エッセイ ブリ
近くに、六十棟ほどの新築住宅が建ちつつある。
元は大学のグランドだったところだ。
玉川上水のほとりなので、緑が多く住宅としてはほどほどの環境だが、駅までは少し遠い。
昨年秋からの工事で七割方完成し、小さな公園も二つ出来た。
春には新しい家族が引っ越してきて、小さな子供たちがお砂場で遊ぶ姿を想像していた。
売出しの広告や新聞折込も入っているが、さっぱり売れないらしい。
新築売出しの旗が、各棟の前にずらりとはためき、夜は紫色の豆電球がチカチカしている。
誰もいない建物が、これほど並んでいると少し不気味だ、早く若い家族が入ってきてほしい。
私は、今から三十五前に、五年ほど経った中古の家を買った。
サラリーマンが最初に持つような小さな家だった。
その頃は、周りの家も似たような家族で、夫婦と子供が二~三人、老人はいなかった。
だからいつも子供の声がしていた。
朝は学校に行く賑やかな声、その後は小さな子が三輪車をこぐ音。
郵便屋さんのバイクの音に吼える犬など。
時が経ち、大人になった子供たちが、一人二人と家を離れ、気がつけば殆どが親世帯になった。
あの頃は居なかった、老人だけの年代ばかり。何人かの人が亡くなり、一人暮らしの家の、二階の雨戸が開かなくなった。
休日の午後、小雨が降って何もすることが無い。
新聞も雑誌も見飽きた。
夫はテレビを見ている、頂き物の餅菓子を食べた。
夕ご飯のことが頭をよぎる。私一人だったら支度はしないだろう。
だが、夫はいつも、何でもいいからきちんと食べたいと言う。何にしようか、冷蔵庫をみる。
ブリの切り身が一枚ある。食卓に出したブリの皿を見て、「君は?」と聞く。
食べたくないと言うと「駄目だよ、ちゃんと食べなくちゃ、半分こしよう」
「じゃ小さい方にする、あなたは大きい方を食べて出世しなくちゃね」
他人が見たらわびしい夕ご飯だろう、静かな時間が過ぎる。
課題 【食べる・食べさせる】
先生の講評 互いを気づかい、ユーモアもある。
豊かな交流のある質素な夕食。
この対比が利く。
つつじのつぶやき・・・ 少し褒めていただいた作品です。