先生の講評・・・さりげない戸惑いの時間の推移が描かれているのに、読ませる力が文章にある。
姿を現さないMちゃんが、この文の主人公とも思える。
不在の描写で、存在を書く巧みなレトリックだ。
エッセイ 台風(2) 課題【澄む・濁る】 2018.9.28
Mちゃんは来なかった。
何となくそんな気はした。
約束しても守らないことがあると、友人から聞いてはいた。
が、まさかこんな大事な旅行をすっぽかすとは、林さんと顔を見合わせた。
だから、Mちゃんに何かあったのかという心配はしなかった。
中央線の車内は混んでいた。
通路には登山者のザックが並び、あちこちのグループの大きな笑い声が響く。
蒸し暑い、気分が悪くなってきた。
次の電車でも、多分Mちゃんは来ないだろう。
二人でこれからの三日間どう過ごそうかと考え、黙って座っていた。
夕方茅野に着き、バスに乗って蓼科湖畔まで行った。
夕暮れの雨が降っている通りは、人が歩いていない。
バンガローのご主人、小父さんと呼んでいるのだが、「よう来たね」と、
日焼けした笑顔で迎えてくれた。
三人分の予約をしたのに、一人が来られなくてと謝った。
隣が経営するバンガローの団体客が、台風の影響で
キャンセルになった。
大きいな部屋だが、料金は普通の値段でいい。
食事はこっちに食べに来ればいいと、言ってくれた。
以前は、泊り客が共同炊事場で、夫々自炊をした。
ここ何年か、頼めば食事も作ってくれる様になっている。
バンガローはいつもの倍の大きさだった。
部屋の隅には、布団が沢山積んである。
荷物を広げ、布団を二枚重ねて敷いた。
とに角、「ご飯を食べよう」とおじさんの家に行く。
予約もしないで飛び入りしたのに、おばさんも何かと気を使ってくれる。
雨が激しく降り出した。
傘を一本借りた。
二人でバンガローに戻ったが寒い。
上着を持っていなかったから、布団にもぐりこんだ。
食事をしたことで気分が軽くなり、「だけどね」と、
又Mちゃんの話に戻る。
次の日も、その次の日も雨が降った。
窓から見える蓼科湖の水が濁っている。
寒いし傘も一本しかない。
ずーと布団にくるまっていた。