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Something New.

永遠に的外れな政府の少子化対策

2022-12-31 01:45:00 | 社会・政治
今回は政府の少子化対策が全く的外れである実態について独身研究家の荒川和久氏の解説を基調に記してゆく。


政府の「少子化対策」は、それが始まってから既に数十年が経過するのに、一向に成果がない。

なぜか。

政府が発想する「対策」が的外れだからだ。

そもそも、1970年代には「少子化推進」をしていた日本政府。なんと、当時はむしろ「少子化にしようとしていた」のである。ここが最初の的外れ。先を見通せなかった政治家や官僚達は誰一人、その責任を取っていない。

さらに、1990年代に来る筈だった「第三次ベビーブーム」が来なかったのだが、実はこの時点で現代の少子化は確定していたのである。つまりこの時点で既に「詰み」になっていたのだ。

どうしてか?

子供の誕生は、そもそも子供を産むお母さんがいなければどうにもならない。これが大前提である。「第三次ベビーブーム」が来なかった事でお母さんとなる女性の人数が予想より遥かに少ない数で確定した。それで現代の少子化現象が起きる事がこの時点で確定したのだ。そして、その想定通りに現代は少子化が起きているのである。問題は「少子化」ではない。「少母化」なのだ。

政府は少子化担当大臣だの少子化対策専門家チームを作って対応にあたったが、何一つ成果を上げていない。そもそも前提を取り違えているのだから当然だ。しかも専門家チームは「婚活という言葉を作ったのは僕です」という自慢ばかりの中央大学・山田昌弘教授(*1)や、「子供部屋おじさん」という根拠のない差別用語を生み出して社会に偏見と混乱を与えた罪深いニッセイ基礎研究所・天野馨南子氏といった人たちがメンバーであり、前提が間違った議論ばかりしていたので、何の成果も上げられないであろうことは当然過ぎるほど当然だ。

その後も、政府は「子育て支援」といた政策を取るのだが、子供の出生数は増えなかった。当たり前だ。問題は子育ての支援ではなく、そもそも「少母化」であり、「婚姻数」が増えない(減少している)事に原因があるのだから。(子育てをサポートする事ももちろん必要だが)

婚姻が成立する場合、多くのケースでは20代~30代前半で結婚しているのが実態である。ちなみに少子化の原因として「晩婚化」という言葉も言われることが多いが、実は「晩婚化」などという現象は起きていないのである。本当に晩婚化が起きているのなら、40代~50代の婚姻数にそれが現れる筈だが、実際にはそんな数字は無い。晩婚化というのはフィクションなのである。

つまり、婚姻数を増やすなら、前述のように若者である内に結婚に至る必要があるが、現在、その世代には厳しい経済状況が課せられており、若者はとてもじゃないが結婚を考える余裕を持てないのが実情だ。それはほとんど「若者いじめ」と言って過言ではないほどの状況なのである。

日本は「失われた20年」と言われるように長い間、経済成長が出来ずにいた。これは総じて言うなら、財務省の官僚たちが原因である。政府の中にも財務省の息のかかった人間が多く(本当に多い)、財務省の影響力の傘下にあることで、結果として財務省のやりたい放題にさせてしまった。その結果として世界各国が経済成長を果たしているのに日本だけが経済成長せず、給与所得が増えず、苦しいままの状態に据え置かれたのである。あの武漢コロナウィルス・パンデミックの時ですら、世界の他の国々は経済成長ができたのに、日本だけが取り残されていたのだ。原因は財務省の「増税したがり症候群」と財務省に操られた政府の「間違った経済政策」にある。

こうして「失われた20年」に苦しんだ日本は、現在の岸田政権という名の財務省傀儡政権に依って新たな「失われた20年」に突入しようとしている。最近も財務省に操られた岸田総理が「防衛増税」を打ち出しており、経済的に冴えない日本をさらに痛めつけようとしているのである。歴史的に自民党の宏池会は財務省に関係のある人間ばかりが寄り集まった派閥であり、岸田総理はその宏池会の会長である。財務省べったりなのである。

所得が増えず可処分所得が上がらなければ、若者は余裕のないままであり、結婚どころか自分が生活するだけで精一杯である。そして前述の通り、岸田政権は財務省に言われるまま「防衛増税」を打ち出して、さらに若者の所得を減らすべく動いているのだ、これはもう狂気の沙汰としか言いようがない酷さと言えよう。ちなみに防衛費の増額は増税の必要はなく、埋蔵金、外国為替特別会計の含み益で十分過ぎるほどの防衛費増額が可能なのだ。もう一度書くが、「増税は不要」なのである。(*2)


そもそもスキあらば増税したい財務省という狂気の省庁が悪の根源なのだが、彼らは日本の将来など微塵も考えたことがないのであろう。財務省にとっては「何が何でも増税」しか念頭にないのであり、その姿勢は増税教、またはザイム真理教の盲信者といった体である。

こうして若者が経済的に疲弊させられている現状では婚姻数が増える筈もなく、従って子供を産むお母さんも増えず、従って少子化現象はそのまんま継続、ということになるのだ。こうして見ると「晩婚化」ではなく、「諦婚化」と言った方が正しいだろう。結婚を希望しているのに政府・財務省の悪政のおかげで結婚を諦めざるを得ない若者たち…今、「諦婚化」という大きな潮流が厳然と存在している事実を政府は気がついていないのである。


婚姻数が増えない原因のもう一つは、「結婚にお膳立てが必要な人々」へのサポートが皆無になった事である。昭和の昔、いわゆる「皆婚時代」というものがあった。実に9割以上の人々が結婚していたのである。その時代であっても恋愛強者の割合は今と同じ3割である。では、恋愛弱者の人々はなぜ結婚出来ていたのかと言えば、周囲のサポート、つまりお見合いや紹介といった「お膳立て」があったからである。現代はそのお膳立て自体が「セクハラ」「パワハラ」扱いされて消滅してしまったのが実態だ。そして、皆婚時代に比較して現代の婚姻数の減少度合いは、まさにお膳立て婚が消滅した度合いと同じなのだ。

この「お膳立て」が必要な人々への対策として現政府は「世はネット時代。時代のニーズに合わせてマッチングアプリを活用します」と宣っているのだが、そもそもマッチングアプリというのは街なかのナンパ行為と大同小異なのである。つまり、マッチングアプリでカップルになれる人々は恋愛強者だけなのだ。恋愛弱者はマッチングアプリをやったところで恋愛弱者であることに変わりはなく、改めて非モテの現実を突きつけられるだけである。ここでも政府の「少子化対策」は的外れなのだ。(*3) しかもマッチングアプリは「恋愛強者の男性に依る恋愛弱者女性の狩り場」となる可能性が高く、事態はより混沌としてゆくだろうし、場が荒んでいくだけであろうことは容易に想像できるのである。


大雑把に概要を紹介してきたが、政府の少子化対策は全て的外れであり、「これじゃない感」が強いものだ。その原因は前提となる事実を見間違えている事にある。誤った前提からは正しい解釈や正しい解決法は出て来ない。少子化対策に於いて政治家・官僚達の無能に呆れるばかりである。




そして、最後に恐ろしい可能性について記しておく。
実は、政府は「少子化を推進している」可能性である。

どういうことか。

政府、自民党などは「移民」を入れたい意向を持っている。移民を入れるためには少子化で人口減の状態が望ましい。だから少子化を放置しておいて、対策しているフリだけしているのである。移民問題については既に欧州各国が移民・難民を受け入れて大混乱になっている。「華の都パリ」と謳われたフランスのパリも、移民が暮らすエリアを中心に、かなり悲惨な状況になっているのが実情だ。イギリスでも移民がイギリスに馴染もうとせず、むしろイギリスを分断の方向に持っていくかのような由々しき事態に陥っている。受け入れた欧州各国は「やらなきゃ良かった」という後悔しきり、である。

日本でも、この欧州の惨劇をそのまま入れたい意向を持つ政治家が少なくない。河野太郎代議士などもその一人だ。「そろそろ移民受け入れを考えよう」と移民受け入れの議論を進めようとしている。日本の場合、移民受け入れ解禁となったら、間違いなく中国から大量の中国人が流入してくるのは必定である。埼玉県西川口のように実質的に中国人に乗っ取られた地域には、もはや日本人が近寄れないほどの状態になっており、これは中国に依る内側からの侵略と言っても過言ではないほどの危険な状況なのである。実は自民党が目論んでいるのはどうもこのような状況を黙認して日本の中国化を静かに進めようとしている節があるのだ。

現在でも中国からの留学生受け入れには熱心な岸田総理である。何しろ「留学生は日本の宝」などと意味不明なヨイショをするほどだ。その一方で日本人学生にはとても冷たく、多くの若者が学業を諦めざるを得ないほど厳しく当たっているのが岸田政権である。

「移民推進の為の少子化放置」が真実だとしたら、まさに日本に未来は無い、と断言できる。しかし、現状ではそうとしか思えない状況であり、危険な動きが進行しつつある、と言えるのだ。






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(*1)
「パラサイトシングル」という差別用語も生み出して世の中に差別意識をばら撒いた責任は大きい。実家住まいの独身者が少子化の原因ではなく、そもそもそういう問題ではないのだが、この山田教授はこうした的外れな言葉を世に出して混乱を起こしてばかりいるのだ。

(*2)
この埋蔵金等の活用で財源を確保する手法は小泉政権の時に実際にやっている。だから小泉政権は「増税しない」という約束が出来て、実際に増税しなかったのである。

(*3)
荒川和久氏の報告を記す。「マッチングアプリの動向整理」という調査結果によれば、「マッチングアプリで実際にデートした人数ゼロ」という割合が、20代で24.3%、30代で20.4%、40代に至っては31.7%にも達しているとのことである。「マッチング」させることを目的としたサービスの筈なのに全然マッチングされない問題がここに厳然と存在するのだが、本文で述べたように、マッチングアプリでカップルになれるのはアプリがなくても異性を獲得できる恋愛強者のみなのだ。





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<2023年1月18日:追記>

1月15日に自民党の麻生太郎副総裁が「(少子化の)一番大きな理由は出産する時の女性の年齢が高齢化しているからです」と発言して、少子化の最大の原因は”晩婚化”にある、という見方を示した。これは間違いであり、事実の表面だけを見てまるっと誤解してしまった典型的な例である。下記の記事を参照されたい。

「麻生副総裁のいう晩婚化など起きていない。起きているのは若者が結婚できない状況である」








リアル・ヨル・フォージャー

2022-12-25 01:02:00 | 人物
コミックスとアニメーションの作品『SPY×FAMILY』が人気となっており、そのキャラクターのコスチュームプレイに興じる人たちも少なくない。例えば、乃木坂46のメンバーである賀喜遥香さんと田村真佑さんはYouTubeでの配信番組「乃木坂配信中」内で『SPY×FAMILY』のコスプレを披露しており、賀喜遥香さんはヨル・フォージャー、田村真佑さんはアーニャ・フォージャーのコスプレを各々担当したが、二人共この作品のファンであり、またキャラクターをよく知っているが故に非常に似合っていて、楽しめる動画になっている。年齢は田村さんの方が上だが、アーニャのキャラクターを自家薬籠中にしている田村さんの演技力もあって、幼いアーニャの魅力を上手く引き出すコスプレになっていた。賀喜遥香さんのヨル・フォージャーも、彼女自身が元々キャラクターの背格好や雰囲気に似ているところがあるのでコスプレとしてかなり素晴らしいものになっていた。

『SPY×FAMILY』はウェザーニュースの女性キャスター達にも影響を与えており、例えば気象予報士でもある山岸愛梨さんはヨル・フォージャーのコスプレ写真をツイッターで披露して喝采を浴びた。

「山岸愛梨さんのツイッター」

山岸愛梨さんのヨル・フォージャーは、背景のセットと演出を丁寧にされた事もあって非常に完成度の高い写真になっている。本人自身の圧倒的な美しさもあってヨル・フォージャー本人に肉薄する魅力に満ちていると言えよう。


だがしかし・・・。


さらにヨル・フォージャーにそっくりな人物が居た。コスプレ以前に、そもそもの顔立ちや目つき、喋り方等々がヨル・フォージャーに似ている度合いが半端ない女性、ウェザーニュース・キャスターの檜山沙耶さんである。

檜山沙耶さんがヨル・フォージャーのコスプレをしている写真は彼女自身のツイッターとインスタグラムで見ることが出来る。

「檜山沙耶さんのツイッター」

『檜山沙耶さんのインスタグラム』

これは奇跡的なレベルでヨル・フォージャーに似ていると言えよう。似ているどころか、まるでヨル本人がリアルに存在しているかのような錯覚に陥ること間違いなしの写真である。しかも檜山沙耶さん自身の性格や喋り方のトーンも、どことなくヨル本人にそっくりなのである。

ヨル・フォージャーの仕事上のコードネームは「いばら姫」だが、檜山沙耶さんの出身は茨城県であり、まさに「いばらき姫」なのである。ここまで一致点が多い事も凄いと言えよう。



相似の度合いが凄いと考えていたら、同じことを考える人が他にも居るようで、そのような趣旨の記事が出ていた。

『「SPY×FAMILYのヨルさんに似てる」と言われてきたお天気キャスター、檜山沙耶さんが実際にコスプレしたら再現度が高すぎた』










玉川発言問題は未だ解決していない

2022-12-23 20:46:20 | 放送
テレビ朝日「モーニングショー」の2022年9月28日の放送に於いて、国葬で菅義偉前首相が読んだ弔辞が国民から高く評価された事について、テレ朝社員でコメンテーターの玉川徹氏「僕は演出側の人間。テレビのディレクターをやってきましたから。そういうふうに作りますよ。政治的意図がにおわないように」と発言した。さらに、「当然これ、電通が入ってますからね」と指摘した事で大炎上し大問題化した事は記憶に新しい。

その後、玉川徹氏の謝罪があり、各メディアはこの問題を記事にしているのだが、そこに喫驚すべき一致点があった。テレ朝もその他のメディアも一致していたのは「”電通が入っている”の部分だけが問題であったかのように報道した事」である。

そして、この問題は既に解決済みであるかのような空気を作っている。しかし、それはマスメディア側の嘘であり世論操作である。肝心な問題をはじめから無かった事にして問題点をすり替えた上で矮小化して沈静化を図ろうとしているのである。



日本には放送法というテレビ放送に関わる法律がある。その第4条には次のように記されている。

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第四条 放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。 一 公安及び善良な風俗を害しないこと。 二 政治的に公平であること。 三 報道は事実をまげないですること。
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「政治的に公平であること」と定められているのだ。だが、玉川徹氏は

「僕は演出側の人間。テレビのディレクターをやってきましたから。そういうふうに作りますよ。政治的意図がにおわないように」

と発言している。「番組に政治的意図を含めるのは当たり前で、それを表面的には隠しながら演出して放送する」と言っているのだ。彼は明らかにこの第4条に違反する番組作りを当たり前のように続けてきた事を暴露しているのである。

玉川徹氏に依れば、テレビ番組というものは「政治的な意図をもって作られるもの」であり、しかも「その意図を隠して放送する」ことが当たり前なのである。これが放送法違反でなくて何だというのか?

この件について玉川徹氏本人もテレビ朝日も他のメディアも全部が「電通が~」の部分だけが問題であったかのように報道し、「政治的意図を持って番組を作り、その意図を隠して放送する」の部分は不問にして、まるで無かったかのようにしているのだ。(*1)
実際にディレクターとして番組作りをしてきた玉川徹氏自身が放送法違反となる演出をしていた事を白状しているのであり、言い訳できない犯罪行為を認めているのだ。これはテレビ朝日の放送免許剥奪に相当する大問題なのである。

この問題がきちんと説明され、玉川徹氏とテレビ朝日に法律違反の事実を認めさせないことには、この問題の解決にも一件落着にもならないであろう。





テレビ朝日の政治的意図を持った番組作りということでは、あの悪名高い「椿発言事件」が思い出される。

1993年、当時テレビ朝日の取締役報道局長であった椿貞良氏が日本民間放送連盟(民放連)会合で発言した内容が問題となり、放送における政治的偏向が指摘されて放送法違反が疑われた事から「椿事件」と呼称されている。

その発言内容は「自民党政権の存続を阻止して、反自民の連立政権を樹立するように社会を誘導する放送を行う」ことを推奨するものであり、さらに、この時の民放連会合の中では他のメンバーから「梶山静六幹事長、佐藤孝行総務会長のツーショットを報道するだけで視聴者に悪代官の印象を与え、自民党のイメージダウンになった」との発言があった他に、当時の細川連立政権に良いイメージを与える為に「羽田外相=誠実、細川首相=ノーブル(高貴)、武村官房長官=ムーミンパパのキャラクター」という印象操作をして視聴者に影響を与えた旨の発言があったのだ。

この事件で椿氏は国会で証人喚問まで受けたのである。
そして、この時に玉川徹氏はテレビ朝日社員としてこの一部始終を見ていた筈なのだ。

この椿事件を受けて1998年に当時の郵政省はテレビ朝日への再免許交付の際に、政治的公平性に細心の注意を払うよう条件を付したのだが、玉川発言を聞く限り、この条件に留意する意思がテレ朝には全く無かった事が証明された形である。


椿発言~玉川発言の裏には上述のような体質が通底しており、明白な放送法違反行為を成しているのである。これはテレビ朝日の犯罪的体質を自ら暴露するものに他ならないのであり、本来なら放送免許が剥奪されてもおかしくない事例である。結局テレビ朝日の体質は椿事件の時から全く変わっていない。流石は極左の情報工作機関として有名な朝日新聞系列と言えよう。



いくらマスメディアが誤魔化して話を逸らせても玉川発言問題は未だに解決していない…これは厳然たる事実なのである。




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(*1)
全てのマスメディアが左翼姿勢を持っており、テレビ朝日の放送法違反が公に認められてしまうと左翼勢力にとって打撃になる。だからマスメディアは揃ってこの件に触れずに「電通が~」の部分だけが問題であったかのような空気を作ったのである。実に卑怯なことである。







表現者たちの発散と解放

2022-12-22 15:15:55 | 社会・政治
2022年12月11日と18日の深夜に放送された「そこ曲がったら、櫻坂?」(テレビ東京)に於いて、 「櫻坂46ヒット番付」と題してグループ内で流行った事を番付形式で発表する、という企画があった。

あくまでグループの内々で流行した遊びなどであり、メンバー自身が楽しむだけのものである。だが、その内容は彼女たちのようないわゆる芸能人、或いはステージでパフォーマンス(表現)する生業の人々にとっては必然的に必要となるものであることが分かったので、ある意味で興味深かった。

その内容は、例えば下記のようなものである。

・静かな場所で突然大声を出す
・特定メンバーの喋り方を模倣する
・MOMIAGEゲーム(日本語の単語を英語のように発音し、何を言っているか当てる)
・先輩メンバーに「キモい」と言ってもらって大喜びする
・バレバレかくれんぼ(全員すぐそばに居てじっとしているのに、鬼は一生懸命探す演技をする)
・どんな事象もポジティブに変換して受け止める
・ハム語(ハム太郎のように「~なのだ」と付けて会話する)
・求愛ダンス(目が合ったメンバー同士が互いに求愛のダンスを即興で踊る)

…といったものである。

一見、何をやっとるんだ…な内容だが、内輪でやっているものなので他愛ないものが多く、シュールで意味不明なものもあるが、例えばこんなことを真剣にやって遊ぶのである。

何の為に?

ここが重要だ。つまり、彼女たちのようなステージで全力で表現行為(パフォーマンス)を披露する立場の人たちは、ライブ直後などは精神が高揚したままであり、若さもあって、余剰エネルギーの発散場所が必要だ、ということ。もう一つは、どうしても蓄積される各種のストレスを発散する機会が必要であること。…こうした必然性があって自然と上述したような遊びが生まれてくるのである。「大声を出す」などは最も端的な形であろう。メンバーはそうした遊びを全力でやりきることで魂の中に蓄積された一種の澱を解消し、自分の魂を解放するのである。魂とは心の無意識領域を意味している。言葉にすると大袈裟のように聞こえるかもしれないが、実際にそういうことなのであり、彼女たちの行動には普遍妥当性が感じられのである。

こうした傾向は表現活動に携わる人々の間で古くから存在しており、例えばジャズミュージシャンなども羽目を外したような遊びに興ずる事がある。その昔、山下洋輔トリオが福岡でのコンサートを終えて、ホテルの部屋でデタラメ歌舞伎を舞うなど、どんちゃん騒ぎをしていた話は有名だ。余談だが、この時に当時は無名だった森田一義氏(タモリ)がその部屋に突然乱入したことで、山下洋輔氏がタモリを発見するきっかけになった事も今ではよく知られている。

話を戻す。

恐らくミュージシャン、役者、ダンサー、アイドル等々、ステージで全力を捧げて表現活動をする人々には共通して、このような魂の浄化と言うか、自分を標準の状態に保つ為にストレス等の発散が必要とされるのである。その手段・方法が大きな意味に於いて、今と昔で「同じ」であり、普遍妥当性のあるものになっていることに関心を持った次第である。








ピアノ 誰が弾いても同じ音か?

2022-12-21 13:16:13 | 音楽
ピアノという楽器は鍵盤を押すと内部のメカニズムが動作してハンマーが弦を叩くことで音が鳴る仕組みになっている。ならば、誰が弾いても同じ音になるのか?…という疑問が湧いてくるのは必然であろう。それこそ猫が鍵盤上を歩いても(走っても)同じ音がするのだろうか?

正解は「違う」である。

全然違うのだ。

卑近な例を挙げる。これは筆者の体験だが、ある場所に置かれた貧相なアップライトピアノがあった。古く、乱暴に扱われてきたピアノであり、誰が弾いても貧相な、そりゃそうでしょ、な音しかしなかった。だが、そのピアノがイベントのステージ上に上げられて(一応調律はした)、とあるプロのジャズピアニストが演奏した時、全く別のサウンドが鳴り響いたときには心底喫驚したものだ。それは素晴らしいピアノサウンドであり、到底同じピアノとは思えないほどきらびやかで美しく輝く音色が鳴ったのである。

不思議なことだが、同じピアノでも演奏する人間によって楽器は全く異なるサウンドで応えてくれるのである。ここにどのような物理的作用が関わっているのか定かではないが、少なくとも一流のピアニストはピアノを「鳴らす」スキルを身に付けているのであり、それは理屈を超えた何か、な領域のスキルと言えよう。

確かにミステリーだ。鍵盤を押すだけの動作しかしていないのである。しかし普通の人が押した時と良い演奏家が押した時には全く別のサウンドが鳴る。これは厳然たる事実である。

そうなると、逆のケースもあるだろう。例えば、一千万円超えのスタインウェイのピアノであっても、下手な人が弾けば凡庸なサウンドしか鳴らない・・・そういうことになるのだ。こうした実例も筆者は実際に聴いていて知っている。

不思議なことではあるが、楽器を鳴らすこと、楽器のポテンシャルを最大に引き出して鳴らしてみせる能力(スキル)が本物の演奏家にはある、ということである。