UGUG・GGIのかしこばか日記 

びわ湖畔を彷徨する独居性誇大妄想性イチャモン性前期高齢者の独白

あれはトマソン物件じゃない?

2016-11-13 01:32:12 | 日記

先日、重病人であることがほぼ明らかになった某知人とタクシーに乗って京都市の南部を走っておりましたら、シートに倒れこむようにして座っていたこの知人が窓の外を指さして申しました

「おい、GGIよ、あれ、トマソンじゃないか?」

GGI、言われた方を見ましたら、異様な姿の民家が目に飛び込んでまいりました。

今日の写真はこの民家を撮ったものです。クリックしてしかとご覧になり、トマソン物件かどうか、お考えになってくださいませ。

ご覧のように異様という一言では表現できかねるキッカイな物件です。この壊れぶり、この民家だけが激震に襲われたかのようであります。

たしかに雰囲気的にはトマソン疑惑濃厚でありますが、何かトマソン物件とは異なっております。

トマソン物件、すなわち超芸術トマソンにつきましては、今やウィキペディアさんでまことにリッパな定義付けが行われておりますので、トマソン物件について正確なことを御存じないかたのために、以下に紹介しておきます

超芸術トマソンとは、赤瀬川原平らの発見による芸術上の概念。不動産に付属し、まるで展示するかのように美しく保存されている無用の長物。存在がまるで芸術のようでありながら、その役にたたなさ・非実用において芸術よりももっと芸術らしい物を「超芸術」と呼び、その中でも不動産に属するものをトマソンと呼ぶ。その中には、かつては役に立っていたものもあるし、そもそも作った意図が分からないものもある。超芸術を超芸術だと思って作る者(作家)はなく、ただ鑑賞する者だけが存在する。』

写真でお見せしましたこの民家、どうしてこのようはヘンに傾いた崩壊寸前の姿になったのか、理解に苦しみますね。でも、おそらく修理または応急処置のつもりで、あるいはぼろ隠しのために取り付けられたと思われる、ヤケに派手で大きなイエローのボード、とても刺激的でステキであります。

古ぼけた崩壊寸前の民家と強烈なイエローのみごとなコントラスト、見事なアンバランス、これが芸術ではなく何でありませうか!

ですから、この民家、トマソン物件であるか否かはともかく、まことに魅力ある街角現代アートであるというのがGGIの感想であります。

でも、必ずしも街角現代アート=超芸術トマソンあるいはトマソン物件とは限りませぬ。と申しますのはトマソン物件の一番重要な要因は、その物件は「無用の長物」であるということです。この条件を備えていなければトマソン物件とは申せませぬ。

たとえば先日の日記に紹介いたしました日本が世界に誇るデンセン・アートは、現実に人々の生活に役立っているのですから決して無用の長物ではありませぬ。したがってトマソン物件ではありませぬ。

無用の長物であるか否かという観点からこの民家を観察いたしますと、たとえば大きなイエローのボードのまんなかに郵便受けが取り付けられているところを見ますと、この異様な民家、今でもどなたかがお暮しになっている可能性が大であります。つまりこの民家は今でも実用に供されているようであります。つまり無用の長物である可能性は小さい、つまりトマソン物件である可能性は小さい、ということになります。

かようなしだいでトマソン物件でないことは少々残念な気もいたしますが、立派な街角アートであることには変わりがないのであります。一度のこの民家の主にあって、どうしてこんなヘンテコリンな家になってしまったのか聞いてみたいものであります

今日もどうでもいい話になってしまいました。

グッドナイト・グッドラック!


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