先生の講評…短編小説の趣がある。おもしろい。
社長のことをもう少し書きたい。
風情、口ぐせ、仕事ぶり、社長宅・・・。
エッセイ 美登利寿司 課題【作る・こわす】2019.5.24
春になると誰からともなく声がかかり、小田急線の梅が丘に集まる。
梅が丘は元の勤め先の社長が住んでおられた所。
静かな住宅街にあるお宅には何度もお邪魔した。
思い出もあるが、静かで集まりやすい。
改札口に十一時集合だが、十分前に行っても殆どが集まっている。
昼ごはんには少し早いが、ネタの割には安いと評判の
「美登利寿司」に行く。
二階のテーブル席に案内された。
メニューを見ても、なかなか決まらない。
豪華にいこうと言う人と、そんなに食べられないよと言う人がいて可笑しい。
でも、やっぱり全員同じ物に決めた。
注文が決まるとやっと何時もの顔になる。
そして始まる。
昨日の話、今朝の話、病気の話、孫自慢、まだ年金の話は出ない。
独身時代に勤めた会社の友人は、今、姉妹のように遠慮がなく、
何でも話し、お互いを思いやる。
こんな風に十年以上が経つ。
握りたての寿司が二つずつ運ばれてくる。最後にイカが残った。
誰かが言った。
「あの頃、会社の帰り、良くお寿司をご馳走になったよね」と。
勤めていた会社は小さな商事会社だった。
色の黒いぶっきらぼうな社長はまだ若く、決算は毎回黒字で
活気があった。
残業が続くと、よくお寿司をご馳走してくれた。
井の頭線の渋谷駅近くは焼き鳥やの煙と、餃子の匂いがした。
そんな中を抜け、パチンコ屋の騒音が聞こえる店の二階の
カウンターに座ると、
「何でも好きなものを注文していいよ」と言う。
「ウニ」「トロ」「イクラ」等、多分自分では注文しないと思うものも
それぞれが言う。
「私はトロが好き」と、何度も頼む天真爛漫な人がいた。
いつも美味しいものを食べているのだろうと思い、羨ましかった。
私はご馳走になることに慣れなかった。
眼の上にある木札の値段を見ながら、「イカを下さい」なんて
縮こまったことを言っていた。