風塵社的業務日誌

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福岡へ2021(03)

2021年06月10日 | 出版
ようやく泣き止んだガキを連れてババサマがもどったところに、そのテーブルに料理がちょうど運ばれてきた。なにを頼んだのかなあと眺めれば、ガキには盛りそばである。「マジ!博多で盛りそば?」と意外の感に打たれる。もちろん、福岡にそばがないわけではない。そば自体は、福岡県の場合、旧小石原村あたりでも栽培されていると聞いたことはある。しかし福岡でのそばとなると、東京(というよりは東日本)のように日常的な食事ではないはずだ。そのゆえに驚いた。学生のとき、後輩に松山出身のやつがいた。そいつの曰く、「そばって、大晦日だけに食べる特別なものだと思っていました」。そんなことを聞くと、信州の山ザルである小生など腰からくだけそうになるものの、食文化の違いなんてのはそんなものなのだろう。
そういえば、小生が初めて福岡に行ったとき、晩飯を食べるのに困ってしまったことを思い出した。市内の薬院というところに宿をとっていたのだけれども、その付近でガキが気軽に入れそうな定食屋など見当たらないし、飲み屋とかラーメン屋ばかりである。肉のきらいな小生にしてみれば、当時、博多ラーメン店の敷居はあまりに高すぎた。あの強烈な臭いにまだなじめていなかったからだ。社会経験の少ない高校生が見知らぬ土地で困ったなあと途方にくれていると、そこで見つけたのがそば屋の看板。ここしかないと、飛び込んでみた。そして、一番安い盛りそばかなんかを頼んだのだろう。おかげで晩飯にありつくことはできたものの、味やら、お店の雰囲気なんて覚えているわけがない。そもそもが、薬院のどこにあったお店なのかすらも忘れてしまった。いまもあるのだろうか。
その薬院には城南線という幹線道路が走っている。一方、西鉄大牟田線も通っていて薬院という駅もある。30年近く前、薬院付近の大牟田線がようやく高架となった。それまでは朝のラッシュ時、薬院の踏み切りで毎度フン詰まりとなっていたものだ。したがって、朝早くに西鉄バスに乗ったって、薬院で大渋滞となるのだから、どこに何時に着くのかなんてわからないということになる。そういう、本当に不便な一角であった。
そして、福岡に住み着いた当初は、城南線で薬院からさらに西に進んだところにある六本松という場所の近くにあったTという学生寮に暮らすことになった。そのT寮はすでになくなっていることだろう。そして、いまの六本松がどうなっているのかを知らないが、そこは、その城南線と国体通りという別の路線とが交差するところで、いささか複雑な交差点となっていた。その複雑に絡み合っている道路の中州上に、風格のある店構えのそば屋さんがあった。山ザルちゃんとしては、そばとなれば食すしかない。ある日のお昼どき、そこの暖簾をくぐってみた。すると、そのお店のウリは三色そばなのである。これにはガッカリした。
三色そばというのは、そばの風味が落ちたところで、そば粉にお茶や柚子粉を混ぜたりして食すものだと思い込んでいる。その混ぜ物の色が出るので、三種類の混ぜものを使えば三食そばということだ。したがって、そばそのものの品質は落ちていると、小生は勝手に思い込んでいる。結局、そのお店でなにを注文したのかなんて忘れちゃっているけど、普通に盛りそばを頼んだのだろうか。そのお店には二度と入っていないし、初回の体験も記憶からまったく消え去っているけれど、こちらもまだ営業されているのだろうか。しかし、また福岡に行くことがあっても、そのお店に入ることはないだろう。
そもそもが六本松という場所がきらいであった。以前は福岡城址近くにあった裁判所が、現在では六本松に移転しているらしい。その移転先にかつてあった建物との相性は最悪であった。同時期をともに過ごした、現在S社某部署の編集長となっているS氏が先日、弊社に遊びにきた。そこで昔話となり「入学して2日目くらいだったか、あそこの花壇の石に腰をおろしてタバコを吸いながら、『なんともいやなとこ来ちまったなあ』とふたりでボヤいていたよなあ」と小生が述べたら、「そんなことあったっけ?」とS氏。どちらの記憶が正しいのかという問題ではなく、記憶というものは時間の流れのなかで勝手に編纂されるものである、ということだ。したがって、その記憶を保持していないS氏の方が正しいのかもしれない。
もう一つ、福岡でそばを食していたときの経験を思い出した。「うどん・そば」という看板を出している幹線道路沿いのチェーン店のようなところに、数人で昼飯を食べに入ったことがある。その時点では、福岡のそばはまずいという認識が小生のなかにも根付いていた。しかし、やはり山ザルの血が騒ぐのか、どうしてもそばを食いたいと魔が差すときがある。そのときもそうだったのだろう。すでに加工されていてパックに入っているそばを、盛りで食すことになった。たいしてうまいわけがないし、量も少ないから、食い盛りのガキにはあまりに満ち足りない。その結末は注文時にわかりきっていたのだから、自業自得といえばそのとおりである。

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