goo blog サービス終了のお知らせ 

つつじの書・・

霧島つつじが好きです。
のんびりと過ごしています。
日々の暮らしを、少しずつ書いています。

エッセイ テレビ

2018-09-22 13:03:53 | エッセイ

 エッセイ テレビ   課題 【お気に入りの芸能・芸術  2017.11.10

 テレビの録画をやっと使いこなせるようになった。
買った時に使い方をきちんと説明してもらったのに、二、三度でつまずき一年近く録画ができなかった。
保証期間が一年とあったので電気屋さんに来てもらった。
太った青年は汗を拭きながら「本体の故障は一年保証ですが、使い方の保証期間はありません」と早口で言う。

今度は相手のペースに巻き込まれないようゆっくり復習し、説明書にメモした。

録画でいいことは、好きな時間に見られることと、コマーシャルは早送りにし、とばして見られる。じっくり見たいドキュメンタリー番組やドラマ、映画など、録画のお陰で退屈な時間を過ごさなくていい。

最近、映画を見るようになって気づいたことがある。
テレビドラマでいつも違和感があった本当らしくないことだ。
特に時代劇の中で、長旅をしてきた人が折り目の付いた着物を着て、真っ白な足袋を穿いている。着替えらしきものも背負っていない。そんなにきれいな訳がない。
また、長屋のおかみさんの髪も乱れていないし、子供たちは洗いざらしの着物も着ていない。木綿は毎日着ていると体にそった皺があるはずだ。道も平坦、ぬかるみも泥道もない。
言い出したらきりがない。
衣装や小道具、背景、時代考査がとてもおろそかだ。
そう感じながらテレビドラマを見ていると白けた気分になってくる。

 何にも予定がない午後、録画の映画『油断大敵』をみた。
老練な泥棒と新米刑事が出てくる二〇〇四年の作品。
テレビドラマの刑事ものは事件現場やパトカーが走り回るお決まりのものが出てくる。
しかし、映画の中では、刑事の普通の暮らしの様子や日常が丁寧に描かれている。
自白させる場面では、長いカットで二人の表情を追う。
眼の動き、頬の震え、「あぁ、そうだろうな」となんの違和感もなく見入ってしまった。
役者の細かい表情が見られる映画はいい。
多分舞台劇ではそういう細かなところは見られないだろう。
ドラマを見るなら私は映画がいいなと思う。

  先生の講評
          
テレビドラマの薄さがよく伝わる。
          ビジュアル表現として
一番細かく完成されているのは映画だろう。
          
舞台は完成度は落ちるが、生の一回だけの独特な迫力はある。

  つつじのつぶやき
         
演劇評論家の先生は舞台の良さも熱く語ります。
         
先生は朝日新聞、隔週?木曜日に演劇評論を書いています。



 

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

そよ風の扇風機

2018-09-11 17:02:12 | エッセイ

 

今、私の大、大お気に入り。
2年前に我が家に来た扇風機。
それまで寝室にあった扇風機は、
壊れないこともあって、古くて音がうるさかった。

とにかく静かなものをと探して見つけたのがこれ。
バルミューダー、9枚の羽根がしっかりと風を送ってくれるが
やわらかな風だ。
音も感じないほど静か、本当に良かった。

2017.7.22投稿 (去年の投稿)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

NHK連ドラ、『半分青い』、見てますか?

律君が起業する「そよ風の扇風機」が、もしかしたらこの扇風機ではないかと
わくわくしながら見ています。

バルニューダー社は、買うときあまり名前が聞いたことがなかったので
躊躇したのですが、買って使って、本当に良かった買い物デス。

今年で三年目の夏も、優しいそよ風が深い眠りに誘ってくれました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エッセイ 「やだねー」

2018-09-06 18:00:00 | エッセイ

エッセイ 「やだねー」   課題 【上・下】  2010.9.24

古い友人達と久しぶりに会った。
「元気?」
「太っちゃった」、
「どうしても痩せないのよね」
「お腹にばっかり肉が付いちゃう」
「やだねー」と、お互いの体型を見て笑う。
中年太りを、みんな気にしている。

私は洋服を買いに行くのが好きだ。
小さな変身と、その時流行っている洋服を着てみるのも楽しい。
少し見栄をはって似合わないもので失敗するときもあるが、それも小さな挑戦だと思っている。

若い頃は洋服を見に行くと、ブラウスやセーター、アクセサリーなど、上に着るものが目に付いた。
中年になり、子供の手がかからなくなって勤め始めた頃に、スカートばかりを何枚も買った時があった。
丈の長さの流行もあるが、体型が変わった自分の姿を、何とか引き立てようとしたのだ。

今は毎日スラックスを履いているが、体の線がその儘出てしまうのが悩みだ。
上着からスカート、スラックスと順を追って下にいく。
気になるところを、何とかしようと努力をしているのだ。

二~三年前から、ウエストのきついものが増えた。
洋服を買いに行くと、ついスラックスから見てしまう。
「パンツをお探しですか?」と、年配の店員が声をかける。
パンツと言う言い方は引っかかる、「スラックスを」と私。

「このパンツは」と、又言う、嫌だな。
私と同じぐらいの店員は気にならないのだろうか。
パンツと言うと、毎日洗っている男の下着を連想してしまう。
「パンツを下さい」なんて絶対言いたくない。
こういう店の試着はやめる。私の中では、パンツは下着なのだ。
時間はたっぷりある。ゆっくりと次の店を探す。

  つつじのつぶやき・・・8年前、「パンツ」に反応している自分。
                今は「パンツスタイル」ぐらいは言えますよ。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エッセイ 大皿

2018-08-21 16:24:39 | エッセイ

エッセイ 大皿  課題 【食器】     2018年7月28日

夫の転勤である時期地方都市に住んだことがある。
知らない土地は知人もなく、子供が学校に行った日中、デパートや町の商店街によく出かけた。
若い頃と違って洋服などにはあまり目が向かず、食器や小物雑貨、インテリア等に興味をもった。
デパートは季節ごとに目新しくレイアウトされている。
巡っているうちに、器などの良さを知った。

町の中心のアーケードに、老舗の瀬戸物屋があった。
長い時間、棚のあちこちを見て回り一つの物を決める。
決めても迷う。そんな風にして、少しずつ自分の物になった。

刺身を盛るであろう大鉢は、今はお正月にお節の盛り合わせに使う。
フルーツの大皿は息子たちが来た時など、何種類かの果物をカットして一つに盛り合わせる。
最近出番の少なくなった大きな土鍋はおでんを入れる。
蓋を取った時の湯気もご馳走になる。

あの時買った駒盆も大切に使っているが、魚の盛り付けに使う皿は勿体なくて、普段は引き出物に貰った皿を使っている。

孫が泊まりに来て、刺身が食べたいと言う。

三人でデパート地下の魚売り場に行った。
夫はいいところを買えと言うが予算もある。

それに中トロばかりを食べさせるのは贅沢だ。
一柵は中トロ、もう一つはいつも買う物と二柵買った。

家に帰ってパックから外した。
水洗いをし、キッチンペーパーで拭き取り、まな板に並べると見分けがつかない。

黒の大皿に大根のけんの白、庭で摘んがシソの緑、赤い刺身のご馳走が出来た。
孫はいつも食事の手伝いをするが、さっきからまな板から目を離さない。

「はーい、食卓に運んで」
「中トロはどの辺?」
「言わない、聞いたらそこを食べにくいでしょ」

銘々の器に盛ってもいいのだが、折角の食事、大皿から取り分けた方が楽しいはずだ。

  先生の講評・・・孫に使った大皿は転勤先で買ったもの?

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エッセイ 三面鏡

2018-07-28 14:24:38 | エッセイ

エッセイ 三面鏡  【夏・自由課題】  2018年7月13日

夫が、欄間の掃除をしようと三面鏡の椅子に乗って転んだ。
脚が折れたから転んだのか、落ちたから壊れたのかは分からないが、付け根から折れた。
私は夫の怪我の心配よりも、長い間、家族が毎日座っていた椅子の、可哀そうな姿に溜息をついた。
折れたところを繋いでみたがどうしようもない。

家具売り場で新しい三面鏡を見て回ったが、どれも今のよりいいとは思えなかった。

何度か家具の修理を頼んでいるところに相談をした。
二代目の息子さんがやってきた。
少し白髪はあったが格好いいジーンズで精悍な体つきをしている。
前もそうだったが、我が家の木材を使った造作のこだわりなどを「好きです」と、今度も熱く語る。

椅子はきれいに直せると言う。
鏡の曇りも気になっていた。
新しい鏡に取り替えよう。
寸法を測る為、引きだしてみると大分草臥れている。
独り暮らしをする時、最初に買った物だが、もう寿命かもしれない。

修理しか頼んだことがないが、新しい家具も作るのだろうか。
「三面鏡は作りますか」と聞いた。
あっさりと、「作りますよ」と言う。頼むことにした。
翌日、木目のサンプルや金具のカタログを持ってきた。
出来上がった家具しか買ってこなかったので、サンプルを見ても見当がつかない。
迷うと、丁寧に説明をしてくれる。

それから三ヵ月余り、何の連絡も無かった。
あんなに熱く語ったのに腕の方は大したことがなく、上手く出来なくて困っているのではないかと、私も連絡をしなかった。

連休明けに、やっと電話が鳴り、これから運びますと言う。

吃驚した、前と同じ寸法の三面鏡が思った以上の物に出来上がっている。
鏡の縁も綺麗にカットされ、照明は今風のLED、抽斗は桐を使っている。
あの椅子も品のいい布に張り替えられ見違えるようだ。

「どうしても欲しかった蝶番がなくて、親父の伝手で探しました」。
何時もと違って、言葉少なに、はにかんでいるような笑顔を見せた。

  先生の講評・・・・・・・・職人気質と、独身時代の家具の思いがよく出ている。
                夫は怪我をしていないんだよね?

  つつじのつぶやき・・・依然と同じ寸法の三面鏡が新しくなって、本当に良かった。
               私だけではなく夫も息子たちも、ドライヤーを使い、コンタクトの挿入など
               毎日使ってきた三面鏡だ。
               
これから、しっかりしわも映してくれるでしょう。

              

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エッセイ やわらかな風

2018-07-18 11:03:38 | エッセイ


エッセイ やわらかな風
   課題 【空・風】 2018.6.22

青梅線御岳駅を降りると、正面に御岳橋がある。
橋のたもとの小さな案内板に沿って坂道を下ると多摩川に出る。

途中、橋の裏を見上げると、思った以上の大きさに結構ドキッとし、少しわくわくする。

川辺に寄ると、水は岩にぶつかりながら豊かに流れている。
最近よく見かけるのが、カヌーやゴムボートに五、六人が乗った、ラフティングと呼ばれる川下りだ。
派手なライフジャケットを着て歓声を上げながら急流を下って行く。
大きな岩と岩の間の流れに、行方が定まらずぐるぐるとボートがまわる。

河原に高校生くらいの、短パンで裸足の男の子が三人、焚火をしていた。
体の大きい子が、裸足が痛いのか爪先立って、へっぴり腰で歩いている。

下流に歩いていくと、酒蔵の経営する食事処がある。
テーブルに日本酒を置いて、枝豆や名物のコンニャクのお刺身等を肴に、みんないい笑顔だ。

お酒は頼まなかったが、お蕎麦とおでん、食後に酒まんじゅうを食べ、幸せなお昼ご飯だった。

帰り道、遊歩道脇の無人スタンドを覗いた。
山菜の煮物や漬物、切った沢庵がパック詰めになって売っている。

ベンチに座った。

モミジの若葉が、丁度いい木陰になっている。
目の前の川を眺め、岩にぶつかる水の音や鳥の声を聞く。
柔らかな風に、会話はとりとめもない。

夫が話した。
取引先のお客様が施設に入ったのでご挨拶に伺い、食事をご馳走になってきた。

「とに角豪華なところ、メニューもすごいよ」と言う。
聞いていて、幸せな老後を送られるのだと感じた。

でも、私は、スタンドに並んでいた、つやつやのミョウガの一つも刻み、お味噌に合えてご飯を食べる、そんな風に過ごせればいいなと思った。

高校生はまだ居た。
さっきと違うのは、中州の大きな岩に、水着姿の外国人が大勢上っていた。

  先生の講評・・・・・風景描写に織り込む心理の綾。この二つがうまく融けあう。

 

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エッセイ ソフトボール

2018-07-11 09:45:24 | エッセイ

エッセイ ソフトボール  課題 【スポーツ・芸術】 2010・7・23

夫の転勤で、広島市に引越しした。
市の中心から西へ、太田川の橋を渡ると古い町並みの巳斐がある。
立て込んだ住宅の側は急斜面の山で、見上げると、時々、トンビがゆうゆうと飛んでいる。

長男は4年生。
大きな小学校に転校したのでなじめるだろうかと心配だったが、直ぐに広島弁を使い始めた。

地方の良さなのだろう、周りのつながりが強く、町内対抗の競技がいろいろとある。
特に、子供のソフトボールは盛んで、決勝大会を広島市民球場で開催する、市子連と言う団体が力を入れていた。

長男もそこに入れてもらったが、その練習には親の出番が多い。
私も新参者なんて言っていられず、手伝いや応援に行っているうちに繋がってしまった。

小さな大会で勝ったといってはお疲れ会、負けたと言っては励まし会があり、親達が手つくりの料理を作る。
もう子供が卒業している人も、さっき釣ってきたから「食べんさい」と言って刺身等を差し入れてくれる。

ある夏の大会で、市民球場に出られることになった。

町内は盛り上がり、広場に練習を見に来る人が増えた。
フェンスの外から声がかかる。
エラーをした子に、パンチパーマの大人が、「なにしよるんじゃー」と大きな声をかけると、「おっちゃん黙ってて」と真っ黒に日に焼けた6年生がやり返す。
まだその日が来ないのに、親達も興奮している。
私も何か役に立つことがないかと考えた。

お願い、願い事、「そうだ、宮島に行こう」

誰にも相談しないで思い立った。

真夏の昼下がり、厳島神社は参拝客も少なく閑散としている。
ご祈祷をお願いすると、厳かな席に一人だけ案内されたので、何かとんでもないことをしているような気がした。

暗い神殿の中は海風が吹きぬけ、祝詞と、蝉の声しか聞こえない。
静かな時間が過ぎた。

きちんとお願いしたのだから大丈夫と、もう勝ったような気分で、必勝祈願のお札をしっかり抱いて帰ってきた。

 つつじのつぶやき・・連日のニュースで大雨の爪痕を報道している。
               20年も前にお世話になった広島、幸い巳斐の方は大丈夫らしいので一安心。
               「ソフトボール」は、今年もエッセイに書きました。
               ギラギラした夏の青空を見てると心に浮かんでくる光景です。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エッセイ ビフォーアフター

2018-06-29 21:13:47 | エッセイ

エッセイ ビフォーアフター  2008.5.10 

昨年夏以来、解決していない事を引きずっている。
食器戸棚にはめ込まれているガラスの事である。
作り付けの戸棚だが、建具屋さんが作った扉は、細長い透明なガラスが、四枚はめ込まれていた。
食器を納めると、雑然とした中身が見えるので、ガラスの内側に、派手なレースを張って使ってきた。

時々見える大工さんとの雑談で、
「あそこを摺りガラスにしたら、中が見えないですよね」
「多少は見えますよ」
「でも、やってほしい」
「じゃあ、やりましょう」 ぴっちりと張り付いたコーティングを外して入れ替えた。

が、気に入らない。
野暮ったいし、やっぱり中が見えるのである、前の方がよかった。

そして昨年夏、又、あのガラスの話になった。
大工さんは笑った「又、やりますか?」

ガラス扉は、最初のように透明になった。
今度は中に吊るすレースも、きちんとした物を入れよう。
やっぱり綿か麻の、白いレースがいいなと、あちこちのデパートを探した。

四枚の同じサイズのレースは、なかなか探せなかったが、地味な柄の長いレースが二枚見つかった。
これを半分にすれば四枚の扉に間に合う、少し長さが気になるが、下の方は何とかなる。
ルンルン気分でアイロンをかけ、鋏で二等分し、ガラス扉に吊るした。

「ん、何か変」。
出来上がりを見た夫は「フンドシが下がっているみたいだ」当り、言えてる。
地味な柄と、中途半端な寸足らずのせいである。

半分に切ってしまったレースの使い道を考える。
テレビ台の寸法を図っていると、
「今度は何の企み?」
「二枚繋いで、テレビ台にかけたらどうなるかしら」

綿レースは、夏場に多く出回るが、季節が変わり、同じサイズを四枚探すのは難しい。 
食器戸棚には、まだ、あのレースが下がっている。

 つつじのつぶやき・・・・・・10年前の作品です。
                 どんな講評をいただいたのか忘れました。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エッセイ 牡丹とウニ

2018-06-18 11:39:36 | エッセイ

エッセイ 牡丹とウニ 課題 【コンビニ・スーパー・商店】 2010.6.11

独身の頃、小さな商事会社に勤めていた。
ある時期、麻雀が流行った。
家族麻雀で覚えたと言う先輩が、男性に混じって、牌を持つ姿がかっこよかった。

社員旅行には、時々、社長の奥さんも同行したが、大の麻雀好きだったとかで、宴会が終わるとすぐに麻雀が始まる。
人数合わせに手招きされ「ハイ、座って、並べるだけでもいいから」 などと言われているうちに少しずつ覚えて、はまってしまった。

 麻雀は魔物だ、大事な時間も気にならない、お腹も空かない、お洒落もどうでもいい。
高校生が部活がしたくて登校するのと同じで、週末、麻雀がしたくて会社に行くという生活だった。
独身時代は自由な時間があるので、会社以外の、女性のグループからも誘われたが、 齢をとったら、毎日毎日、麻雀をして暮していきたいねと、よく話した。

その頃、自炊をしていた。
土曜日の晩遅く、時には徹夜をして帰ってきても、日曜日は一日、家事をきちんとしていた。
掃除や洗濯、アイロンかけ、食事の仕度もし、次の週の準備をした、多分、遊んだ分の言い訳だったのかもしれない。

買い物は、大抵決まった店に行っていたが、会話がはずむ、小さな商店が多かった。
その当時、日曜日も開いていたかどうか思い出せないのだが、よく行く魚屋があった。
家族みんなが店に出て、生きのいい声で料理の仕方等を教えてくれる。
奥さんが、たっぷりとした黒髪を、きりっと束ねているのも好きだった。

買い物と言っても一人暮らしなので、いつも買う物は少なかったが、5月の連休には、ウニを一箱奮発する。
それと、普段は小さな花束しか買わない駅前の花屋で、あでやかな牡丹の花を3本買う。
長い休暇は淋しかったのだ。

 つつじのつぶやき・・・・・・ 最近シニア世代で、健康麻雀が流行っているという。
                  「賭けない」 「呑まない」 「吸わない」 勝敗はどうしているのだろう?

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

挑戦

2018-06-04 10:52:17 | エッセイ

エッセイ 挑戦   課題 【決断・迷い】  2008・6・13

春から『文章の書き方』という講座を受講し始めた。
毎回決まったテーマにそって、400字詰原稿用紙二枚分のエッセイを書いて提出し、添削と講評をしてもらうという講座だ。

今迄、まとまった文章など書いたことがなかったので、多少不安な所もあるが、少し書いては読み返し、手直しをするので、のんびりした脳には、かなりいい刺激になっている。

主婦業も年季が入ってくると、暇な時間が多く、パソコンに向かうと、ついゲームに夢中になる。
時々、干していた布団を夕方遅くなって取り込むなんて失敗もあるが、文章を書く事にも夢中になれるだろうか。

昨年秋頃から、何かしたいと考えていたが、何をしたいのか、中々興味のあるものが見つからなかった。
絵や陶芸や手芸は、下手な作品が、家のあちこちに溜まるのが嫌だし、お手本どおりにきちんと、と言うのも自分には向いていない。
「自分流で出来る、楽しいもの」を探すのは難しいが、文章の書き方講座では、自分にしか書けないものをとのことで、案外、その思いを満たしているかもしれない。

先日、友人が育てているバラを見せてもらった。
以前は、日本庭園風の庭の、一部分だけのバラコーナーだったが、今は殆んどの庭木を抜いて、一面にバラが咲き誇り、やわらかな香りに包まれていた。

「いい匂いのバラが好きなの」と言う。

五月、バラが満開の頃、庭を2日間開放し、苗木や鉢物の説明をしたそうで、100人以上の見学者で大忙しだったとか。
此処までくると、道楽の域なのかもしれない。
土作りや消毒のこと、新しい苗木を作る楽しみなど、バラつくりを通して、生きがいを話す友人の笑顔は、いいなと思った。

私もこれからの日々、自分なりの楽しみ方を見つけて、ゆっくりと、心豊かに過ごしていきたいものです。  

 つつじのつぶやき・・文章を書き始めて2か月の作品です。
               10年経って、少~しは成長できているのかな。
               いやいや、現状維持ですね。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする