向かいのマンションの植え込みから、金木犀(キンモクセイ)の香りがただよってくる。夜になるとその匂いは、さらに強烈になる。金木犀のオレンジ色の花が咲き、この香りがただようと、『秋だな』と実感する。
北海道では、雪虫が飛びだすと、『また冬だな』と思ったものだが、金木犀の香りで喚起されるのは、あの雪虫のときの気分に似た、感傷的な、さみしさだ。
金木犀の、夜に香りが強くなるのは、蛾など夜行性の昆虫を誘うためだろう。昼間アベリアの花の蜜を吸う、ハチドリそっくりにホバリング飛行する蛾がいるが、このスズメガは昼だけなく、夜、花の蜜を吸って飛んでいるのをみたことがある。
北海道・十勝で育ったわたしは、ずいぶん年になるまで金木犀を知らなかった。静岡のヤマハの施設、つま恋でのこと、夜、庭を散歩していて『ひどく強くトイレの匂いがするな』と思ったのだ。「これ、金木犀ですよ」と、いっしょにいた東芝EMIレコードの高橋さんから教えていただいた。
北海道のわたしは、トイレの芳香剤から、まず金木犀を知っていたわけだ。本末転倒とはこのことだ。無知だ。
北海道育ちのわたしには、東京の植物相は、まるで亜熱帯だ。20年いじょう住んでいるのに、いまもこういう植物をみると奇妙な気分になる。日常の風景にあるべき植物ではないと、違和感があるのだ。