あた子の柿畑日記

田舎での日々の生活と趣味のレザークラフトについて

もうすぐ新米

2009-07-19 00:31:34 | くらし

 広々と広がる水田。 なにやら黒い旗が翻っています。



  


  けっこうぼろぼろ 



 


 そばへ行って稲を見るとすでに花が咲いていました。 米になるのももうすぐでしょう。 黒い旗はすずめよけでしょうね。


 


 一直線に金銀のテープをびらびらさせているところや



 いっぱいかかしをたてているところ



  


 こちらは、ようく見ると細い糸が張り巡らしているのですが、わかるでしょうか。



 テグスのような透明の糸で、見えないのに何かあるというのがすずめを怖がらせるのだそうです。


 まだまだ青い苗の田んぼもある中で、実りを迎える田んぼはきっとすずめの食料庫になるのでしょうね。ほかに、時間をおいて大きな大砲のような音を出す装置で追い払うところもあるようです。 黒い旗はここ数年増えてきましたが、以前は見られなかったように思います。 人間とすずめの知恵比べは永遠に続くのでしょうか?



 我が家の米の備蓄も残り少なくなってきました。 うちでは最も早く新米を食べるために、1年分の米を少なめに買っています。 
 昔、我が家でも米作りをしていた頃、米を供出する前にいつも、夫と義母との間でちょっとした議論が繰り広げられました。
 十分すぎるほど備蓄しておかなければ気の済まない義母と、足りなければ買い足してでもいいから早く使い切り、早く新米を食べたい夫とは、うちに米をなん俵残しておくかで意見が分かれたのです。
 夫は新米がおいしいときに新米を食べたらいいと言い、義母は米が足りなかったらいけないと言います。足りなければ買えばいいという夫に対して、義母は百姓が米を買うなんて「ふうが悪い」(恥ずかしい、体裁が悪い) と言います。 結局は夫の意見通り少なめに残しておいて、食べきった頃に新米がとれるといういいサイクルでやってきました。 
 ある人などは「姑があまりにたくさん米を残しておくので、それを食べきった1月頃には、秋に採れた米も新米ではなくなっている、わたしは嫁いでから新米を食べたことがない」と歎いていました。 新米をいつ食べるか、ただそれだけのことにも、戦時中の食糧難を経験した世代と豊かな食糧事情の中で育ち、おいしいものを食べたい世代との違いがはっきりと現れていました。


 そのころの新米は11月頃だったと思うのですが、だんだんと時期が早まり、今では8月にはもう新米を食べることができます。 我が家で買う新米も、ここらあたりのどこかの田んぼでとれた米なんですよ。 


 おまけ
 遠くからでもハスの花とわかるほどたくさんの花が咲いたレンコン畑。 近くで写しましようとそばへ行ってみましたが、どうしても近づけません。 なんとか隙間を見つけてズームで撮りました。 すごい数の花でしょう?



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コメント (10)
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