Altered Notes

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音楽の喜びを京都橘高校吹奏楽部に見出す

2022-11-02 12:12:33 | 音楽
2022年10月10日、台湾の建国記念日である「双十節を祝う式典」に、マーチングバンドの強豪で「オレンジの悪魔」という呼び名でも知られる京都橘高校吹奏楽部が招待されて圧巻のパフォーマンスで台湾の民衆を魅了した・・・というニュースが先日報道された。


『橘色惡魔來了!20221010國慶典禮京都橘高校吹奏樂部精彩演出完整版!(Taiwan)』

『20221009橘高校吹奏樂部(Kyoto Tachibana SHS Band)兩廳院廣場三校交流演出』


演奏レベルが高くしっかりしたアンサンブルが良い。しかも、指揮者やトールフラッグのパフォーマンスをするカラーガード隊といった非演奏者だけではなく、楽器を演奏するメンバーもかなり大胆なダンスパフォーマンスを繰り広げるところが素晴らしい。それが真に楽しいと思えるのは、パフォーマンスに不自然さが無いからだろう。すべてが音楽の進行に沿って展開され、音楽を演奏する「プリミティブな喜び」が表現されているからである。その「音楽の喜び」は観客にきちんと伝わっている。

例えば「愛の讃歌」のクライマックスで再びテーマのメインメロディーが演奏される場面で自然と観客席から拍手が湧き上がるのは、明らかにこのバンドの演奏が聴く者の心を動かしているからである。このような場面は随所にあった。人の心を揺さぶる演奏というのは言うほど簡単ではなく、技術・センスなどの上に音楽を届けようとする意志の強さ、そして音楽を演奏する事に命のレベルで喜びを感じている者にしかできないことなのだ。それを彼女たちは成し遂げた。しかも台湾の国家的イベントの会場で、だ。これは真に快挙と言えよう。観客席の蔡英文総統も楽しまれているようで、見事に国際親善・国際交流の役割を果たした、と断言できるパフォーマンスである。

上述のように、このバンドが凄いのは演奏者も演奏しながらダンスとフォーメーションを見事にこなしているところだろう。シンプルに言ってもバリトンサックス(*1)やチューバ、スーザフォン、そして各種の太鼓などは結構な重量があり、それを抱え持つだけでも身体への負担が結構大きいのだ。彼女たちはそれらの楽器を演奏するだけでなく、ダンスやフォーメーションといったパフォーマンスで視覚的な喜びや楽しさをも表現しているのである。

しかも、だ。

そもそも、大きな振りのダンスや飛んだり跳ねたりというパフォーマンスをしながらの管楽器の演奏は極めて難しいものがある。金管楽器の場合なら、アンブシュア(*2)に於いて唇と楽器のマウスピースは接触面が適度な圧を保つことで良質のサウンドを鳴らすことができる。それを最適な形で維持したいなら、身体を動かさず一切のパフォーマンスなどせずに演奏に集中する事が望ましいのだが、彼女たちはかなり大胆な動きをしながら同時に良いサウンドを鳴らすことができるのだ。なかなか凄いことである。(*3)
サックスやクラリネットなど木管楽器の場合でも、金管楽器ほどの制約は無いにしても、激しい動きをしながら良い音を鳴らす事は簡単ではない。フルートやピッコロの場合はサックスよりも大変であろう。アンブシュアを最適な状態に保つ事が難しいのだが、それを楽にこなしているように見えるのは真に凄いことである。

彼女たちがやっている事を箇条書きにすると下記のようになる。

・演奏曲目の譜面を全て暗譜する
・バンドとして音楽上のアンサンブルが高品位に成立すること
・ダンスの振りとフォーメーションを覚える
・常に笑顔で生命力を感じさせるパフォーマンスをする

簡単に箇条書きすればこのようになるが、これを全てこなすのは真に大変なことである。
細かい話だが、「譜面の暗譜」と言っても、そう簡単ではない。アンサンブルに於いては和声を鳴らすには和声の構成音の一つ一つを各楽器に割り振っているので、彼らが覚えるメロディーラインは我々オーディエンスが知っている印象的なメロディーラインではない場合がほとんどである。もちろんトップノートを担当する楽器はその曲のメロディーラインそのものを演奏するのだが、和声の中間部や下部構造を担当する楽器では不思議なメロディーラインを覚えなくてはならない。これはアンサンブル経験者なら常識だが、一般のオーディエンスにはあまり馴染みがないところであろう。

音楽面と視覚的な要素の総合芸術と言えるドリル演奏であるが、このバンド・メンバーの大部分がティーンエイジャーの女性であることも大きなファクターと言えよう。男性メンバーも含まれてはいるが、総じて女性のカラーに彩られているバンドと言って差し支えないであろう。この年代の女性が自ずと持っている「華」が音楽面の魅力を倍加させる大きなファクターになっているのは間違いないところであり、だからこそ演奏やパフォーマンスの訴求力がより大きくより強く聴く者・見る者の心に迫ってくるのだ。実際、そこには感動という情動的な心的作用 (*4) があるのであり、それがこのバンドのパフォーマンスを見聞した多くの台湾人の心を動かしたのである。これは厳然たる事実だ。

演奏・パフォーマンスで台湾を魅了した京都橘高校吹奏楽部だが、そのバンド全体を象徴するアイコンとして指揮者である木花百花さんに注目が集まる現象も起きており、ニュースでも扱われたようだ。


↑動画の1分10秒あたりから指揮者・木花百花さんの紹介がある。



このように、京都橘高校吹奏楽部は音楽面と視覚的なパフォーマンスが織りなす総合的な成果が台湾の人々を魅了し、日台友好の架け橋となる重要なミッションを立派に成し遂げたのである。大きな称賛に値するものと言えよう。




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(*1)
バリトンサックスはもちろんだが、それよりも一回り小さなテナーサックスだって軽くはない。金管だと例に挙げたスーザフォンだけでなくユーフォニアムだって結構な重量がある。

(*2)
アンブシュアとは、管楽器の演奏者に於いて、楽器吹奏時の口の形及びその機能のことである。演奏者の口(または唇、舌、歯、顎、頬、鼻腔、咽喉など)がある特殊な機能を担当した状態でもある。呼吸法と同時に管楽器奏者が身につける最も基本的な技術と言える。ピッチ(音高)、音色、音域の跳躍などをコントロールするためには、楽器に応じた適切なアンブシュアを身に付ける必要がある。

(*3)
金管楽器で言えば、トロンボーンは物理的な尺が長いので扱いが大変なところがある。また、トランペットと異なりバルブで音程を決めるのではなく、管を前後にスライドさせて音程を取るので、激しい動きを伴った中できちんと演奏するのはかなり大変だと思われる。

(*4)
エモーショナルなインパクト…いわゆる「エモい」というやつである。







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