あた子の柿畑日記

田舎での日々の生活と趣味のレザークラフトについて

今年の漢字は

2018-12-27 00:07:05 | くらし
 今年の漢字は「災」でしたね。わたしはというとー

 「病」
  でしょうか。

 1月のインフルエンザに始まって、生後半年のケイタが風邪で入院、つづいてヨウコが入院、2月末には父が 肺炎で入院、3月はずっと父を見舞って病院通い、4月にはまたまたわたしが風邪を引いて、腰を圧迫骨折して8月までコルセット生活、6月には父が再入院、7,8、9月と入院したまま再び帰ることはありませんでした。10月、葬儀の後脊柱管狭窄症が再発、風邪も引きました。11月も風邪を引いて、12月またまた風邪引きです。
 風邪なんか、以前は葛根湯で水際で留めていたのです。ところが今年はそれが効きません。しかも引いたら完全な回復に2週間以上かかるというしつこさ。もう、まったく・・・どうしたんでしょうねえ。
 たしかに風邪を引く機会は増えました。何しろ孫たちが、小学校、保育所、幼稚園、3箇所からもらってくるのですから、親たちも次々風邪を引くし、誰かがダウンするとやはり応援はわたし、ということで、年中風邪のウイルスにさらされているのですから。

 ことしこそは暖かいうちにこまめに掃除をして、ゆったりと年末をーなんて計画もすべてご破算です。

 22日冬至の日は
 かぼちゃはごろごろしてたけど



 食べもせず
 柚子もあったけど、ゆず湯もせず、
 合唱団のクリスマス会も行かず
 
 23日3連休の中日は一日寝て過ごし
 24日クリスマスイブは出来合のお総菜を買って・・・まずかった、もう買いません。
 25日、暖かく晴れたので、最優先でお墓掃除に行ってきました。

 近くの畑にフユシラズがいっぱい咲いていました。いつの間にこんなに増えたのかな?



 一つ一つの花がかわいいですね。オレンジもキンセンカほど大きいとどぎついと思うときがありますが、小さな花のオレンジはまるで元気をまき散らしているようです。



 別の荒れた畑では収穫されない柿が


 青空に生えてこれもきれいでした。カラスが止まっているけどつつこうとしません。これは?
 一つ頂いてうちで皮を剥きました。わたし、もうわかっちゃった。これは渋柿です。多分「横野柿」形は富有柿に似ているけど、れっきとした渋柿。実の食感がねっとりとして甘みの強い柿です。見た目がそっくりな富有柿は、食感がさくさく系です。包丁の刃に当たる感じで違いがわかるんです。日本一の生産量を誇る愛宕柿はさくさくとした食感で甘みは少なくあっさりした味。どちらが好みかは一によって違うでしょうが、わたしは甘い横野がすき。だけど渋抜きをしてないのではね、からすも食べないはずだ・・・・

 お墓いっぱいに落ちた葉をほうきで掃いて、線香立ての砂をきれいにして、コップの中を洗って・・・大急ぎで帰りました。孫たちがやってくる時間です。

 やれやれ。

 「災」は今年の災害の多さを語るにぴったりの字だったと思いますが、「災い転じて福となす」という前向きの言葉もあります。「病」という字にもそういうことわざはないのかしら。だけどこうして振り返ってみると、わたしよく頑張ったと思います。「病」そのものは避けて通れないこともあるけど、気持ちだけは負けないように・・・来年もがんばりましょう。
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愛の山自然観察会

2018-12-02 09:56:28 | くらし
 11月は毎週のようにイベントがあり、日曜日はほぼお出かけでした。そのひとつ

 「里山の文化祭」何年か前に里山の魅力を伝えよう(味わおう)と始まった催しですが、なかなか田舎らしいプログラムがあって

 愛の山自然観察会 久妙寺探訪 空きや見学会 町内史跡巡り と、地元を知らない来場者にも楽しめる企画があるのです。空きや見学会などは、移住希望者向けですよね。
 メイン会場の様子は別の機会に書くことにして、今日は愛の山自然観察会の様子を。

 メイン会場の丹原総合運動公園を出発して兼久(かねさ)の大池へ。あれあれ? 山じゃなかったの?



 まずは愛の山全体を眺めたのでした。右の方に鉄塔が建っていて端っこに頂上が見えます。そこまではとても行けないということでした。
 山と言うよりは丘に近い高さです。この名前の由来は、二つの集落の間にあるからと言う説がありますが、なにか「愛」にまつわる言い伝えがあったのかもしれないと言うことです。
 大池の土手に立って反対側を見ると


 周桑平野と、遠く四国連峰が見えました。石鎚山は画面よりもっと右で写っていません。そして画面をはみ出して左にいくといくつもの山脈が同じところで平地に連なっているのが見えます。これがおもしろいんだそうです。でもわたしが説明できるのはここまで。広い土手で暴れ出した子どもたちを制御するのに精一杯で、お話がろくに聞けなかった・・・・・このあとはほとんど孫のお守り。大池の作られた訳、周桑平野を潤す水のこと、今の水事情・・・・子どもたちには難しいお話でした。一つ心に残っていること
「丹原町には活断層が通っていない。」西条市のほかの3つの地区には活断層が通っているんですって。つまり活断層による地震には強いと言えます。おお!これって、空きや見学ツアーの皆さんに言ってあげればいいんじゃない?

 池には冬の水鳥たちが来ていました。数はさほどではないのですが、ここはいろいろな種類の鳥が見られる場所なんだとか。わたしも、マガモ、ヒドリガモ、ヨシガモだけは確認しました。シギもいたんですって。

 池を半分回ると愛の山のふもとに入りました。そこでは、いろいろな植物が見られました。

 冬イチゴは今も健在


 前に気づかなかったヒヨドリジョウゴ



 一瞬フジバカマかと思いましたが、フジバカマは園芸植物なんだそう。残念、アサギマダラは来ませんね。
 
 花かと思いました。虫でした。


 これは?



 砂地にくっきりと足跡。イノシシ、それもまだ子どもの。
 舗装横の肥えた土の部分はほとんどイノシシに掘り返されていました。ドングリの木がたくさんありましたが、実はほとんどなし。前はこんなことなかったよね。人里とイノシシの距離はどんどん近づいているようです。

 でもここにはドングリがどっさり


 ここまで、わずかなドングリを拾いながら来ましたが、こうもあっては拾う気がうせました。この池の周辺はいろいろな種類のドングリがあるのが魅力です。



 これから先は前回行かなかったところ。坂道になっていて山の中へと登っていきます。

 イヌビワ。イチジクと同じ閉鎖花の植物


 
 何か知らないけど、シダ



 下の方は栄養体 上の方は胞子体 両方とも葉っぱだそうです。

 ヤブミョウガみたいな葉だけどヤブミョウガじゃない。調べてみると、ハナミョウガのようでした。


 
 アケビの蔓もたくさんありましたが、早くに猿が取ってしまうんだそう。

 そして遠くからも見えるこのタンクは浄水タンクです。


 ただのタンクなんだけど、かつて丹原町だった頃の町花、さくらがえがかれていてかわいい。

 さらにのぼっていくと竹林に出ました。


 整備された階段があって、左にはさくらの植わった小さな広場。さらに行くと山の向こうの集落に出るようです。わたしたちは右へ行きました。このあたりからウマオが
 「ここ、お父さんと来たことがある。」
 「へえ、こんなとこまで来たの?」
 なんて話しているうちになんだか見覚えのある道に出ました。

 なあんだ、ここって運動公園の上の方じゃない?

 出発してから1時間半、きっちり予定時刻にメイン会場まで帰ってきたのでした。
 
 あの山の中をはたして歩け通せるかなあ、とちょっぴり心配しながら子守のため参加した自然観察会でしたが(途中でリタイアして史跡巡りのバスに乗った人もいたんですよ)、楽勝でした。 

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鰯雲と彩雲

2018-11-04 23:30:10 | くらし
 今日の空

 

   鰯雲 仰臥の子規の 無重力   東国原英夫

 父が入院中、テレビで見たこの一句を思い出しました。

 すでに回復の望みがなくなった父の姿と仰臥の子規とが重なりました。
 亡くなる前の10日ほどは、それまで横向きに寝るのが好きだった父がその姿勢を維持するだけの力もなくなって、もう仰向けに寝ることしかできなくなりました。無重力とは自分で制御できない軽さと弱さだと、心に強く残りました。

 今年の夏は酷暑の中、昼間は孫の世話や家の用事、夜は夜中まで病院で過ごす日が続きました。布団の動きに目をこらして息があるのを確かめたり、時には脈に手を当てて心臓の動いているのを確認したり。父はゆっくりと弱っていき、子どもや孫たちもみんな時間をかけて父との別れを覚悟しました。だから葬儀も落ち着いて執り行ったし・・・・・

 いやいや、わたしはかなり疲れていたようです。

 葬儀の後、わたしは以前の脊柱管狭窄症がぶり返し、5歩も歩くことができなくなりました。そういえば母が亡くなったときも脊柱管狭窄症で歩けなくなり、1年以上も病院通いをしたのです。その話をある人にすると、それは亡くなった人からのメッセージだと言うのです。言葉で伝えられないから体の一部に何かの変化が起きるのだと。だとしたら、二人とも、「体をいたわれよ、おまえの弱いところはここだから。」と言ってくれているのだと思いました。
 そして市役所に提出する書類だのなんだのでいっぱい書類を書き、いっぱい間違えて10箇所近くも訂正印を押しました。対応してくれた市役所の係の人が優しい人でよかった。
 さらに、うっかりと炊飯器の本体に洗った米を入れてしまい、あやうく炊飯器をだめにしてしまうところでした。「お母さん、やばいよ。」娘に言われて、言われるまでもなくショックでした。

 腰の痛みは1週間足らずで治まりました。 今置いた物が忽然と消えることもなくなり、ようやく落ち着いた日々を取り戻してきました。見上げる空の美しいこと。
 
 一昨日の空 

 朝


 昼 実家へ出かけていったときの桜三里の向こう側の空


 
 多分飛行機雲が変化したのだと思いますが、何かが空に登っていくようです。

 夕方、実家の近くで



 右の方に何か青い点が。何だろう、不思議です。



 このとき画面の真ん中あたりがわずかに色がついているなとは思ったのですが、

 我が家の近くまで帰ってきてはっきりと見えました。雲が虹色に輝いています。



 彩雲というのだそうですね。昔の人は吉祥の印だとして瑞雲と呼んだとか。科学的には、どうも虹と同じような現象のようですが、なんだかいいことありそうと言う気持ちになりました。


 おまけ 父の残した塗り絵の作品を





 
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ドングリ拾い

2018-10-31 09:27:23 | くらし
 気持ちのいい秋の日、トラオやウマオと運動公園にドングリ拾いに行きました。
 いつもは大型アスレチックのある場所へ一目散ですが、きょうは山へ向かってずんずん登っていきます。




 普段歩いたことのない坂道、はあはあ息切れしながら、また、ドングリを拾いながら歩いて行きますと

 

 あの奥まで行ってみたい。でも時間がなくて別の場所へ移動です。

 
 いろいろな大きさ、形のがありました。でも、何の実か、木を見上げても判別がつきません。


 
 あまりにも大きくて、葉っぱの形がわからない(わかってもなんの木かわからないだろうけど)

 こんなものも落ちていました。


 山栗かしらねえ。

 ぐるっと回って駐車場へ下りる道には、色づき始めたアメリカフウの葉っぱが落ちていました。
「おほしさまのはっぱがいっぱい落ちてるねえ。」
「ほんとだねえ。」


 トラオはもうドングリ拾いにはあまり興味がないようでしたが、ウマオとわたしはたっぷりと秋を楽しんできました。

 帰って袋から出してみると



 あらあら、どろだらけ。あまり選別しないで拾ったようです。しかも


 すでに腐ったのも。
 それらを除いて洗って干しておきました。そしていろいろあったのを並べてみると


 1番大きいのはクヌギでしょう。クヌギにしては実が小さいんだけど、これは木を確認しましたから。
 真ん中の細長いのはナラの仲間か?
 1番小さいのは・・・・ツブラスダジイかな?
 あとは、カシの仲間か?
 
 帰って我が家のカシの木を見てみました。

 アラカシ?


 ウバメガシ


 ウマオがこれも喜んで拾いました。


 けっこうたくさんありました。さあ、このたくさんのどんぐり、ウマオ君どうしようかねえ。

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金銀の花の咲く頃

2018-10-16 19:53:26 | くらし
十月はじめ、どこからともなく流れてくるこの香り



 この香りをかぐと西条人はうずうずしだすんですって。

 さあ!祭りだ。



 一週間前市内の商店街に行きましたら、だんじりがしっかりとスタンバイしておりました。



 ところで、ここ数日うちでもそれはそれはいい匂いが風に乗ってきて、(田舎はこんな匂いだけじゃないんです)

 気がつけば柊木犀の花が満開でした。



 写真を撮るのがちょっと遅かったです。すでに散りかけていました。





 柊木犀は純白の花。いつも金木犀よりちょっとだけ遅れて咲きます。香りは金木犀のほうが濃厚ですが、こちらはちょっと爽やかというか香りが薄いというか、でもわたしはむせかえるような金木犀の香りよりはこちらが好きかも。あれ?ことしはちょっと早いんじゃない? 金木犀とほぼ同時くらいに咲いたような気がしました。が、うちの金木犀はすでにこんなになっていました。



 やっぱり金木犀の方が早かったんだぁ、と納得。何のことはない、うちの金木犀が切り詰めて花をまばらにしかつけなかったので、香りに気づかなかっただけのことでした。

 さて、今日は10月16日
 
 西条祭りはクライマックスを迎えます。そして新居浜祭りが今日から始まります。



 所用で出かけたらちょうど太鼓台が病院に入るのに出くわしました。とても大きいんですよ。高さは2階建ての屋根くらいあります。一緒に見せてもらいました。



 病院の中庭に車いすの患者さんや付き添いの看護師さん、その他関係者の人が大勢待ち構えていました。太鼓台を見ながら皆さんとても楽しそう。新居浜人に言わせると、「太鼓の音を聞くと血が騒ぐ」んだそうです。太鼓台の訪問が、病気の皆さんを元気づけているようでした。

 帰り道、加茂川の土手を走って、遠くで川入が始まっているのを見ました。河川敷の駐車場はすごい車で、とても入れそうもありませんでした。いつもは渋滞する時刻、車が少なくすいすいと帰れました。

 



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やっと

2018-08-27 11:50:51 | くらし
コルセットから解放されました。

4月末に腰椎を圧迫骨折してちょうど4ヶ月。季節は春から秋になろうとしています。
先週ツクツクホウシの声をききました。それ以外のセミの声は聞こえなくなりました。つばめももういません。そして家の周りでスズムシが鳴き始めました。草の上にはトンボが飛び交うようになりました。


 
 トラオが手づかみで捕らえたトンボ。何トンボだろうねえ。

思えば、一年間の3分の1、それも酷暑の夏をコルセットで固めて過ごしたのです。毎日ホッカイロを胴にまいているようなぬくもり(笑)だけど、汗もにもならず、熱中症にもならず、我ながらよく耐えました。毎日どのように服を着たら一番涼しいか考えて、1日中家にいるときは露出度の高いもの、来客が来たら上にこれを羽織って、外出予定の時は、コルセット隠しにちょっとこぎれいなものをかぶればいいように、と頭をひねる日々、きっと脳トレになった・・・と信じましょう。

 骨密度と血液の検査をしました。 年齢相応というところでしょうか。でも、骨密度は若い人の70%ちょっとしかない。そして血液検査は・・・すべて基準値以内で異常なし。だけど骨吸収の数値がやや高い。この数値が高いと骨密度が低くなって骨粗鬆症になるらしいです。数値は低いほどよろしい、というわけであと2ヶ月薬を飲み続けます。はい、薬だけならおやすいご用です。
 
 コルセットから解放された日の夕方、また虹を見ました。

 今度は2重です。



 雲と青空とが織りなす美しい空に。


 実は台風の前触れなんですね。台風が去ってやっと涼しくなるかと思ったら、また猛暑が逆戻り。これじゃあコルセットがあってもなかっても同じような暑さなんですけど。
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それぞれの思い

2018-08-10 21:11:59 | くらし
 7月の終わり頃から病院の玄関ロビーに七夕飾りが立てられていました。
 そばの机にはペンや短冊が置かれてあって、「七夕様に願い事をどうぞ」と張り紙がされていました。そして「皆様の幸福とご健康とをお祈りします。」「願い事が七夕様にとどきますように」と、職員一同のメッセージも。




 
 つるされた短冊を見てみると、多分通院患者やお見舞いに来た人だと思うけど

 ☆ 健康だった昔の私に会わせてほしい。毎年お願いしているのに会えません。今年こそ会わせてくださ    い。お願いします。・・・切なる願い

 ☆ 石鎚の神さま、私達を台風や雨からお守りくださってありがとうございます。子供や孫たちをお守りく   ださい。・・・・感謝

 ☆ おばあちゃんが早く元気になりますように、おばあちゃんだいすきだよ。・・・・やさしさーきっとか   なうよね。

 ☆ 家族みんなが健康でいられますように。・・・・平凡だけど、病院だからこその実感が。
 

 そして、入院病棟のデイサービスルームには入院患者の笹飾りがあります。
 ここは、治療しながら社会復帰をめざしてリハビリをするところ。短冊を書ける人は退院も近いのでしょうが、字の上手だった父はもう、筆はおろかスプーンさえろくに持てません。

 その短冊の中に
 ☆ 先生ありがとう
 ☆ 看護師さんありがとう
 ☆ リハビリありがとう
 ☆ 調理師さん、おいしい食事をありがとう
 ☆ きれいに部屋を掃除してくれてありがとう
 
 ここでは様々なスタッフがいますが、すべての人に感謝をのべていました。病気でつらくても、いつも感謝を忘れない人、早くよくなりますように。実はここの病院のスタッフさん、明るくて親切で、非常に優秀だと思っています。感謝の気持ちはわたしも同感です。

 七夕と言えば、旧周桑郡丹原町の七夕祭りが今年で最後になるそうです。



なのでわたしは2回も行ってきました。トラオたちとは昼間、ヨウコたちとは夜。

 

 昔は1軒1軒の商店が工夫を凝らして飾っていたので、もう少し簡素な飾りが多かったと記憶しています。そう、手前の大きな飾りの向こうに見える、1本の竹に飾ったようなのが。そして豪華な飾りのものにも作り手の思いが込められていることがわかりました。

 ☆ I丹原

 こちらは、



 ☆ LOVE SAIJYO  まちへの愛が未来をつくる

 写真にはありませんが「ありがとう」という文字も見られました。

 夜になると明かりがともされて幻想的





 どこから人が湧いてきたのかと言うくらいの人出でした。この賑わいは昔と変わってないなあ。



 この素朴な笹飾りの集団は、町内の保育園、幼稚園の子どもたちの飾りです。夢がいっぱい詰まった笹飾りです。 素朴ではありますが、これだけ集まると金銀の飾りが明かりにきらめいてなかなかきれいなんですよ。

 

 夜店のテントには



 ☆ 38年間ありがとうございました。 またいつの日にか

 と書かれています。
「またいつの日にか」
 ここに参加した人の共通の思いではないでしょうか。丹原地区以外の人からも同じような声を聞きました。
 「形をかえてなんとか存続できないものか」
 
 過疎の町にあってこの賑わいは貴重なのです。
 

 
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夏空

2018-07-23 23:20:20 | くらし
あまりにも暑くて、日中は何もできません。いや室内にいたってすることはいっぱいあるのですが、やる気になりません。もう10日以上雨らしい雨が降らず、どこもかしこも乾ききっています。この暑さの中でサルスベリだけは元気に咲いています。

 

 

 父が再び入院しました。夕方病院に出かけて食事の介助をして帰るのですが、ここ数日真っ赤な夕日が沈んでいます。

 赤に近い朱色。山際にかかるとそれが燃えるように輝いて、きれいというよりその激しさに圧倒されるようです。ただ、そんなときに限ってスマホを忘れていたりして写真が撮れてないのですが。

 この日はまだ少し日が高いうちに病院を出ました。



 手前の田んぼにはまだ水が見えています。かなり遅くに植えたと見えます。
 しかし、夕方に出かけている場合ではないと、昼ご飯の時間に行くことにしました。なぜならこの暑さにもかかわらず草だけが元気で、夕方のしのぎやすい時間にこれを何とかしようと決心したからです。

 昼間の空。石鎚山は雲の中。



 絵に描いたような入道雲でした。



 夕立でいいから一雨ほしいなあ。昔は時々夕立がきて涼しかったものですが。

 昼間でかけたおかげで夕方は少しだけ外の作業ができました。
 白い月が出ていました。



 明日も暑そうです。父が夏を乗り越えられるかどうか・・・























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雨上がりの空

2018-07-04 23:19:03 | くらし
 日曜日
 信号待ちしていたら、道傍で何人もの人がスマホをかざしていました。
そちらを見てみたら



雨上がりのにじ。ちょっと道を逸れて車を停めて撮りました。

台風が沖縄辺りにいたころかな? 嵐の前の静けさ?

 火曜日
 台風接近による大雨警報。学校は休校。だけどたいしたことなかったです。それでも警報、それでも休校。
 夕方には雨が止みました。すぐ近くの山々からおびただしい霧が立ち上っていました。 ふだんこんなに近くの山から霧が立ち上るのをはあまり見たことがありません。
 

 
 こんな霧が何カ所もから空へ駆け上がっているかのように湧いているのです。ふと、雲龍と言う言葉が浮かびました。ほんとはもっとすごかったんだけど、よい撮影場所がなかったので。ここ数日の不安定な天候を表しているようですね。

 水曜日
 今日も朝から大雨警報。市内の学校は自宅待機になっておりました。しかし、西条市の1時間ごとの天気予報は終日曇り! 雨が降らない予報なのに大雨警報とは????? 

 11過ぎ、やっと警報解除。トラオは午後から登校しました。

 午後には青空が



 西条市ではあっけなかった台風も、他地域では大きな被害をもたらしたようです。明日もまだ大雨は続きそうです。被害が広がりませんように。 
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さびしい風景

2018-06-12 22:37:24 | くらし
 見馴れた柿の木が切られてしまいました。


 冬になっても剪定をせず、おかしいなとは思っていたのですが、持ち主が高齢になって(去年か一昨年後期高齢者になったそうです)もっと楽な作物に切り替えたいんだとか。それで、今人気が出てきたタラの木を植えるとか聞いたのですが、それも思ったより手間がかかりそうだとやめたらしいです。

 なにも植えない畑にマツバウンランの群れがさいていました。まだ柿の木があった頃は、マツバウンランもまばらにさくだけだったのに。きっと手入れをしなくなったからでしょうね。

 マツバウンランは一つ一つもかわいい花。


 
 群れで咲くとまるで優しい雲かかすみのようで、新緑の柿畑の下を霞がたなびくように紫に染める風景は私の大好きな風景のひとつでした。
 でも、柿の木が切られた後に繁殖していくのを見るのはなんだか淋しい。否が応でも農村の高齢化に気づかされます。
 果樹園ばかりではありません。
 住む人のいなくなった家。まだ3年もたっていないと思いますが、庭に植えられていた数本の柿の木が切られました。


 切り口に穴が開いているのはおそらく根こそぎ枯らして新芽が出ないようにするためでしょう。


 かつて農家ならどの家にも柿の木がありました。 それは子どもたちのあそびばであり、おやつを食べられる場でもありました。私にとっては懐かしい思い出の木ですが、それもばっさり切ってしまうのか。これも淋しいことです。

 高齢化と過疎化の進む我が家の周辺では、ここ数年ホトトギスの鳴き声が聞こえます。それも以前はかなり遠くの林で鳴いているなと感じられる程度だったのに、今年は「あの木かな?」と思われるほど近くまでやってきているようです。(近くで一日中鳴かれるとけっこううるさい)うぐいすなんかはもう鳴いてあたりまえ。うちの庭木で鳴いていたりもしますから。環境そのものが次第に野生に近づいているんですね。それはまあそれで、別の楽しみがあるのですが。
 
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