年末になると、年賀状の事が頭をよぎる。あの人は、などと考えているうちにう
ちに、大切な人を思い出してしまった。
独身時代、渋谷の小さな商事会社に勤めていた、その時お世話になった社
長に、去年も今年もご無沙汰をしていたのだ。
7~8年前から、亡くなった奥様のお仏壇にとお花を持って伺っていたが、一人
暮らしをしている社長は、自宅に来られるのは迷惑そうなので、最近は、駅近く
の鰻屋で会う事にしている。いつも、元の社員と会うのが何より楽しいよと言って
くれるので、大抵4~5人が、駅で待ち合わせてから食事会になる。
どうしようとかと迷っていたが、思い切って先輩の由木さんに連絡をすると、気に
なっていたという。他の人たちは、其々に用事があったので、二人だけで行くことに
した。
何しろ二年ぶりだ、早めに駅に着いたが、誰も居ない、社長の来る方の道を探
していたら、由木さんと出会った。
「あそこの洋品店で、軽くて、温かいズボンを売っているよ」という、表がナイロン
で、裏地がフリースのぶかぶかなズボンが見えた。
「やだ、もこもこしているからいらない」
駅近くのベンチに、杖を脇におき、野球帽を被って、黒ずくめの洋服を着て社
長が居た、始めて見るスタイルに気づかなかったのだ。
食事の後、喫茶店で思い出話をしているうちに、社長の服装の話になった。由
木さんが「今は、そういうラフな恰好をするんですか? そうだったら、そのうちに
温かいズボンを送りますね」
「前があいているやつな、俺は男だから」と、社長が言ったので3人で笑った。
社長を送ってから、さっきの洋品店に寄った。
「う~ん、買おうかな」と私、「買ってあげるよ」と由木さん。
ズボンの包みを抱いて、一人電車に揺られているうちに、ふっと涙が出そうに
なった。今は老いてしまった社長も、由木さんの変わらぬ優しさも、私はみんな好
きなんだと思った。
課題【一通のメール・手紙】