化したところで酵母を入れ、一気に酵母を大量培養します。これが現代の一般的な「酒母」の製造方法です。それでも選び抜いた米と麹と酵母を使い、各酒造メーカーはいい日本酒を生産されています。

ただ、それで本当に「生もと」作りの「酒母」から造られた日本酒と同じなのか?とは素朴な疑問です。そこで調べていくと菊正宗のHPにおもしろい論文が掲載されていました。

そこの説明を見ますと

「生もと系酒母では、まず乳酸菌が生育した後に酵母が生育することにより、酵母の細胞膜がアルコールに強くなります。」

とありました。そしてさらに

「生もとにより育まれたアルコールに強い優良な酵母は、もろみ末期の20%近い高濃度のアルコール中でも酒の品質を落とす成分を漏出せず、雑味のないきれいな酒質となります。」

なるほど。

そして、論文の内容を詳しく解説したページを見ていきますと、なるほど、「酒母」内の脂肪酸組成が「生もと」と「速醸もと」では大分異なっていることがわかりました。これがアルコール発酵する酵母の細胞膜に大きく影響し、「生もと」で生育した酵母は高濃度のアルコールに強い酵母となっていることが分かったようです。

と、いうことは、やはり乳酸菌の代謝によって、その他の成分にも大分相違が出ているということです。脂肪酸は味や香りに大きく影響します。やはり乳酸菌は乳酸の酸性だけではなく、他にもいい仕事をしていたわけですね。

しつこいようですが、こうした多種類の微生物の力を融合したお酒作りは日本酒だけです。ワインやウイスキー、ビールも酵母によるアルコール発酵によって精製されます。これらのお酒も素晴らしいものですが、日本酒の醸造とはかくも複雑な神業なのです。お米の文化である日本ならではの醸造です。 

「酒母」を作る過程がこんなにも神業であることをもったいないことに、今まで良く知りませんでした。巷の日本酒専門店では「山廃づくり」とか「生もと」系とかのラベルが沢山ありますが、何が何やら良く分からないまま、おいしく頂いておりました。これからは心して味わいたいと思います。


日本酒2

2016-06-13 07:56:42 | 生命科学

さて、酒母です。本格的なアルコール発酵のための酵母のプレカルチャーなのですが、驚くべきは環境中に存在する菌をじつにうまく利用していることです。

最も伝統的な「酒母」の製法は「生もとつくり」。

まず蒸米と米麹、水をすりつぶします。いきなり大量にはできないので、少しずつ作業します。これが「山卸し」という大変な重労働。真冬の極寒の真夜中にこの作業は行われたといいます。

この過程では米麹に存在する麹菌のジアスターゼによって、蒸米のでんぷんをブドウ糖に変化させます。米と良く混ぜ、酵素を米の中心に行き渡らせることによって、米は次第に柔らかく、粥状に変化して行きます。

明治に入って産業革命が進み、精米も機械化してきれいな白米の蒸米となったため、必ずしもすりつぶさなくとも麹菌がよく入り込み、糖化を進めることができると分かったため、この山卸し作業が必要なくなりました。蒸米、米麹、水をよく混ぜれば自然に糖化は進んでいきます。いわゆる「山廃」(山卸し廃止)がこれです。

ところでこの過程は開放系で行われます。広い部屋の樽、今ではステンレスの容器のなかで蓋をせずに行われるため、この溶液には当然空気中の微生物が入ってきます。このとき、様々な微生物のうち、硝酸還元菌と乳酸菌が重要な役割を果たします。硝酸還元菌は亜硝酸を産生し雑菌の繁殖を防ぎ、乳酸菌は乳酸を産生し、溶液のpHを3.5まで下げ、やはり雑菌の繁殖を防ぐことに貢献します。うまくしたことに乳酸菌は亜硝酸に強いので生き残るのです。そしてさらにこれらの菌が増え、酸性度がある程度になると硝酸還元菌も乳酸菌も死滅してしまいます。

さて、この途中のある時点でこの中に醸造用の酵母が加えられます。するとこの酸性の溶液の中で、さらに酸に強い酵母が選択的に増え、この酒母の中はほぼ醸造用酵母だけが繁殖した状態となり、これで「酒母」が完成となります。

この過程、すごくありませんか?この製法は江戸時代に確立したとのことですが、到底信じられません。一体何度の失敗を積み重ね組み立てられたのか。微生物の概念が江戸時代にあったのかなかったのか知りませんが、何をどう想像しながらこの技術を完成させたのか。本当に不思議です。

今でこそ、上に書いたように主に硝酸還元菌と乳酸菌が重要であることが分かっているわけですが、あの当時はそれこそ手探りです。実際酸敗してしまったり、腐敗してしまったり、という事故は多くあったでしょう。空気中から樽に落ちてくる微生物は硝酸還元菌と乳酸菌以外にも沢山あるからです。

現代の大量生産現場では、これらの細菌の助けを借りず、蒸米、米麹、水に乳酸を加え、酒母を作成するようです。もちろんこの過程でも、温度管理など重要なようですが、このようにすることで酒母の作成時間が大幅に短縮され、しかも安定して酒母ができます。現在の酒母は殆どこのように造られているようです。

ところで、硝酸還元菌と乳酸菌の働きなのですが、亜硝酸、乳酸を産生することによる殺菌効果、だけなんでしょうか?実はすこし調べていましたら、どうもそれだけではないことが分かってきているようなのです。ここからは微生物のお話。神業を感じるお話です。(続く)

 

 

 


日本酒1

2016-06-05 22:40:24 | 生命科学

先日、微生物を使ったいろいろを調べる中で、お酒、特に日本酒の製造過程をおさらいしていました。以前に大体の流れは勉強しましたが、大変に複雑なものだな、という印象とともに記憶の彼方に行っていました。私自身はあまりアルコールに強くないこともあって、発酵食品についていろいろ調べたときにもお酒はスルーしていました。

日本酒については70~80年代に「純米酒」が大分宣伝されました。醸造用アルコールや糖類を添加することなく米、米麹、水を原料とするお酒のことです。戦後の大量生産の嵐のなか、日本酒の醸造現場も大変なことになったと想像されます。日本酒とは何か?と問えばエチルアルコールと糖類、アミノ酸を含有した水溶液ということになります。しかし、もちろん本態はそのような単純なものではありません。

今回再勉強する中で、日本酒は実に醗酵食品(飲料?)の究極であるなあ、と感動しています。

日本酒では米、米麹、水が原料と書いてありますが、もう一つ重要なプレイヤーがいるのです。

それが乳酸菌。この存在をうっすら覚えていたのですが、細菌である乳酸菌とカビの仲間の麹菌や酵母がどう醸造過程で関連しているのか曖昧でした。

醸造を味気なく解説するならば、麹菌が米のでんぷんをアミラーゼで分解して糖化し、その糖分を原料にして、さらに酵母菌は嫌気性条件(酸素がないという条件)でアルコールと二酸化炭素を産生する。これがいわゆるアルコール発酵で「お酒を造る」というものです。この部分はあらゆる醸造の背骨であり、大量生産ではこの背骨だけをなんとか死守し、ともかくアルコールを含んだ飲料を生産する部分を最大にする努力をしています。ここでは酵母が主体。酵母がいなければアルコール飲料はできません。

日本酒もワインも焼酎もともかく糖(ブドウ糖、果糖、しょ糖など)から酵母にアルコールを産生して頂くことで、お酒ができているのです。酵母様々です。そして、酵母はアルコールを産生するだけではなく、アミノ酸を始め、様々な物質、あるいは脂肪酸も産生し、お酒の香りと味を決めます。ただ、酵母菌なら何でもOKとはいきません。酵母菌にも様々な種類があって、個性があります。ちなみにパンを作る時の酵母と醸造のための酵母とは違います。日本酒の醸造のために、古くから良いお酒を醸す麹菌と酵母菌が選別され、大事に伝えられてきました。麹屋さんというお商売は今でも続いています。種麹を選別培養し、醸造元に販売する専門店です。われわれには直接関係のない専門店ですから、あまり広くは知られていませんが、この商売とはすごい商売だと思います。酒蔵のお酒の出来を左右する大元の麹菌、酵母菌を扱うわけですから。

さて、麹菌と酵母がいい仕事をしてくれている、ということはよくわかりました。ところで乳酸菌です。このアルコール発酵のどの過程で乳酸菌が働いてくれているのでしょう。それはそんなに大事なのか?ということです。そもそも原料にも書かれていない乳酸菌。それなのに、重要とは?

醸造過程に「酒母」の作成があります。本格的なアルコール発酵に入る前に、良い酵母菌を大量に増やす、いわばプレカルチャー(前培養)ともいえる過程です。ここで乳酸菌が決定的に重要な役割を果たしています。(続く)

※ 記事の改訂をしました。(6月12日)