無知の知

ほたるぶくろの日記

Enough is enough

2017-07-16 22:16:59 | 生命科学

アメリカの「内科年報」へ2013年に発表されたサプリメントに関する記事を、先日偶然見つけました。論文誌の編集者4名(内科医)による署名記事です。なかなか重要な話で、その気になって検索しますと、日本のあちこちのサイトで取り上げられていたらしいことが分かりました。ご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんが、私は初見でしたので、面白く拝見しました。

1ページちょっとの短い記事なので、全訳してみます。なお原著はここからダウンロードできます。
(以下、仮訳)
「Enough Is Enough: Stop Wasting Money on Vitamin and
Mineral Supplements」(もう沢山:ビタミン剤とミネラルサプリメントへの無駄遣いは止めましょう)

Ann Intern Med. 2013;159:850-851


Eliseo Guallar, MD, DrPH
Johns Hopkins Bloomberg School of Public Health
Baltimore, Maryland
Saverio Stranges, MD, PhD
Warwick Medical School, University of Warwick
Coventry, United Kingdom
Cynthia Mulrow, MD, MSc
Annals of Internal Medicine, American College of Physicians
Philadelphia, Pennsylvania
Lawrence J. Appel, MD, MPH
Edgar R. Miller III, MD, PhD
Johns Hopkins School of Medicine
Baltimore, Maryland

今号に掲載されている3報の論文はビタミン剤とミネラルサプリメントの慢性疾患に対する発症または進行の抑制効果について明らかにしたものである。一報目はFortmannその他による論文で、U.S. Preventive Services Task Force(米国予防医療サービス専門作業部会)の、栄養状態に問題のない地域在住成人の疾病抑制に対するビタミンサプリメントの効果への提言についてのシステマティックなレビューである。合計40万人のマルチビタミンサプリメントの過去3回の試験と単独または二種類のビタミン剤の24試験の結果をまとめ、サプリメントには全死亡率と心蔵血管系疾患、がんに対する明確な抑止効果はない、と著者たちは結論した。

二報目は、Grodsteinらによるもので、65歳以上の医師健康試験IIに参加している5937人の男性に対する、マルチビタミンを毎日服用することの認知機能低下への抑制効果を評価したものである。12年間のフォローアップの結果、全認知力と言語記憶についてマルチビタミングループとプラセボ(偽薬)グループとの間に差異は認められなかった。マルチビタミンサプリメントの使用は栄養状態の良い高齢者の認知力低下を抑制しないことは、試験の高い信頼性とサンプルサイズの大きさから確かな評価となっている。Grodsteinらの知見は、マルチビタミンを含むビタミンB群、ビタミンE、C、ω3脂肪酸などの健康食品サプリメントの、軽度の認知障害や軽度から中度の認知症患者に対する効果を評価した最近のレビューや12の公正で質の高い試験結果とよく一致している。

三報目はLamaらによる、高用量の28種類のマルチビタミンサプリメントの、心筋梗塞既往患者でキレート療法試験の参加者である1708人の男女に対する効果の可能性についての研究である。中央値4.6年のフォローアップにより、心血管系発作の再発に対するマルチビタミン摂取はプラセボ(偽薬)摂取との間に有意な差異はみられなかった。この試験は条件の非尊守とドロップアウトが多く信用性にはやや欠ける。

慢性疾患の一次的、二次的予防におけるビタミンやミネラルサプリメントの役割を評価する他のレビューやガイドラインは一貫して無効果あるいは害のある可能性を見出してきた。無作為に様々な医学的試験を指定した、1万人の人々が関わったエビデンスでは、β-カロテン、ビタミンE、そしておそらく高用量のビタミンAサプリメントは死亡率を上げる、また他の抗酸化剤、葉酸、ビタミンB、マルチビタミンサプリメントは明確な効果はない、ことを示している。

これらの効果がない、あるいは害のある可能性を示す、考えさせられるエビデンスにもかかわらず、マルチビタミンサプリメントの使用率は、1988から1994年では米国成人の30%から2003から2006年では39%へ増加しており、栄養補助食品の使用率は42%から53%に増えている。長期的な一般傾向はマルチビタミンサプリメントの使用の一貫した増加と、β-カロテンやビタミンEなどの単一サプリメント使用は減少を示している。
β-カロテンやビタミンEサプリメントの使用減少は肺がんと総死亡率それぞれへのマイナス効果があると報告されたことによっている。ところが、マルチビタミンとその他のサプリメントの売り上げは効果無しとした主要な研究によって影響を受けなかった。米国のサプリメント製造業は成長を続け、2010年に年間売上高が280億ドルに達している。同様の傾向は英国や他のヨーロッパ諸国でも観られている。

大規模なエビデンスの集積は重要な公衆衛生的、治療的意味がある。恒常的なサプリメントの摂取を止めるようアドバイスするに十分なエビデンスがある。我々は無意味かネガティブな知見を実行に移すべきである。
メッセージはシンプルなものである:殆どのサプリメントは慢性疾患や死亡を防ぐことはない。それらの使用は正当化されない。止めるべきである。米国やその他の国の殆どのサプリメントユーザーに代表される、微量栄養素欠乏の明白なエビデンスのない一般の人々にとって、このメッセージはとりわけ真実である。

このエビデンスは研究にも影響する。抗酸化剤、葉酸、ビタミンB群は慢性疾患の予防には害があるか効果がないかであり、これ以上大規模な疾病予防試験はもはや正当化され得ない。ビタミンDサプリメントは、しかしながら、研究の余地がある。特に欠乏した人々にとって、治療研究結果は不明瞭かときには相反している。例えば、高齢者の転倒を防止すると期待されるビタミンDサプリメントはいくつかの研究では転倒のリスクを減少させているが、殆どの試験では無効であり、ある試験では逆に転倒を増加させていた。今後の研究は必要ではあるが、現在の広範囲の使用は利益が害を上回るという堅固なエビデンスに基づくものではない。

マルチビタミンに関しては、この号に掲載されている研究と過去の試験が明確な健康への利益を示していない。このエビデンスは、生物学的な考察とも合わせ、いかなる効果、利益も害も殆どないことを示唆している。しかしながら、治験が微細な効果を同定するほどには最適化されていないことがビタミンEについてのボランティアによる試験データから分かったが、栄養状態のよい人々への慢性疾患予防に対する今後のマルチビタミン試験はおそらく無駄である。

結論として、β-カロテン、ビタミンE、そしておそらく高用量のビタミンAサプリメントは害毒である。他の抗酸化剤、葉酸、ビタミンB群、マルチビタミンとミネラルサプリメントは死亡率、慢性疾患罹患率を抑止するのに無効果である。

現在のエビデンスは少数の特異な人々(このケースは非常に限られていると信じる)に対する微細な利益や害を明らかにしていないとはいえ、栄養状態の良い成人の(殆どの場合)ミネラルやビタミンサプリメントによる栄養補助は明白な利益がなく、それどころかかえって害である場合もある。これらのビタミンは慢性疾患予防に用いられるべきではない。もう沢山、なのである。
(以上)

なんと、もう4年も前にこんな記事が出ていたのですね。
この記事にあるエビデンス、という単語には私は別の意味での感慨深さがあって、あまり好きな単語ではないのですが、今回ばかりはこの単語も意味深く、心に残る言葉として迫ってきます。
壮大な無駄を止めよう、というメッセージです。そんなところに出費するなら、少しでも質の良い材料で良い食事を作って食すことの方が重要、ということでしょう。

ビタミンA、E、D、β-カロテンは要注意です。くれぐれも常用しないでください。


アレルギーに関する最近の混乱

2017-07-09 21:57:56 | 生命科学

食物アレルギーについて、2015年、NEJM(医学雑誌)にある論文が発表され、ちょっとした衝撃が走りました。
Randomized Trial of Peanut Consumption in Infants at Risk for Peanut Allergy
(仮約:ピーナッツアレルギーのリスクがある乳幼児におけるピーナッツ摂取の無作為試験)
George Du Toit, M.B., et. al.
NEJM vol.372, 803-813
幸いなことにこの論文は全文をPDFファイルでダウンロードできましたので、内容を精査できます。以下、論文のアブストラクトに沿って、内容をみて行きます。


この研究はピーナッツアレルギーの発症率が西側諸国ではここ10年で倍になっていること、アフリカやアジア諸国に比べても非常に高いことから始まったそうです。英国では1998年から、米国では2000年から、離乳食におけるハイリスクアレルゲンとしてピーナッツを乳児には与えない、また妊婦さんと授乳期間もピー ナッツを食べない。という指導方針にしたそうです。

ところが、この方針は全く功を奏さないどころかますます患児は増え続けたため、2008年にこの方針は撤回されました。しかし、その後も「乳児にアレルゲンを与えるべきか避けさせるべきか」の決着はつかないままとなっていました。


そこでこの研究が計画された、という経緯です。
ロンドン・キングズカレッジ小児アレルギー学研究室と聖トーマス病院、サウスサンプトン大学など英国の著名な医学校と米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校、メリーランド、ベセスダのグループ、等々大規模な共同研究で行われた(時系列的に)前向きのコホート研究です。いずれも小児科のアレルギーを専門としている医師が協力し、行われたことが分かります。

今回のコホート研究は次のように行われました。重症の湿疹か卵アレルギー、または両方の症状をもつ乳幼児、640人をランダム(無作為)に選び、4〜11ヶ月齢で二つのコホートに分け、60ヶ月(5歳)までピーナツを与えるか、避けるかしてもらいました。研究開始時にピーナッツ抽出物の皮膚テストを行い、腫れが観られないか、直径1~4mmの腫れが観られるかを観察することでピーナッツに対する感受性を調べ、ピーナッツ感受性を持っている乳幼児の割合をチェックし、試験終了時の60ヶ月後にも検査し、腫れの観られる割合を試験前後で比較しています。


さて、640人の被験者中、530人の幼児は最初の皮膚テストでネガティブの結果でした。これらの幼児の60ヶ月時のピーナッツアレルギー発症率を比較したところ、ピーナッツを避けたグループでは13.7%、ピーナツを与えたグループでは1.9%でした。試験前にピーナッツに対する感受性が観られた98人では、ピーナッツを避けたグループで35.5%、与えたグループでは10.6%でした。これらの数値の差はいずれも統計的に有意でした。しかし、その他の重篤な症状、疾患(ピーナッツアレルギーに関係なく治療が必要とされた症状)が観察された割合には差はなかったそうです。さらに死亡例はゼロでした。

ピーナッツ特異的IgG4抗体の上昇は与えていたグループで主に観られましたが、ピーナッツ特異的IgE抗体の増加は避けていたグループで多く観られました。皮膚テストでより大きな腫脹がみられること、とIgG4:IgEの比が低いこと(=IgG4が低く、IgEが高くなること)、はピーナッツアレルギーに随伴する兆候です。
これらの結果をまとめると、ピーナッツの早い時期からの摂取はアレルギーに対してハイリスクの子どもたちのピーナッツアレルギーの発症を有意に低下させ、ピーナッツに対する免疫反応を抑制するといえます。


以上がこの論文の大筋です。
つまり、ここ数十年、アレルゲン性の高いもの(アレルギーをおこす可能性の高いもの)を乳児期には与えない、というのが離乳食の基本とされていたのですが、実は逆?ということだったのかもしれない、ということです。
こういうことをやっているから「医者の言うことって、、、」ということになります。
なんせイスラエルでは離乳食としてピーナッツペーストを古代から使ってきたのに何の問題もなかったのです。それなのに、米国や英国では離乳食から排除し、ピーナッツアレルギーの患者さんを増やしてしまったのでした。


ピーナッツもそうですが、もう一つよく問題になるのが卵アレルギー。こちらはどうなのか、というと、やはり別の研究がおこなわれており、同様に遅く摂取を始めるとアレルギー発症の可能性が高まる、と言うことが報告されました。今、日本のアレルギー学会も卵アレルギーに関して考えを変え、このような提言をしています。

現代科学、とはこのようなものです。子育てに関しては古代から行われてきた各地の知恵が集積されているはず。これらをもう少し早く分析して欲しかったです。あまりに現代科学が驕っていることの証左です。