風塵社的業務日誌

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ガラ受人

2010年04月23日 | 出版
極北の地にいる友人から手紙が届いた(以下)。理解ある人が所長になることを祈っておこう。

 お元気ですか。
 春があんまりにゆっくりなので、なかなか体も心も目が覚めません。春になったら……とやりたいことも読みたい本もいっぱいためてあるのに、ちょっとズルズルしています。
 Nさんから山代巴文庫1~10(囚われの女たち)が届いています。東拘にいる頃読みたくて少し捜したのに、もう絶版で入手できなかったものです。よしこれを5月連休にと、楽しみにとってあるのです。新法で冊数制限がなくなって複数の本を手にして「今日読む本」を選べることが、私にはなによりの贅沢です。
 女子刑務所の日々は事もなく……と言いたいところですが、3月、4月は、やはり変化の時です。当所では2年ぶりに所長が交替しました。この2年間、新法で改善されあるいは拡大されたはずの外部交通をはじめとするさまざまな権利が、現場の裁量権・都合とやらで、次々と縮小されてきたので、まっとうな裁量に期待して今は様子見といったところでしょうか。

 いろいろな報告で、東拘の刑務所視察委員会のことを読みましたが、当所でも去る3月31日(第1回は09年9月1日付)付で、「視察委員会だより」が各房に配布されています。それによると、当「所の委員は5名(弁護士、医師、自治体職員、地元自治会役員等)で、活動状況21年度は、委員会の開催6回(20年度6回)、面接5件(同3件)、意見・提案書の開封・調査・検討1332件(同1562件)。検討し施設に伝えた事項と、施設が改善した事項として、①リンスインシャンプーの自弁購入ができるようになった。②居室の畳の畳替えが複数の居室で行われた。③TV番組、食事について意見が多いので、意見を聞く機会を設け反映できるようにという意見に対し、食事、新聞、図書、TV番組に関するアンケートが実施された。④鏡のなかった工場に鏡を設置した。⑤医療体制の充実を図るべく、常勤医師が1名から3名に増えた」というものです。
 ちなみに20年度の改善点は、「①TV番組アンケートの結果、『歌謡コンサート』を放映することにした。②横書便箋、封筒の購入許可になった」でした。最大の成果は常勤医師の増加でしょうか。先日歯科にかかりましたが、二人の医師が各月2回くらい来所のようで、以前には決してやってはくれなかった、痛む歯の、歯を抜かずに神経だけを抜く(継統治療)という治療法ですでに1ヵ月に3回同じ歯を見てもらえています。
 一方で、せっかくのアンケートも当局の回答(結果を公表している)が、例えば食事で「パン食を以前のように週2回にしてほしい」という圧倒的な希望に対しては、「(昨夏、パンを一晩保管する無菌室にカビが生えるようになったという理由で、パンの自家製造を止め、購入品になりました)外部から購入のため経費上不可能」という回答。圧倒的なレトルト食についても「休日の人材不足のため現状を変更しない」などなど……。なぜ無菌室を直さないのか、不思議だったりします。
 視察委員会への提出意見がへっているように見えますが、これは問題がへったというよりも、当局の上記のような反応も含めて、委員会への期待がへった結果のように思えます。また、もっと切実な問題(懲罰や外部交通、作業や職員との軋轢など)についての意見が少ないと思うけど、委員会自体がいまだ「この他にもさまざまな意見を議論検討しています」という状態で、面倒なこと、当局の抵抗が大きそうなこと、本質的な問題については、先送りしてしまう傾向もあるのではないかという気がします。
 それでも塀の中の「実情」を第三者に知ってもらうこと、第三者の目があることは、受刑者にとって最低限の防衛線であることは間違いありませんし、ささやかにでも変えていける実感の積み重ねが、自分たちの権利への確信になってゆくのだろうと思います。……仲間たちのおしゃべりは、毎日仲間の噂と、当局への不満と批判が大多数ですが、幹部職員が用紙(投書箱)の横にしっかり立って見張っているので、少なくとも誰が利用したかはわかる意見箱に訴える勇気はなかなか持てません。投書方法(場所、時間)の改善だけでも、視察委員会システムは、もっと受刑者の人権と当局の改善を促す力になるでしょう。

 この間のグッドニュースは、4月6日、ようやく「身元引受人決定」の通知を受け取りました。当初希望した友人を正式な決裁も知らせないままにズルズルと引き延ばして不許可にされた後だっただけに、どうなるのだという不安が大きかったのですが、ようやくです。尋常ならざる面倒を、百も承知で引き受けてくださったSさんご夫妻には、感謝でいっぱいです。
 なんといっても出獄のときは、この国のシャバでの生活は42年ぶり、加えてパクられたのは学生上がりのまだガキンコだった頃ですから、この国で「大人の女の人の暮らし」をした経験がまったくないと言っていいのに、いきなり熟女もオバサンも通りこして67歳のオバアチャンです。少々のリハビリじゃあ間に合わないことは、目に見えています。ご迷惑は承知で、私は今、よし出所後の社会復帰は、東京のあの街あたりから……と夢をふくらませています。
 工場の仲間たちは「よし▽△バア、出て来たら、私がカラオケに連れて行くから」とか「クラブを案内してあげる」とか、この国の「大人の女の人の経験」がきれいに欠落している私への“社会復帰指導係”に立候補してくれています。前号にも書きましたが、やりたいことはしっかりあるけれど、どうやれるのかはいまだ闇の中です。今から、ここにいるからできることを見つけて、少しずつでも進めてゆきたいと思っています。どうかこの宇宙人のような社会への帰還希望者にこれからも知恵と力をお貸しください。
 戻っていける場所ができたことが、私を前向きにしてくれていますが、その一方で、こういう夢を持つことさえも可能性を奪われてしまっている仲間たちのことを考えざるをえません。ここに来て先輩から、「満期上等」という言葉を教えられて、「きばらずにやりゃあいいのよ」と肩の力を抜いてもらったけど、それさえもできずに無期の仲間たちは息をつめて日を送っています。
 死刑も無期刑も、人を人として、誤りを正しうる方法ではありません。社会の中でその構成員として、やり直していこうという姿勢を持つことができて、初めて社会や人々への責任を持つ者として自分を変えてゆけるのだと思えます。そのチャンスをどう取り戻せるのか。

囚われの女たち〈第1部〉霧氷の花 (1980年) (山代巴文庫〈1〉)
山代 巴
径書房

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