Altered Notes

Something New.

チャック・レイニーの逸話

2015-11-08 16:38:08 | 音楽
チャック・レイニーというベテランのベーシストが居る。
一般にはあまり知られていないが、玄人筋では知らない者は居ない巨匠の一人である。
1940年生まれで主にソウルやR&B畑を中心にレコーディング・セッションにおいて活躍している。ジャズ系のセッションやライブで演奏することもある。

意外な経歴もある。
1978年頃だったと思うが、ピンクレディーの後楽園球場コンサートでも彼が率いるリズムセクションが演奏していた。(*1)
幅広い音楽経験のある名人・巨匠である。
音楽的に優れているのは言うまでもないが、その人間性も秀でており、だからこそ多くの人に敬愛されている、そんな人物である。

さて、そんなチャック・レイニーであるが、1977年にはスティーリー・ダンの名盤「Aja(エイジャ)」のレコーディングに参加する。
このレコード/CDとは別に、「スティーリー・ダン/彩(エイジャ)」という映像作品があり、DVD化されている。
これは「エイジャ」レコーディング当時の状況を当事者が語ったビデオソフトであり、スティーリーの二人をはじめ、関連するミュージシャンたちが「エイジャ」制作を振り返る、というものである。
そしてこの中でベースのチャック・レイニーが面白いエピソードを紹介している。


「Peg(ペグ)」という曲のレコーディング時のこと。
サビの部分においてチャック・レイニーはスラッピング奏法で演奏していた。彼なりにこの曲を捉えた時に、サビにはスラッピングが「合う」と確信したからである。
ところが、スティーリー・ダンのウォルター・ベッカーはチャックに対して
「スラッピングはやめてくれ」
「普通に指弾きで演奏してくれ」
と指示するのである。
しかしチャック・レイニーはどうしてもスラッピングで弾くことを譲れず、ある方法でスラッピング奏法を強行したのである。

いったいどのようにやったのか?

身体の向きを変えて演奏したのである。
なぜか?
演奏している手元を隠せるからである。(!)
ミキサー卓に居るウォルターからは手元までは見えなかったのだ。


チャックはスラッピング奏法としては極めて控えめに演奏したのでサウンドを聴いてもスティーリー側はかなり後になるまで気が付かなかったのである。

この作戦は見事に奏功した。
それで現在我々がレコード/CDで聴いている「Peg(ペグ)」のサビはベースがスラッピング奏法で演奏されているのである。

実際にこの曲を聴いてみるとサビ部分のスラッピング奏法は非常に音楽的な効果を上げており、リック・マロッタのドラムと合わせてリズムの高揚感(グルーヴ)を最高に引き出すことに成功している。
チャックの判断とスラッピング奏法強行に惜しみない拍手を送りたい。


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今回の内容は以前にある人のブログにコメントとして筆者が書いた文章に加筆・修正したものです。



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(*1)
この時、当初はトム・スコットのライブバンドのメンバーとして来日予定であったが、ある時点で急にベースのみ変更になり、トム・スコットの方はクルセイダースのメンバーだったロバート・ポップウェルが演奏することになった。
ちなみにこの時のトム・スコット・バンドのメンバーは、トム・スコット(sax)、スティーブ・ガッド(ds)、エリック・ゲイル(g)、リチャード・ティー(p,kbd)、ラルフ・マクドナルド(perc)、そしてベースが前述のロバート・ポップウェルである。
筆者はこのバンドのコンサートを東京・郵便貯金ホールで聴いたが圧巻の演奏内容であった。参加メンバーの全員がミュージシャンとして最も”旬の時代”だったからであろう。聴き手として幸運であった。