エッセイ 巳斐の人たち(夜の街) 課題【待つ・帰る】 2018.1.26
長男が入っていた町内のソフトボールチームのお母さんたちとよくおしゃべりをした。
その中でも監督の奥さん、宣ちゃんのお母さんとMさんには親しくしてもらった。
奥さんはパートで働きながらママさんバレーもして溌剌としていた。
馴れ初めを聞くと成人式の後に、監督を紹介をしてもらったとか。
それから一年後に結婚をして宣ちゃんが生まれた。
出会った時は三十代前半だった。
もう一人の友人Mさんは、奥さんが親しくしている人だった。その頃はみんな若かった。
夫も応援や打ち上げに参加して、町内の人たちと知り合い「今度は夜の街に行きましょうや」と何度か誘われた。
秋になりソフトボールの練習も少なくなった。
監督の兄貴分みたいな、少し強面のYさんから私も再三誘われ、私に行こうと言う。
子供達はどうするのかと言うと、「留守番させても大丈夫だよ」と強く言う。
子供が生まれてからは、夜の街に遊びに行くなどとは考えたことがなかった。
監督の奥さんに話すと行って見たいと言う。
Mさん夫婦も一緒に、広島の繁華街ナガレの少し妖しいバーに行った。
キラキラしたライトの向こうに、小雪さんと言ったような名前の、和服を艶めかしく着た女装の男性と、大きなイヤリングをつけたマスターがいた。
ひとしきりお酒がまわると、小雪さんはカウンターの中から、男性陣にきわどい突っ込みを入れて笑い、マスターは女性陣に話しかけながら姿を消した。
そして、突然黒いカーテンの向こうから、裸のマスターがお盆を持って現れ、ヌードショーが始まった。
あまりの事で驚いたが、踊りながら何かを言い盛り上げる。
只々笑った。
その時、小学校六年と一年生の息子に、どんな風に留守番をさせていたのだろうか。
夜の街に遊びに行く後ろめたさで、普段は時間をやかましく言っていたファミコンゲームをしていいよ、おやつも用意しておくからなどと言ったかもしれない。
二人は私達をどんな気持ちで待っていたのだろう。
先生の講評・・・子育てとゲイバーの対比が面白い。
工夫、計算がある。